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3 傷害・暴行 調査対象者は,東京地方検察庁(本庁のみ)及び東京区検察庁で,平成17年1月1日から19年12月31日までに受理された後,公訴が提起され,第一審において有罪の判決又は略式命令がなされ,資料の収集ができた高齢傷害・暴行事犯者全員147人(以下,本項において「高齢傷害・暴行事犯者」という。)である。また,比較した対象は,東京地方検察庁(本庁のみ)及び東京区検察庁で19年11月1日から同年12月31日までに受理された後,公訴が提起され,第一審において有罪の判決又は略式命令がなされ,資料の収集が可能であった65歳未満の傷害・暴行事犯者のうち,100人(以下,本項において「非高齢傷害・暴行事犯者」という。)である。 これらについて,窃盗同様に,確定記録に基づき,手口,犯行場所,動機・原因,被害者等について比較・分析を行った。 (2)高齢傷害・暴行事犯者の事例 本調査を通じて,高齢傷害・暴行事犯者の事例として比較的多く見られたものを以下に紹介する。 [1] 泥酔して駅員に暴力を振るった事案 65歳男子。犯罪歴なし。妻子と同居し,アパート収入と年金で生活している。同窓会の帰り,泥酔して駅で寝ていたところを,駅員に声をかけられ,駅員を殴った。罰金10万円。 [2] 近所の人を注意し,言い返されて暴力を振るった事案 81歳男子。婚姻歴はなく,定年退職後,年金で単身生活。犯罪歴なし。野良猫にえさを与えている近所の顔見知りの女性(58歳)を注意したところ,女性が言い返してきたので,かっとして持っていた傘を振り下ろして殴り,打撲傷を負わせた。罰金20万円。 [3] 通行上のトラブルから通行人に暴力を振るった事案 68歳男子。妻子と同居し,年金とアルバイト収入で生活している。前科4犯で,うち傷害・暴行事件が3犯含まれる。外出時,スケート・ボードをしている少年(17歳)が邪魔だったので注意したところ,少年が口答えをしてきたと思って,かっとなって殴り,打撲傷を負わせた。酒が入っていた。罰金15万円。 [4] ホームレスが飲酒の上,少年に暴力を振るった事案 65歳男子。ホームレス。古本を拾い集めて小遣いを得ていた。これまで,飲酒下の対人トラブルが多く,前科はないが,傷害や暴行の前歴がある。本件では,公園で遊んでいる少年(9歳)たちがうるさいと感じて,少年のバットを取り上げそれで殴り,打撲傷を負わせた。酒が入っていた。懲役1年。 (3)高齢傷害・暴行事犯者の実態等 高齢傷害・暴行事犯者はすべて男子であった。一方,非高齢傷害・暴行事犯者は,男子が97人,女子が3人であった。 本件の第一審判決の宣告日又は略式命令が発出された日の年齢層別人員は,7-3-2-32図のとおりである。高齢傷害・暴行事犯者のうち,最年長は88歳で,平均は69.1歳であり,年齢層では,69歳以下が94人(63.9%),70歳から74歳が40人(27.2%)で,両方で約9割を占めていた。一方,非高齢傷害・暴行事犯者については,平均が39.2歳であった。 7-3-2-32図 傷害・暴行事犯者の年齢層別人員 傷害・暴行事犯者の裁判内容別構成比は,7-3-2-33図のとおりである。罰金が高齢傷害・暴行事犯者については117人(79.6%),非高齢傷害・暴行事犯者については,100人中84人と,共に約8割を占めていた。また,高齢傷害・暴行事犯者の懲役(実刑)となる比率は,非高齢傷害・暴行事犯者に比べて高く,14人(9.5%)が懲役(実刑)となっている。傷害・暴行事犯者の前科の有無については,7-3-2-34図のとおりである。高齢傷害・暴行事犯者において,前科を有していた者が80人(54.4%)であり,このうち49人(有前科者の61.3%)は傷害・暴行の前科を有していた。また,高齢傷害・暴行事犯者のうち,受刑歴のある者が34人(23.1%),暴力団関係者が4人(2.7%)であり,犯罪性の進んだ者が一定数存在し,粗暴累犯傾向のある者が少なくないが,窃盗と比べると犯罪性の進んでいない者も多いことがうかがえる。非高齢傷害・暴行事犯者は,前科を有していた者が39人であり,このうち27人(有前科者の69.2%)が傷害・暴行の前科を有し,暴力団関係者が8人であった。高齢傷害・暴行事犯者の方が,犯罪歴を多数有する者の比率が高い傾向がうかがえる。 7-3-2-33図 傷害・暴行事犯者の裁判内容別構成比 7-3-2-34図 傷害・暴行事犯者の前科の有無別構成比 高齢傷害・暴行事犯者の犯行は,ほとんどが単独で及んでおり,共犯のいる者は3人のみであった。一方,非高齢傷害・暴行事犯者では,19人に共犯がおり,共犯との関係では,遊び仲間が12人,暴力団関係者が2人であった。傷害・暴行事犯者を,犯行場所別・被害者との関係別に見たのが,7-3-2-35図である。高齢傷害・暴行事犯者で,道路上・公園等が47人(32.0%),次いで,バスや電車などの交通機関が24人(16.3%)であり,加害者宅,被害者宅及び飲食店が,それぞれ13人(8.8%)であった。被害者との関係で見ると,面識がない者が90人(61.2%)で過半数を占めており,近所の人が20人(13.6%),知人が15人(10.2%),仕事の関係者が14人(9.5%)であった。 犯行場所と,加害者と被害者の関係別に見ると,道路上・公園等で犯行に至った47人のうち34人(72.3%)に被害者と面識がなく,交通機関で犯行に至った24人すべてに被害者との面識がなかった。これら交通機関で犯行に至った24人については,22人に飲酒が認められ,外出先で,酩酊・泥酔し,駅員やバスやタクシーの運転手に対して,暴力を振るった事例が目立った。ちなみに,交通機関で犯行に至った者は,前科・前歴がない者が11人(45.8%)であった。 また,道路上・公園等で面識のない者に対して犯行に至った34人のうち,前科がある者は21人(うち傷害・暴行前科のある者が14人)であり,前科・前歴がない者は10人であった。道路上・公園等で面識のない者に対して犯行に至った者のうち,飲酒が認められた者は17人であり,このうち,前科がある者が11人(うち傷害・暴行前科のある者が7人),前科・前歴がない者が4人であった。 さらに,被害者が,近所の人の場合について見ると,加害者宅や被害者宅,道路・公園等,近所で犯行に至っていたが,該当者20人のうち10人に飲酒が認められ,10人に前科があった。 一方,非高齢傷害・暴行事犯者では,犯行に至った場所は,道路上・公園等が39人,次いで,飲食店が17人,交通機関が16人であった。高齢傷害・暴行事犯者,非高齢傷害・暴行事犯者ともに,犯行場所が,娯楽施設,職場,駐車場,小売店等と多岐にわたっており,これらは高齢傷害・暴行事犯者の生活活動範囲が非高齢傷害・暴行事犯者同様に多岐にわたっていることを反映しているものと思われる。両者の違いに着目してみると,非高齢傷害・暴行事犯者は,犯行場所として飲食店の占める比率が若干高く,高齢傷害・暴行事犯者は,加害者宅,被害者宅の比率が高く,医療機関が登場してくる。また,被害者との関係別に見ると,非高齢傷害・暴行事犯者の場合,面識がなかった者が81人と,高齢傷害・暴行事犯者同様に多数を占めていた一方で,近所の人は高齢傷害・暴行事犯者で20人いたのに対し,非高齢傷害・暴行事犯者では1人にすぎなかった。活動範囲が多岐にわたっているとは言っても,高齢者にとって近隣との関係が,対人関係の主だったものの一つとなっていることを反映していると考えられる。 7-3-2-35図 傷害・暴行事犯者の犯行場所別・被害者との関係別人員 犯行時の凶器の種類について見たのが,7-3-2-36図である。高齢傷害・暴行事犯者では,刃物を使用した者が17人(11.6%),刃物以外の凶器を使用した者が28人(19.0%)であった。一方,非高齢傷害・暴行事犯者では,凶器を使用しなかった者が89人を占めており,高齢傷害・暴行事犯者の方が凶器を使用する割合が顕著に高かった。これは,腕力に自信がなくそれを補うために凶器を使用する場合が少なくないことなどを反映しているものと思われる。次に,主な被害の種類と程度について見たのが,7-3-2-37図である。高齢傷害・暴行事犯者の被害内容は,打撲の者が48人(32.7%),骨折の者が7人(4.8%)であった。被害程度については,被害がなかった者が45人(30.6%)で,重症であった者は9人(6.1%)であった。 非高齢傷害・暴行事犯者では,打撲の者が24人を占めるほか,骨折の者が17人であり,被害がなかった者が21人,重症の者が19人であり,高齢傷害・暴行事犯者は,非高齢傷害・暴行事犯者と比較して,凶器を使用する比率は高いものの,被害程度については,概して軽いものの比率が高かった。 7-3-2-36図 傷害・暴行事犯者の凶器の種類別構成比 7-3-2-37図 傷害・暴行事犯者の被害内容・程度別構成比 犯行時の同居者の有無や収入源を見たのが7-3-2-38図である。高齢傷害・暴行事犯者では,単身者が82人(56.2%)で半数以上を占めたものの,本節2で見た高齢窃盗事犯者に比して,単身者の比率が低い。また,生活程度については,平均月収が21.3万円であり,高齢窃盗事犯者の9.4万円と比して2倍以上であった。一方,非高齢傷害・暴行事犯者も,平均月収が28.8万円であり,非高齢窃盗事犯者の12.2万円と比べて顕著に多かった。7-3-2-38図 傷害・暴行事犯者の同居者の有無別・収入源別構成比 傷害・暴行事犯者の犯行の主な動機・原因別人員及び犯行時の飲酒状況について見たのが,7-3-2-39図である。高齢傷害・暴行事犯者では,犯行時の主たる動機・原因として,「激情・憤怒」が94人(63.9%),泥酔しているなど飲酒による影響が顕著に認められた「飲酒による酩酊」が21人(14.3%),「報復・怨恨」が10人(6.8%)であった。犯行時,飲酒が認められた者は高齢傷害・暴行事犯者全体の79人(53.7%)であり,主たる動機・原因ではないものも含め,犯行に影響を及ぼしていると思われる者は73人(49.7%)であった。また,各動機・原因の項目ごとに犯行時の飲酒ありの占める比率について見ると,「激情・憤怒」で94人中47人(50.0%),加害者の現実認識に誤りがあるなど「行き違い」で3人中2人がそれぞれ該当し,逆に「報復・怨恨」については,10人中1人にしか飲酒が認められなかった。 一方,非高齢傷害・暴行事犯者では,犯行時の主たる動機・原因として,「激情・憤怒」が69人,「飲酒による酩酊」が6人,「行き違い」が6人であり,遊び感覚でけんかに及んだなどの「遊び感覚」が4人,暴力によって自らの威勢を誇示するなど「自己顕示」が4人いた。飲酒の影響については,犯行時,飲酒が認められた者は,非高齢傷害・暴行事犯者全体の72人であり,主たる動機・原因ではないものも含め犯行に影響を及ぼしていると思われる者は64人であり,いずれも高齢傷害・暴行事犯者より比率が高かった。また,各動機・原因の項目ごとに犯行時の飲酒ありの占める比率について見ると,「激情・憤怒」で69人中49人(71.0%),「行き違い」で6人中4人,「遊び感覚」が4人中4人,「報復・怨恨」が3人中3人であった。 7-3-2-39図 傷害・暴行事犯者の犯行動機・原因別人員 傷害・暴行事犯者の犯行に至った背景を見たのが7-3-2-40図である。高齢傷害・暴行事犯者においては,「頑固・偏狭な態度」による者が61人(41.5%)で最も多く,次いで「自尊心・プライド」が54人(36.7%)で,「疎外感・被差別感」が16人(10.9%)であった。いずれも,前科を有している者の比率が高いが,特に「自尊心・プライド」については,前科を有している者の比率の高さが目立っている。7-3-2-40図 高齢傷害・暴行事犯者の犯行の背景 (4)まとめ傷害・暴行事案に関しては,個人の資質,置かれた環境,被害者との関係等の様々な要因が複雑に絡み合って犯罪が生じているものが多く,個別的な要素が大きいことなどから,高齢傷害・暴行事犯者と非高齢傷害・暴行事犯者を比較しても特徴的な差が出にくく,両者の違いは明確ではないものの,以下の特徴が指摘できよう。 高齢傷害・暴行事犯者は,高齢窃盗事犯者と比較すると,前科を有している者の比率が低く,家族と暮らし,経済状態が比較的良い者が多く,事案については飲酒の影響が認められるようなものが多かった。これらには,いわゆる平均的な生活を送っている高齢者が,外出先で飲酒して泥酔し,交通機関を利用するなどした際に,職員や乗車中の客等とトラブルとなり,犯行に至った軽微なものが多数含まれる。高齢傷害・暴行事犯者は,非高齢傷害・暴行事犯者のような遊び仲間と盛り場でけんかに至るような遊び感覚の暴力は含まれなかったものの,犯行場所は非高齢傷害・暴行事犯者同様多様で,動機等にもさほどの差がないことから,活動範囲や対人関係が多岐にわたることによって生ずる犯罪が少なくないと考えられる。 ただし,非高齢傷害・暴行事犯者と比較すると近所の人とのトラブル等から犯行に至ったものが目立つことからは,高齢者において,近隣の付き合いが対人関係の主要なものの一つとなる傾向を反映していると考えられる。 さらに,高齢傷害・暴行事犯者の中には,粗暴な事案を繰り返している者も少なくなく,道路上・公園といった公共的な場で,面識のない者と些細なことでトラブルになるなどして,暴力を振るっている者がいた。この者のうちには,前科を持つ者が過半数おり,ホームレス・住居不定の者も少なくなかった。前科を有する者については,非高齢傷害・暴行事犯者に比して比率が高く,犯行の背景として「頑固・偏狭な態度」や「自尊心・プライド」に該当する割合も高いことを考えると,犯罪性がより深まるにつれ,認知面等に問題を抱えていることも推察できよう。 なお,今回の調査では,明らかにアルコール中毒・依存が認められた者は,高齢傷害・暴行事犯者のうち,3人であった。非高齢傷害・暴行事犯者の犯行時の飲酒ありの比率が高齢傷害・暴行事犯者以上であり,粗暴事案については飲酒との関連の検討が欠かせないところである。 |