平成25年度の各刑事施設における窃盗防止指導の実情について,法務総合研究所において実施した実態調査結果を踏まえて紹介する。
指導者は,各刑事施設の教育部,企画部門に配置されている教育専門官が中心となっているほか,調査専門官,処遇部門に配置されている刑務官,処遇共助で派遣される少年矯正施設の職員,篤志面接委員等である。
各刑事施設においては,窃盗防止指導を実施するに当たって,他の改善指導の実施時期,実施回数,指導する場所等との調整があるため,年間の実施回数,1クール当たりの期間及び回数等は区々にわたっている。
年間のプログラムの実施回数は,2回ないし4回が多い。1クールの期間は2か月から6か月の範囲で定められており,3,4か月の期間を設定している施設が多い。また,1クールの単元数は6回前後が多く,1単元当たりの時間数は50分から90分の範囲内で定められている。
窃盗防止指導の対象者及びその人数は,各刑事施設の実情に応じて区々にわたっている。
基本的には,グループワークを中心とした指導を実施するため,集団処遇になじまない者は除かれている。対象者の選定に当たっては,集団での指導効果を考えて,知的能力,窃盗の手口,窃盗の犯罪性の進度,出所後の見通し等に配慮されている。
対象者の選定基準を具体的に見ると,<1>高齢者で罪名が常習累犯窃盗の者,<2>窃盗受刑者のうち,ギャンブルの問題を有している者,<3>若年期から窃盗事犯歴を有しており,窃盗を累行している者等である。
一方で,認知行動療法を基盤にしたプログラム指導を行っていることから知的能力に制約のある者,摂食障害を有する者,職業的な窃盗受刑者等を指導の対象としない施設もある。また,高齢者については,その特有の傾向である<1>単独犯による比較的少額の食料品・日用品の万引きが多いこと,<2>就労予定がない者が多く,家庭や社会での役割が限定されていること,<3>自らの人生経験等から価値観が固定化しがちであり,内省の深まりが得られにくいことなどを考慮して,その他のグループとは分けて指導を実施している施設もある。
現在窃盗防止指導を実施している刑事施設のうち,多くの施設では認知行動療法を基盤にして作成した教材を基にプログラムを構成し,グループワークやワークシートへの記入等を実施しているほか,矯正局監修の視聴覚教材を使用したり,外部講師を招いての講義を取り入れたりしている。また,再犯に至る危機場面を想定してのロールプレイングや被害者等と本人との間でのロールレタリング等の処遇技法を活用して指導し,それらの指導過程を通して,自己の問題行動への洞察を深めさせる工夫をしている。
プログラムの具体的な内容は,各刑事施設において,受講者の特質に応じてそれぞれ工夫がされているが,ここでは,ある女子刑務所で実施されている,女子の万引き事犯者を対象としたプログラムの内容の一例を紹介する。
同プログラムは,認知行動療法に基づき,<1>窃盗について知る,<2>窃盗について振り返る,<3>窃盗の原因を考える,<4>自分自身を知る,<5>考え方の傾向を知る,<6>窃盗を行う言い訳について考える,<7>再犯防止計画を立てるという内容で構成されている。
<1>では,統計的な資料を活用し,窃盗事犯者には再犯に至る者が多いことを示し,受刑したから二度と窃盗はしないという意識と現実とは異なることを自覚させる指導を行っている。<2>では,自らが窃盗を行った過去を振り返り,窃盗の体験を語ることを通して,犯行当時を具体的に思い出させることを行っている。<3>では,窃盗を行った当時,経済面の問題,無為徒食等生活態度の問題,スリル等窃盗行為に伴う感情面の問題,家族とのトラブル等家族関係の問題,職場の人間関係等仕事関連の問題等があったのかを振り返らせ,その問題が窃盗を行う一因であったのかどうかを考えさせている。<4>及び<5>では,自分自身の考え方の傾向を理解させることを目的に,「思考」,「感情」,「行動」の関係に着目させ,自分の考え方の傾向やその傾向がどのように感情や行動に結びついているのかを理解させている。<6>では,窃盗を行うに至った一因についての自らの考えやその考え方の傾向について認識させ,窃盗を行ったことについて言い訳をする自分に気付かせる指導を行っている。なお,この女子刑務所では,万引き事犯者の多くが語る言い訳は,「それほど悪いことはしていない。」,「刑務所に来るほどのことではないと思っていた。」などであるということであった。<7>では,窃盗に結びつきやすい状況や考えが生じたときの対処の在り方やストレス等への対処方法等を考えさせ,さらに,社会復帰後の生活設計を考える機会を設け,将来の自分を思い描くことにより,目標を持たせる指導を行っている。
なお,いくつかの施設では,窃盗防止指導の導入時に,指導担当者が対象者に対して同指導に参加する意義をより深く理解させ,同指導への取組の動機付けをより高めさせるために,面接指導を実施するなどの工夫をしている。
各刑事施設においては,プログラムの効果を上げ,受刑者の改善更生につなげるために対象者の選定に当たって配慮するとともに,対象者の特性や問題性に応じた内容をプログラムに盛り込むなどの工夫をしている。以下特徴的なプログラムの内容について紹介する。
年金等生計を維持するための金銭があるにもかかわらず,浪費傾向がある者に対しては,家計簿を付けさせることにより計画的な金銭管理をする習慣を身に付けさせたり,生涯における収支計算(窃盗によって得られたものと窃盗による受刑によって失ったものの収支等の計算)をさせることにより,生涯を通じて犯罪のない生活を送ることが,生活の安定や豊かさにつながることを自覚させている。
窃盗やその後の受刑生活等によって失った家族関係の回復のために,自らの考え方や生き方を振り返らせるとともに,家族の気持ち等に配慮することに注意を喚起させるなどして,家族との助け合いや家族への感謝等の意識を持たせるようにしている。
家庭や職場等における人間関係等に起因するストレスを過食嘔吐や万引きで解消させるサイクルに陥っている者に対しては,認知行動療法に基づいたプログラムを通して各自にストレスの対応方法等を考えさせるとともにグループワークによって自己洞察を深めるようにしている。
窃盗受刑者は総数では入所前に就労している者は少ないが,男子の若年層については,他の年齢層に比べ有職である者が多いこと(6-2-5-6図P236参照)や中高年齢層よりは就労の機会等に恵まれていることを考慮して,仕事の意義を講話するとともに,就労支援スタッフによる雇用情勢等に関する講義やVTR視聴を通して,就労に必要な知識や情報を習得させている。また,若年者ゆえの可塑性を踏まえて,今後の生活設計や具体的な方策,犯罪被害者等の経済的・精神的苦痛を理解させながら,謝罪や弁償方法等について考えさせている。
各刑事施設においては,窃盗防止指導のグループワークや個別面接等の場面を通して得られる受刑者に関する情報等について,教育の職員だけでなく,処遇部門の職員,分類の保護担当職員や社会福祉士等の関係職員間で共有を図り,改善更生・社会復帰に向けた処遇につなげるようにしている。例えば,受刑者が,グループワークで発表した具体的な就労意欲や将来の生活設計像の語りを一つ一つ丁寧にくみ上げ,それらの意欲等が実現するように,関係部署に情報を提供したり,受刑者に就労等に向けて必要な手続を取るよう助言するなどして,職業訓練,就労支援,特別調整等につなげている。また,グループワークの中で,対人関係におけるコミュニケーション等に問題があると考えられる者に対しては,生活技能訓練(SST)を受講させたり,窃盗の原因としてアルコール依存があることが判明した者には,酒害教育を受講させるなどして,窃盗防止指導だけにとどまらない多角的な取組につなげている。