死者数6,434人及び1万9,667人(平成30年9月7日現在。国土交通省気象庁の資料による。)という点のみを見ても,兵庫県南部地震(以下「阪神・淡路大震災」という。)及び東北地方太平洋沖地震(以下「東日本大震災」という。)による被害の甚大さは,平成期に発生した地震の中で突出している。これら二つの大震災それぞれにおいて,被災地所在の少年鑑別所が支援活動を行った。
平成7年1月17日午前5時46分,兵庫県淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生した。神戸少年鑑別所には安全な場所を求めて避難する人々が相次ぎ,地震発生日の夜間における避難者は130人に上り,神戸少年鑑別所を所管する大阪矯正管区は,毛布の貸与,水の提供,庁舎便所及び公衆電話の使用等を許可した。さらに,矯正局対策本部は,当局としては初めての試みとして,神戸少年鑑別所に避難している被災者に対して心理相談を実施するよう通知した。近畿地方を始め関東・中部・中国地方の矯正施設で処遇調査(本編第1章第4節3項(1)参照)や鑑別(本節3項参照)に従事する法務技官(心理)が交替で派遣され,被災者からの心身の健康に関する相談に応じるなどの支援活動に当たった。
阪神・淡路大震災の発生から約16年後の平成23年3月11日午後2時46分,宮城県三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震が発生した。地震発生の10日前に新営工事を完了したばかりの仙台少年鑑別所は,発生当日のうちに,仙台矯正管区から緊急対策本部機能の移転を受けるとともに,近隣住民等の避難所としての使用を開始し,炊き出しにより避難者及び職員の食事を用意した。また,矯正局から自治体の支援を行うよう指示を受け,仙台少年鑑別所が仙台市の「心のケアチーム」と共に近隣の避難所に赴いて被災者の心理相談に当たったほか,全国の少年鑑別所及び少年院から派遣された法務技官(心理)及び臨床心理士等の資格を有する法務教官が,宮城県石巻市の避難所等において,被災者への声掛けやカウンセリング,被災した児童・生徒の保護者,教師等へのコンサルテーション等の支援活動に参加した。山形少年鑑別所(31年4月から仙台少年鑑別所山形少年鑑別支所),福島少年鑑別所等でも,各被災地域のニーズに応じた支援活動を関係機関と連携して行った。
これらの震災下の支援活動は,少年鑑別所の本来業務ではなく,それぞれの当時の状況の中で可能な限りの支援を試行錯誤したものである。阪神・淡路大震災での支援活動は,前例がなく,少年鑑別所として支援活動をする際の権限や責任等に関するノウハウが十分ではない中,避難者を受け入れて行ったものだった。その後に行った東日本大震災での支援活動では,阪神・淡路大震災での支援活動の経験を生かし,少年鑑別所を避難所として使用することに加えて,地域の避難所等に職員を派遣して支援活動を行うことができた。被災者に対する心のケアの重要性が我が国で広く認識されるようになったのは阪神・淡路大震災以降であるなど社会の変化が認められる上,被害状況や人的・物的資源といった支援活動の前提となる要因が異なるため,二つの大震災における支援活動を単純に比較することはできない。しかし,当時の支援活動を振り返った記録には,阪神・淡路大震災の支援活動において,関係機関との連携や被災地における現場主導の体制作りが課題として挙げられているところ,東日本大震災の支援活動においては,それらが功を奏した事例が認められ,地域の関係機関との日頃からの連携が重要であると指摘されている。
平成27年の少年鑑別所法施行により,地域援助が少年鑑別所の本来的業務の一つとなった(本節5項参照)。法施行後の28年4月14日から発生した熊本地震においては,熊本少年鑑別所が,熊本刑務所内に設置した避難所のほか近隣の避難所に職員を派遣して支援活動を積極的に行ったところ(平成29年版犯罪白書参照),活動を通じて築いた関係を基盤として,その後,近隣中学校の生徒に対する心理支援等の地域援助へと円滑につながっている。今後も,地域に根ざし,地域に対する支援を行う中での少年鑑別所機能の充実・発展が期待される。