少年は,幼少時に両親が離婚し,その後,祖父母等の親族のもとで養育を受けた。父親の再婚をきっかけに,実父義母と生活するようになったものの,長い間親から見捨てられていたとの思いと,義母に対する嫌悪感から家族との関係は険悪で,小学生の頃から家出,万引き等の問題行動が始まり,その度に叱責され体罰を受けていた。中学校に入り,叱責されなくなった頃から,怠学傾向が強くなり,深夜徘徊,シンナー吸引など問題行動がエスカレートし,不良仲間と付き合って,深夜徘徊してはクラブ等に出入りし,薬物も使用するようになった。ぐ犯少年として送致されて家庭裁判所の試験観察に付されたが,出頭もせずに逃げ回るうちに,不良仲間へのリンチ(傷害)を行い,さらに,遊興費を得るために不良仲間と強盗致傷事件を起こし,中等少年院送致の決定を受けた。
少年院入院時は,情緒的に不安定で,抑制力も乏しく,規律違反行為を繰り返した。個別担任との面接で受容される体験を積み重ねるとともに,少年院内の行事での活躍が認められたことで自信を付け,情緒の安定や自尊心の回復が図られた。その上で,面会や通信指導,保護者への働き掛けを通して家族との関係改善が図られていった。また,シンナーを始めとした薬物問題についての問題群別指導を受け,薬物についての理解を深め,薬物を遠ざけるための方法について具体的に考えるようになった。
少年院在院中から,保護観察官が実父及び義母と面接を行い,生活環境の調整を進めた。義母が少年との面会のため,少年院に何度も通ったことから,少年も次第に義母に心を開くようになり,仮退院後,少年は実父義母のもとに帰住した。保護司の助言を受けながら,義母が少年の弁当を作ったり,少年も義母に対して恋愛や仕事の相談をするなど更に歩み寄っていった。少年は,転職をしながらも就労を続け,その収入の一部を家庭に入れるなど,落ち着いた生活を送るようになり,退院決定を受けるに至った。
幼少時から不安定な養育環境の中で生育し,家族に対する反発や愛情欲求の不充足など,内面の不安定さといった少年の資質上の問題が非行に結び付いている。家庭で得られない満足感を刹那{せつな}的な遊興生活で得たり,不満感を粗暴な行為で発散しながら,現実逃避的に非行を深化させていった。
少年院入院当初に指摘された情緒的な不安定さ,抑制力の乏しさ等は,家族を始めとする身近な大人に愛着,信頼感を抱くことができずに生育したことが背景要因の一つとなっていたと考えられる。また,家庭内で暴力を受けた体験が,感情抑制のない中で,他者への攻撃性にもつながっていたと考えられる。
少年院での教育活動を通じて行われた,少年の内面に対する丁寧な働き掛けが,その後の家族関係の改善や非行問題に対する指導の内面化の基盤となった。
出院後に,保護司の助言も受けながら,家族それぞれが,家庭の中で具体的な役割を果たすよう努めたことも,家族の一員としての意識を喚起し,家族機能を強化した重要なポイントである。
ア 少年院における個別面接指導
少年院では,少年ごとに担任となる教官が決められており,担任教官が中心となって,定期的に面接指導を行っている。これは,生活指導の一環であり,少年の心情や問題性を把握し,具体的な指導につなげていくとともに,少年院生活の様々な出来事を通して,ものの見方や考え方,人との付き合い方,生活態度などの変容を図り,改善させていくための基本的な指導である。同時に,特に年少少年にとっては,教官との濃密なコミュニケーションの場でもあり,それまで大人に対して不信感を持っていた少年が,自分の気持ちを真剣に受け止め,向き合ってもらう体験を積み重ねることによって,担任教官と信頼関係を築き,やがて大人や社会に対する信頼を回復し,これを出発点として自分自身や家族の問題を振り返ることができるようになっていく。
ある少年は,恵まれない養育環境から逃れるように非行に走り,強い被害感を持っており,当初の面接で非行について誇らしげに語るなどしていたが,面接指導を受け,教官から自分をありのまま受け止めてもらい,自己のつらい境遇を理解してもらったと感じたことで,自分自身の問題点や被害者のことも考えられるようになり,具体的な非行問題についての指導や被害者の視点を取り入れた教育などにも真剣に取り組むことができるようになった。
イ 薬物乱用防止教育等
少年院では,薬物依存の少年を対象とした問題群別指導(非行態様別指導)として,認知行動療法の考え方を取り入れたグループワークを実施している例がある。一方的な指導によって表面的な反省の言葉を引き出すのではなく,同様の問題を抱えた少人数のグループによる本音の話合いを通して,これまでの薬物との関わりを振り返り,仲間同士で支え合いながら自分自身の問題と向き合い,薬物依存からの回復に向けて意欲を高めさせ,再使用を防止するための具体的な方法を理解させることを目標としている。指導に当たっては,少年院の教官に加え,より専門的な立場から少年鑑別所の心理技官が継続的に参画して支援することもある。また,現実的な回復のイメージを持たせるとともに,出院後の社会資源ともなり得る薬物依存からの回復を目指す自助グループの協力を得ることもある。
ある少年は,当初,自分の薬物依存を認めていなかったが,グループワーク等を通じて認められるようになり,離脱の意志を固めるとともに,薬物使用により目を背けてきた家族の問題にも気付いた。少年院では,少年自身に対する指導に加えて,少年の薬物依存の背景にある家族の問題を解決すべく,並行して,面会や通信指導の機会に,より良い監護や親子関係の構築に向けた保護者のサポートなどを行い,少年の直面する問題全般の解決にも努めた。
保護観察の段階では,覚せい剤の自己使用により有罪となった仮釈放者及び保護観察付執行猶予者のうち,一定の条件の者に対して,特別遵守事項により,簡易試薬による簡易薬物検出検査(尿検査又は唾液検査)と,覚せい剤の依存性や再使用しないための具体的な方法を理解・習得するための教育課程を組み合わせた覚せい剤事犯者処遇プログラムの受講を義務付けている。それ以外の者(プログラムの実施が終了した者を含む。)に対しても,必要性に応じ,その自発的意思に基づき簡易薬物検出検査が実施される。ある若年仮釈放者は,簡易薬物検出検査について,覚せい剤には決して近付かないという意志を維持することに役立ち,さらに,以前はいつも家族から疑われている気がしていたが,検査結果を示すことにより,家族が自分を信用してくれるようになったことが励みになったと述べている。
また,保護観察終了後も,薬物依存から離脱した生活を送り続けることができるよう,医療機関,保健所や自助グループとの連携など,地域における支援体制の確保を図っている。
ウ 保護観察における社会参加活動・社会貢献活動
保護観察処遇では,主として少年を対象に,福祉施設でのボランティア活動,公園等の清掃活動,陶芸等の創作活動等多岐にわたる社会参加活動を取り入れている(第3編第1章第5節2項(3)参照)。
福祉施設での活動に参加した少年は,「一生懸命努力したら,周りの人に認めてもらえる。人に喜んでもらいたい。」,「いろいろな人との関わりの中で仲良く暮らしていくのが大切だと思った。」と感想を述べ,活動への参加は,少年たちが肯定的な自己イメージや他者への思いやりの気持ちを抱くきっかけとして意味を持つ。また,活動の多くは,保護司,更生保護女性会員,BBS会員等更生保護ボランティアの協力を得て実施されており,少年たちの改善更生を地域で見守り,支援する大人たちと触れ合うことは,社会からの疎外感を抱きがちな少年たちにとって,社会とのつながりを実感し,社会参加意欲を高める機会ともなる。
平成23年度からは,さらに,成人を含めた保護観察処遇の一環として,自己有用感のかん養,規範意識や社会性の向上を図るため,公共の場所での清掃活動や福祉施設での介護補助活動といった地域社会の利益の増進に寄与する社会的活動を継続的に行うことを内容とする社会貢献活動を実施している。
エ 帰住環境の確保・整備に向けた取組
帰住環境が少年・若年者に与える影響が大きいことから,矯正施設と保護観察所では,釈放時の保護調整や生活環境の調整に力を入れている。適当な監護者・引受人や帰住先のない者に対し,その生活基盤を確保し,社会復帰を促進するため,近年,次のような取組も進めている。
障害を有する少年等に対しては,刑事施設及び少年院に配置されている社会福祉士,精神保健福祉士が,福祉的な支援に対するニーズを把握し,出所(院)後に必要となる支援を受けるための福祉の申請手続き等の援助を行うなどして,円滑な社会復帰を目指している。保護観察所でも,矯正施設での取組と密接に連携しながら,厚生労働省が全国に整備している地域生活定着支援センターと協働して,帰住先が確保され,必要な福祉サービスが地域で受けられるよう生活環境の調整を行っている。
また,適当な住居の確保が困難な保護観察対象者等に対し,緊急の帰住先を確保するため,平成23年度から,保護観察所が,特定非営利活動法人等に対して,少年院仮退院者・仮釈放者を含む保護観察対象者等への宿泊場所,食事の提供及び毎日の巡回生活支援の委託(緊急的住居確保・自立支援対策)を実施している。