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1 就労の安定と交友関係の改善が改善更生に結び付いた事例
(1)事例の概要

小学生の頃から,両親の仲が悪いこともあり,家に居づらいと感じていた少年が,中学校入学前後から,喫煙や夜遊び等を繰り返すようになった。卒業後,高校に進学したものの,すぐに中退し,以後,不良仲間と遊興にふける生活を送る中,窃盗事件を起こし,保護観察処分を受けた。しかし,その後も生活を改善させることなく,同様の生活を送り,多数回の補導を受け,家庭裁判所の試験観察に付されたが,更に不良交友を続け,夜遊び中心の生活を送る中,友人の言動が気に食わないとして暴行事件等を起こし,中等少年院送致の決定を受けた。

少年は,少年院入院当初,周囲の雰囲気に流されやすい一方,自信のなさから虚勢を張ったり,自分の考えを押し通そうとする面が見られたが,少年院における集団生活や職業補導を通して規範意識や地道に努力する姿勢を養っていった。また,アーク溶接などの資格取得を契機に,自立に向けて,出院後の生活や仕事について具体的に考えるようになった。さらに,交友関係について,集団討議や課題作文に取り組む過程で不良交友の問題に気付き,不良交友を断つ決意を固めていった。

保護観察所では,少年の少年院在院中から,保護観察官及び保護司が両親への働き掛けを重ね,両親がそろって少年を迎え入れる態勢が整ったため,少年は,少年院を仮退院し,両親のもとに帰住した。当初,就職先が見つからず,ようやく始めた販売の仕事も続かないなど,就労がなかなか安定せず,不良交友も完全に断ち切ることはできずにいたが,保護司が,就労セミナーに同行したり,日常的に少年や両親の相談に乗り,指導・助言を重ねた。少年は,飲食店に就職すると,家族が店を訪れ,励ましてくれたこともあり,意欲的に仕事に打ち込むようになり,生活全般が安定していった。

(2)考察

家庭内で居心地の悪さを感じていた少年が,その居場所を不良仲間の中に求め,その交友を深めるうちに非行を繰り返した事例である。もともと,家庭教育等による規範意識のかん養も不十分であったところ,同世代の不良仲間と非行を繰り返す中で,不良顕示的な態度を示し,規範意識をますます鈍麻させ,就学や就労面でのつまずきもあいまって,問題性を深化させたと考えられる。

少年院での指導を通じて,交友関係の在り方など自らの問題と向き合うことができるようになったことや,自らの努力により資格を取得したという達成感などが,少年の意識,価値観を徐々に変化させていったと評価できる。

仮退院後の少年は,必ずしも順調な経過をたどったわけではなく,当初は,交友関係,就労面において不安定な時期が続いた。こうした時期を,結果的に大きな逸脱に至ることなく乗り越えることができたのは,少年院での生活を無駄にしたくないという少年の意識や,保護観察官の指導の下,少年や両親を身近に支えた保護司の存在によるところが大きい。まとまった職業経験のない少年の就職や就労の継続のためには,周囲のサポートも重要であり,就労に直接は結び付かなかったものの,就労支援を受けたことも,一つの転機となり得たと考えられる。紆余曲折しながらも,就労や新たな趣味を通じた健全な交友関係の広がりなど,生活上の小さな変化が,社会的視野の拡大を促し,少年の内面を変容させたと思われる。少年が家庭や職場に自らの居場所を見出したことで,交友関係も改善され,改善更生の環境が整った。

(3)関連問題領域に対する処遇上の取組

ア 少年院における問題群別指導(非行態様別指導) 〜交友関係に関する指導〜

少年院においては,非行に関する個々の少年の具体的な態度や行動面の特性,問題性,必要性に応じた教育を組織化・体系化して問題群別指導を実施している。この指導は,性・異性,薬物,交通,不良交友,家族問題等の問題群別に集団編成して行われることが多いが,個別の指導も行われる。

ある少年院では,不良交友に関する問題群別指導においてSST(Social Skills Training: 生活技能訓練)を取り入れている。これは,例えば,「翌日仕事があるのに,夜遅く,仲間から遊びに誘われた」といった具体的な場面を想定し,グループワーク(ロールプレイ)により,その対処の仕方を練習するものである。こうした指導は,現実的に起こり得る様々な危機場面に対する問題解決能力を養うとともに,周囲との円滑な人間関係の形成にも役立っている。

ある少年は,SSTに参加するまでは,自らの交友関係を問題視することができなかったが,ロールプレイにおいて,相手の誘いを上手に断ることができなかったことで,初めて自分の問題点に気付き,交友関係の在り方について真剣に考えることができたと感想を述べていた。


SSTの実施場面
SSTの実施場面

イ 保護観察における交友関係改善に向けた指導・支援

保護観察の実施に際して,保護観察対象者は,保護観察官や保護司の求めに応じ,交友関係等について事実を申告することが義務付けられている。また,必要に応じ,暴力団関係者,暴走族関係者,共犯者,その他不良集団等との交際の禁止に関する具体的な事項が特別遵守事項(第2編第5章第2節2項(2)参照)として設定される。交友関係を把握した上で,これらの遵守事項を守るよう指導を重ねることにより,不良交友を断ち切らせることが処遇上の重要な課題となる。

一方,特に少年の処遇に当たっては,健全な交友関係を醸成するための働き掛けも,その改善更生を促進させるために重要な意味を持つ。こうした働き掛けの一つとして,BBS会(第2編第5章第5節2項(1)参照)の会員の協力を得た「ともだち活動」がある。これは,BBS会員が「ともだち」の立場で少年の話し相手となり,触れ合うことを通して,少年の自立を支援する活動である。その実践例として,対人関係がうまく保てず,同年代の者から孤立しがちな少年に対して,複数の会員が関わり,悩みを聞いたり,レクリエーション活動等を行うもの,学習の遅れから怠学傾向を強めている就学中の少年に対して,大学生の会員が学習支援を行いつつ,学校生活や友人との関係についてのアドバイスを行うといったものがある。


ウ 矯正施設における資格取得

少年院では,在院者の円滑な社会復帰を図るため,出院後の職業生活に必要な知識・技能・態度を付与するための職業補導を実施している。具体的な職業補導の種目としては,溶接,木工,電気工事,農園芸,事務ワープロ,介護サービス等があり,<1>生産実習,技能実習を通じた職業意識,知識,技能等に関する指導,<2>職業に必要な知識及び技能並びに技術を習得させる職業訓練,<3>院外において,事業所や学識経験者に委嘱して指導を行う院外委嘱職業補導が実施されている。

また,刑事施設においても,受刑者に職業上有用な知識や技能を習得させるために職業訓練(第2編第4章第2節2項(5)参照)を実施している。

ある若年者は,少年刑務所在所中に,自ら職業訓練を希望し,ホームヘルパー2級と理容師資格を取得した。実習の一環として,福祉施設で理容ボランティアを行い,施設利用者から受けた「ありがとう」との感謝の言葉に感動し,「自分ができることで他人に喜んでもらえる仕事に就きたい」と考え,仮釈放後に,ホームヘルパーの資格を活かして福祉施設に就職した。


介護サービス科
介護サービス科

エ 就労支援

受刑者等の出所時の就労の確保に向けて,刑事施設及び少年院に就労支援スタッフを配置するとともに,刑事施設,少年院,保護観察所及び公共職業安定所が連携し,支援対象者の希望,適性等に応じ,計画的に就労支援を行う刑務所出所者等総合的就労支援対策を実施している。

ある若年受刑者は,刑務所に配置された就労支援スタッフから,職業適性等についての助言を受け,就労意欲を高めていたが,釈放後の帰住先が決まっていなかった。そうした中,支援対象者に選定され,公共職業安定所職員による職業相談や職業紹介等の就労支援を受けた結果,在所中に建設関係の会社への住込み就職が決まり,円滑な社会復帰を果たすことができた。

保護観察所においては,保護観察開始時等に就労の見込みを確認し,矯正施設在所中には就労先の確保に至らなかった者も含め,必要な者を支援対象者に選定し,公共職業安定所との連携の下,具体的な支援を行っている。ある保護観察対象者は,身元保証人がいなかったため,支援メニューの一つである身元保証制度を利用し,資格を活かし,運送関係の職に就くことができた。