「静かなナレーションのCDが流れる中,在院者たちは背筋を伸ばして椅子に座り,目をつむって,身じろぎ一つしない。教室の中はナレーションのほかは静寂が支配し,遠くからかすかに鳥の鳴き声が聞こえる。」
これは,交野女子学院において試行されている「マインドフルネス」(本節1項参照)のプログラムのうち,毎回のセッションの最後に行われる瞑想の一場面である。
マインドフルネスは,「今,この瞬間の体験に意図的に意識を向け,評価をせずに,とらわれのない状態で,ただ観ること」とされており,本プログラムは,在院者の衝動性の低減や統制力の向上等を狙いとしている。すなわち,過去の出来事に対する感情や未来への不安,欲求にとらわれている状態から少し距離を置き,「今ここ」の自分に立ち戻って適切な行動が選択できるようになることなどを目指している。
交野女子学院では,平成26年から,このプログラムの試行を始めており,その内容は,20人前後の在院者を対象として毎年20回(1回50分)実施される「セッション」と,在院者が毎日実施する「ホームワーク」とに大別される。
セッションは,講義や瞑想だけではなく,マインドフルネスを体験的に理解させるため,様々なエクササイズが用意されている。例えば,見本の文字を一画一画丁寧になぞって書く中で,その時の指や腕の感覚や音に意識を向けさせる「静的」なエクササイズや,ボール回し等をする中で,手の感覚,筋肉の動き,体温の変化等,集中している自分に意識を向けさせる「動的」なエクササイズがある。このほか,本プログラムに取り組む動機付けを高めさせるため,セッションの導入部において,スティーブ・ジョブズを始め世界的な有名人やスポーツ選手,俳優のスライドを映し,こうした人たちもマインドフルネスを生活の中に取り入れていることを説明するなどの工夫も講じられている。
また,日々のホームワークでは,マインドフルネス瞑想とともに,その日を振り返ってマインドフルな状態に気付いたことを記入する課題に取り組ませており,このような取組を通じて,マインドフルネスの一層の定着を図っている。
このプログラムを少年院の処遇に導入した当初は,慣れないこともあって職員にも戸惑いがあったが,マインドフルネスを専門とする大学教員を招へいして職員研修を実施し,理解を深めていった。また,プログラムを受講した在院者の中には,じっとしているのが苦手で,瞑想や静的なエクササイズがうまくいかず,自分の内面に意識を向けることが難しい者もいたため,ボール回しのような動的なエクササイズを多く取り入れて,体を動かした時の感覚に意識を向けさせるなどの工夫を取り入れている。現在も年6回,セッションに大学教員を招き,マインドフルネスの体験的な理解について在院者が直接助言を受けたり,指導方法について職員が助言を受けたりしている。
参加した在院者は,「風の流れを感じるようになった。」,「いつも気持ちが前に前にと行っていたが,鳥のさえずりを聞いて,ゆっくり世界は回っているんだと感じた。」等と感想を述べており,職員から見ても,在院者が日々の生活の中で身の回りのことに意識を向け,体の感覚や心情の変化を感じ取っている様子がうかがわれている。