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令和元年版 犯罪白書 第7編/第1章/第1節/1
第7編 まとめ
第1章 平成における犯罪・少年非行の動向と犯罪者・非行少年の処遇
第1節 犯罪・少年非行の動向
1 社会の動き

第2編で見たように,平成期には,「犯罪多発社会」と「犯罪減少社会」とが順次訪れた。個別の関連を明らかにすることは容易ではないものの,犯罪情勢には,数多くの社会的要因が複雑に絡み合って影響を与えていると考えられることから,前提として,平成の犯罪動向を見る上で参考となり得る社会の動きを簡単に振り返っておく。

我が国では,第二次世界大戦後,生活環境の改善,食生活・栄養状態の改善,医療技術の進歩等により,乳幼児や青年の死亡率(人口1,000人当たりの死亡数)が低下してきた。平成期において,死亡率自体は上昇傾向にあるが,これは全年齢層のうち高齢者の占める比率が上昇しているためであって,65歳以上の高齢者の死亡率は低下傾向にある。そのため,平成元年に男性75.91年,女性81.77年であった平均寿命(死亡状況が今後変化しないと仮定したときに,0歳の者が平均してあと何年生きられるかという期待値)は,30年には男性81.25年,女性87.32年となった(厚生労働省の「簡易生命表」による。)。

他方,未婚化・晩婚化・晩産化等によって出生率の低下が続いている。合計特殊出生率(当該年次の15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもので,一人の女性が仮にその年次の年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子供数に相当する。)は,平成元年には1.57であったところ,17年には過去最低の1.26となった。その後微増傾向にあるものの,30年は1.42にとどまっている。出生数は,第2次ベビーブームを経た後の昭和49年から減少が始まったが,平成に入ってもその傾向が続き,平成元年には約124万7,000人であったところ,28年に初めて100万人を下回り,30年は約91万8,000人であった(厚生労働省の「人口動態統計」による。)。

その結果,第二次世界大戦後,一貫して増加し,昭和42年に初めて1億人を超えた我が国の人口は,平成期において人口減少社会へ転換することとなり,そのピークは平成20年の1億2,808万人であった(総務省統計局の人口資料による。)。

平成期における年齢層別の人口の推移は,7-1-1図のとおりである。平成30年版犯罪白書においても指摘したとおり,高齢者人口の総人口に占める比率(高齢化率)が過去最高を更新し続けている一方,若年者の比率は低下しており,20歳未満の人口も平成元年の約3,323万人から30年の約2,132万人へと減少している。

7-1-1図 年齢層別の人口の推移
7-1-1図 年齢層別の人口の推移
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男女別で見ると,総人口総数では女性の方が男性より多いが,若年層では男性の方が女性より多く,平成30年の人口性比(女性100人に対する男性の数)は総人口総数で94.8であるが,各年齢ごとに見ると56歳以下の全ての年齢で100を上回る(総務省統計局の人口資料による。)。

少子高齢化,人口減少が進む一方,一般世帯(<1>住居と生計を共にしている人々の集まり又は一戸を構えて住んでいる単身者,<2>間借りの単身者又は下宿屋等に下宿している単身者,<3>会社・団体・商店・官公庁等の寄宿舎,独身寮等に居住している単身者をいう。)数は増加を続けており,平成2年国勢調査時は4,067万世帯であったが,平成27年国勢調査時は5,333万世帯である。特に単独世帯の増加が顕著であり,1世帯当たりの人員は平成2年国勢調査時には2.99人であったが,平成27年国勢調査時には2.33人となっている。

次に,経済状況に目を向けると,昭和の末期には,株式・土地の価格が大幅かつ長期にわたって上昇し,いわゆる「バブル」と呼ばれる状況(経済的諸条件からは考えられないほどのレベルまで資産価格が上昇した状態)が発生した。しかし,平成に入ると,長期金利の上昇や土地に関する税制の見直し,土地関連融資の総量規制の導入等から資産価格が下落に転じ,バブルが崩壊した。バブル景気のピークは,平成3年2月頃とされる。

平成5年10月以降,景気は緩やかな拡張に転じるが,その後9年5月や12年11月にも景気後退局面を迎えるなど,その回復は順調ではなかった。また,バブル期に巨額のキャピタルゲインが記録された反動として,バブル崩壊時には年間数百兆円,すなわち年次GDPに匹敵するという,国民経済的規模のキャピタルロスが発生した。

さらに,バブル発生の過程において,一般諸物価や賃金が落ち着いた動きをたどる一方で,株価・地価のみが突出して高騰したことにより,資産・所得格差の拡大が生じた。不労所得の増大は,労働の対価として得られる所得の比重を相対的に低下させ,勤労意欲の低下をもたらした可能性がある。大都市圏における極端な土地節約の動きは,遠隔地に土地を求めたりする行動につながる一方,市況高騰を前提とした不動産の過剰供給は土地利用の非効率化を招いた。

バブル崩壊後の不良債権処理の過程においては,企業の倒産や事業所閉鎖等で従業員が離職したり,企業の経営環境が厳しい中で新規学卒者の採用が抑制されたりしたため,失業率が上昇した。平成期における完全失業率の推移は7-1-2図のとおりである。失業率の上昇傾向はバブル崩壊後の景気回復局面においてもしばらく続き,平成14年に平成期最高(5.4%)となっている(CD-ROM参照)。

7-1-2図 完全失業率の推移
7-1-2図 完全失業率の推移
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平成20年9月,米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し,米国を中心とする金融不安が世界的な金融危機へと発展した(いわゆる「リーマンショック」)。それ以前から景気の減速,原油・原材料価格の高騰等の兆候があったが,同月以降,世界景気は一段と下振れし,世界同時不況と呼ぶべき事態に至った。こうした中,日本経済の状況も一変し,外需の大幅な減少に伴う減産・在庫調整,設備投資の減少等,企業部門の急速な悪化が始まった。雇用者に占める非正規比率は9年から14年頃にかけて急激に上昇し,20年には会社や団体等に雇われて働いている雇用者の約3分の1が非正規雇用者であったが,21年には派遣社員を中心に非正規雇用者が減少に転じており(総務省の「労働力調査」による。),非正規雇用者がリーマンショックによる雇用調整の対象となった可能性がある。非正規雇用者の賃金は正規雇用者より低いが,1週間の労働時間では正規雇用者とほぼ同じ40~48時間勤務する者も多い。

このような経済状況を背景に,平成期の国民の意識について見ると,「今後の生活においてこれからは心の豊かさか,まだ物の豊かさか」について聞かれたのに対し,「物質的にある程度豊かになったので,これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」と答えた者の割合が「まだまだ物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたい」と答えた者の割合を大きく上回る状況が一貫して続いている(内閣府の「国民生活に関する世論調査」平成30年度実施結果による。)。

海外に目を転じると,平成元年11月,ベルリンの壁が崩壊し,同年12月には米ソ首脳が冷戦の終結を宣言,3年にはソヴィエト連邦が解体された。これらを背景に,資本や労働力の国境を越えた移動が活発化するとともに,情報通信技術の発展もあって,商品やサービスの海外取引・海外投資が増大し,世界における経済的な結び付きが深まった(グローバル化)。

グローバル化の進展により,人,物,金,情報等が国境を越えて移動する機会が増え,犯罪も国際化・越境化するリスクが増大する(犯罪白書は,平成6年版で「犯罪と犯罪者の国際化」を,平成25年版で「グローバル化と刑事政策」をそれぞれ特集している。)。

外国人入国者数は,平成元年の約298万6,000人から,30年は約3,010万2,000人と10倍以上に増加した。日本に一定期間以上在留する者も増加しており,元年の外国人登録者総数が98万4,455人であったのに対し,30年の在留外国人数(中長期在留者数と特別永住者数の合計)は273万1,093人であった。在留資格別で見ると,4年の外国人登録者のうち永住者の占める比率が3.5%であったのに対し,30年の在留外国人のうち永住者の占める比率は28.3%となっている(出入国在留管理庁の「在留外国人統計」及び同庁の資料による。)。

不法滞在者の大半を占めると推測される不法残留者数は,平成5年の約29万9,000人をピークに減少に転じ,26年には約5万9,000人にまで減少した。背景には,国内の景気低迷や国内外の雇用情勢の変化,入国審査の厳格な対応,入管法違反外国人の積極的な摘発,不法就労防止に関する広報等の総合的な不法滞在外国人対策があったとされる。その後,緩やかに増加し,30年は約6万6,000人となった。入管法違反により退去強制手続が執られた外国人の数も,5年の7万404人をピークに,26年に1万676人まで減少し,30年には1万6,269人となっている(出入国在留管理庁の資料による。)。

情報通信技術は,平成に入って急速に発展し,日本では平成5年に世界中のコンピュータネットワークをつなげたグローバルなネットワークであるインターネットの商業利用が開始された。7年には,Windows95が発売され,「インターネット」が流行語の一つとなり,その後も携帯電話のインターネット接続サービス等が一般への普及を促進した。12年には高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法。平成12年法律第144号)が成立し,インターネット通販サービス,ネット銀行,検索サービスも順次広がりを見せ,インターネット普及率が飛躍的に上昇した。さらに,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)や動画共有サイト,携帯電話ゲーム,インターネットを使った動画サービス等が普及し,スマートフォン・タブレット端末によって,いつでもどこでもインターネット接続が可能となり,SNSやメッセージアプリはコミュニケーションツールとして広く用いられ,多くの人々がネット利用に多くの時間を費やすようになった。若年者においても同様であり,30年度の満10歳から17歳までの青少年のインターネットの利用時間は平日1日当たり168.5分,高校生においては217.2分であった(内閣府の「青少年のインターネット利用環境実態調査」による。)。インターネット・ショッピングの機会拡大は物流に変化をもたらし,決済のキャッシュレス化も徐々に進んでいる。他方,インターネット上の犯罪も問題となっている(第4編第5章参照)。