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令和2年版 犯罪白書 第7編/第5章/第2節/コラム2

コラム2 刑事施設内における薬物犯罪の受刑者に対する近年の処遇

刑事施設における薬物犯罪の受刑者に対する処遇は,各施設が独自に指導を実施していたものが平成18年に「薬物依存離脱指導」として統一的に定められ,それ以降も充実強化が図られてきたところ,近年,新たな取組が開始されている。一つは,28年度から全国の実施施設において導入されている薬物依存離脱指導の新実施体制とも呼べるもので(以下このコラムにおいて「新指導」という。),もう一つは,令和元年度から札幌刑務所札幌刑務支所(以下このコラムにおいて「札幌刑務支所」という。)において事業が開始されている「女子依存症回復支援モデル」の試行である。二つの新たな取組は,刑事施設を出所した後の処遇等にいかに効果的につなぐかを重視している点で共通している。

平成28年度から全国の実施施設において導入されている新指導の概要は本項で紹介したが,その特徴の一つはプログラムの複線化にある。薬物依存離脱指導の対象となることが見込まれる覚醒剤取締法違反による受刑者は,近年では年間約4,000~6,000人が全国の刑事施設に入所している。その刑期(一部執行猶予の猶予部分を含む。)は3年以下の者が大半を占め,刑の一部執行猶予制度や仮釈放の対象者であれば刑事施設内に在所する期間は更に短くなる。そのため,多くの薬物依存離脱指導の対象者に必要な指導を適切に実施していくための工夫が求められていたところ,新指導では,個々の問題性や再使用のリスク,刑期の長さ等に応じて,各種プログラムを組み合わせて実施することとされ,それにより,対象者それぞれの事情に応じた受講計画を立てることが可能となった。もう一つの特徴は,従来の指導目標が「今後薬物に手を出さずに生活していく決意を固めさせ」るなど,薬物使用を犯罪と捉える側面が強く出ていたのに対し,新指導においては,薬物依存症は病気であるという認識の社会一般への浸透や,民間自助団体の活動の広がりなど,社会状況の変化等も受け,指導目標を変更し,「断薬への動機付けを図り,再使用に至らないための知識及びスキルを習得させるとともに,社会内においても継続的に薬物依存からの回復に向けた治療及び援助等を受けることの必要性を認識させること」とした点である。受刑者は強制的に刑事施設に収容されており,自分の力だけで断薬できると考えている者やそもそも「薬物をやめたい」という気持ちがない者も指導の対象者となり得る。そのような対象者への働き掛けは困難である一方,強制力を伴う処遇であるからこそ可能であるともいえ,指導を担当する刑事施設の職員は,指導内容や対象者のためになる点を説明して,不安を取り除いたり,メリットを感じさせたりするなどして動機付けを図っている。また,薬物や出所後の生活環境から隔離された刑事施設内においては,出所後に薬物を使用しない生活のために必要な現実的かつ具体的な方法を対象者それぞれに考えさせることが重要であり,指導を担当する刑事施設の職員は,薬物依存に関する勉強会や社会内処遇の見学等を通じて指導の質の向上を図るとともに,社会内処遇との情報連携を一層強化している。

もう一つの新たな取組である「女子依存症回復支援モデル」の試行は,令和元年度から,札幌刑務支所に設置された「女子依存症回復支援センター」で事業が開始されている。事業委託を受けた特定非営利活動法人により,おおむね6か月から2年間の期間でグループワーク等の集団処遇が実施されるが,そのプログラムには,未成年の子を持つ女性受刑者に対応した内容,女性特有の精神状態の変化や不定愁訴に関する事項等が盛り込まれ,出所後も継続実施できる構成となっている。従来の施設内処遇と異なる点として,受講者がプログラム期間中の平日は毎日プログラムを受講すること,受講者グループによる自主性を重んじた共同生活により所内生活を送ること,出所後は,同プログラムを実施する依存症回復支援施設に帰住又は通所等して継続した支援を受けることなどが挙げられる。5年度までの5か年の事業計画であり,効果検証の結果を踏まえて,その後の事業継続について検討がなされる予定である。

出所後の生活(回復支援施設)に近い環境をコンセプトにした女子依存症回復支援センター(札幌刑務支所)の様子【写真提供:法務省矯正局】
出所後の生活(回復支援施設)に近い環境をコンセプトにした女子依存症回復支援センター(札幌刑務支所)の様子
【写真提供:法務省矯正局】