平成18年9月以降,保護観察所において,「性犯罪等対象者」の類型に認定された仮釈放者及び保護観察付執行猶予者の男子を対象に,性犯罪者処遇プログラムを実施している(第2編第5章第2節2項(2)ウ参照)。
このプログラムは,自己の性的欲求を満たすことを目的とする犯罪に当たる行為を反復する傾向を有する保護観察対象者に対し,心理学等の専門的知識に基づき,性犯罪に結び付くおそれのある認知の偏り,自己統制力の不足等の自己の問題性について理解させるとともに,再び性犯罪をしないようにするための具体的な方法を習得させ,前記傾向を改善することを目的としたものである。
性犯罪者処遇プログラムは,<1>コア・プログラムを中核として,<2>導入プログラム,<3>指導強化プログラム,<4>家族プログラムの四つのプログラムから構成され,その概要は,6-3-2-2図のとおりである。
コア・プログラムは,特別遵守事項の対象となるプログラムであり,性犯罪の再犯防止に向けて,対象者の自己理解を促進させ,自己をコントロールする能力を身に付けさせることを目的として,健康上・能力上の支障や保護観察期間が短く十分な実施期間を確保できないなどの理由がある場合を除き,保護観察開始後,おおむね3月で5課程を実施し,遅くとも6月以内で修了させるものである。原則として,保護観察官が個別処遇によりコア・プログラムを実施するが,特別処遇実施班(新たな処遇方法を取り入れた保護観察を集中的・継続的に実施することにより,保護観察における専門的処遇を一層発展させることを目的とする班)を設置している保護観察所(東京,名古屋,大阪及び福岡)では,集団処遇によりコア・プログラムを実施している。また,保護観察対象者が遠方に居住し,保護観察所への出頭に著しい困難を伴う場合には,定期駐在場所(保護観察官が定期的に自ら担当する保護区の市町村役場等に出向いて,保護観察対象者等との面接等を行う場所)においても実施している。
導入プログラムは,コア・プログラム受講対象者のうち,刑事施設の性犯罪再犯防止指導を受講していない仮釈放者及び保護観察付執行猶予者を対象に,性犯罪等に関する基本的な調査(以下「アセスメント」という。)を実施するとともに,コア・プログラムの説明を行うことによって,対象者に対して,コア・プログラムの参加に向けた動機付けを高めることを目的としている。コア・プログラムの実施者である保護観察官が個別処遇により導入プログラムを実施しているが,特別処遇実施班を設置している保護観察所では,同班が導入プログラムを実施している。
指導強化プログラムは,「性犯罪等対象者」の類型に認定された者(コア・プログラム受講の除外対象も含む。)を対象とし,保護観察期間を通じて,保護観察官又は保護司が定期的に直接的な指導を行うとともに,再犯の予兆を速やかに把握し,必要な指導助言等を行うことで生活を安定させることを目的として実施するものである。
家族プログラムは,「性犯罪等対象者」の類型に認定された者(コア・プログラム受講の除外対象も含む。)の家族のうち,同意を得られた家族に対して,コア・プログラムの概要について説明し,家族から必要な協力が得られるようにするほか,家族を精神的にサポートすることにより,家族の苦痛を軽減させて,更生の援助者としての家族の機能を高めることを目的として実施するものである。保護観察官又は保護司が,対象者の家族に個別に面接するが,「引受人会」のように集団形式で実施することもできる。
平成22年から26年までの性犯罪者処遇プログラムによる処遇の開始人員の推移は,2-5-2-6表のとおりである。
ここでは,特別処遇実施班において,コア・プログラムを集団処遇で実施している保護観察所の取組事例を紹介する。
A保護観察所には特別処遇実施班が設置されており,班長1人を含む6人の班員(男性保護観察官3人,女性保護観察官3人)により,性犯罪者処遇プログラムを実施している。
導入プログラムの対象者に対して,保護観察の初回面接の際に,班員が,コア・プログラムの概要と日程を説明した上で,本件性犯罪及び過去の性犯罪に関する基本的な調査や再犯防止に向けた意欲についての評価を行うシート(アセスメントシート)を交付し,コア・プログラムのセッションAの際に同シートを持参するよう指示している。
コア・プログラムの前記アセスメントシートを用いた面接とセッションAは,2人の班員が1人の対象者に対して,個別処遇により実施している。コア・プログラムのBからEの各セッションでは,男性と女性の班員がペアで一つのグループの進行役になり,集団処遇でコア・プログラムを実施している。
コア・プログラムの実施期間は,開始から修了まで3か月から4か月程度であり,1回のセッションは2時間である。一つのグループは,おおむね3人から5人の対象者で構成されており,対象者の選定に当たっては,同一の刑事施設において同じグループで性犯罪再犯防止指導を受講した者や住居が近い者等を同じグループで受講させないなどの配慮をしている。
進行役の保護観察官は,グループワークの効果を上げるため,対象者の発言に対して他の対象者から発言を引き出すようにしたり,対象者相互に気づきが深まって共感が生まれるよう工夫したりするなど配慮している。あるグループワークを終えた対象者からは,「グループで行うことで,他の人の意見を聞くことができ,いろいろと気付いたことがあった。」,「考えを共有し合うことの大切さが感じられた。」といった感想が述べられていた。
A保護観察所では,コア・プログラムの全課程を修了した後も,保護観察期間が残されている者(その大半は保護観察付執行猶予者)を対象に,フォローアップ体制として,毎月1回,任意で参加できるプログラム(コア・プログラムの復習や認知行動療法等のトピックを設定している。)を実施している。また,保護観察終了後に相談する機関がなくなるなどの不安を訴える対象者には,民間の相談機関や医療機関等を紹介している。
性犯罪者処遇プログラムは,本項の冒頭で述べたとおり,心理学等の専門的知識に基づいて行われるものであることから,同プログラムを実施するに当たっては,これを担当する保護観察官がそれらに関する十分な知識及び技能を修得している必要がある。
そこで,保護観察官に対する各種研修においては,性犯罪者処遇プログラムに関する知識及び技能を身に付けるための指導が行われている。具体的には,新任の保護観察官に対する「保護観察官中等科研修」において,認知行動療法の基礎や性犯罪者処遇プログラムの概要についての指導が行われているほか,保護観察官に処遇技法等に関する専門的な知識及び技能を集中的に修得させることを目的とし,性犯罪者処遇プログラムのうちのコア・プログラムを効果的に実践していくための基本的な考え方や留意点について実践を交えた指導を行う各種研修が行われている。
また,性犯罪者処遇プログラムは,法務省矯正局及び保護局が共通の理論に基づいて策定したものであり,同プログラムをより効果的に行うためには,刑事施設及び保護観察所の指導担当者等の効果的な連携が求められることから,矯正局及び保護局では,平成20年度から,「性犯罪者処遇プログラムにおける矯正・保護実務者研究協議会」を毎年開催し,プログラムの実施者の知識,技能を向上させるとともに,刑事施設と保護観察所との情報共有や相互理解に基づく効果的な連携を図っている。
平成24年12月,法務省保護局から,保護観察所において実施した性犯罪者処遇プログラムの効果を検証した調査の結果が公表された。
調査の対象は,コア・プログラムの受講群と非受講群で,受講群はコア・プログラムを修了した性犯罪者3,838人(仮釈放者2,528人,保護観察付執行猶予者1,310人),非受講群は性犯罪者処遇プログラムが未だ導入されていなかったためコア・プログラムを受講していない性犯罪者410人(仮釈放者285人,保護観察付執行猶予者125人)であった。調査は,この受講群と非受講群の再犯の発生状況を追跡調査(最長4年)する方法により行われた。
この調査の結果,<1>全ての再犯について受講群の方が非受講群よりも推定再犯率が低いこと,<2>性犯罪の再犯についても受講群の方が非受講群よりも推定再犯率が低いことが明らかになったほか,<3>性犯罪の再犯を,強姦,強制わいせつ及びその他(下着盗,露出,窃視,児童買春等)の罪名別で見ると,いずれも受講群が非受講群よりも推定再犯率が低く,取り分け強制わいせつとその他は,統計的に有意に低いことが明らかになった(法務省保護局の資料による。)。