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 平成20年版 犯罪白書 第7編/第3章/第2節/2 

2 窃盗

(1)調査対象者
 ここでは,特に件数の多い窃盗(本項にて),傷害・暴行(次項にて)の各事犯に着目し,その手口や,どのような動機・原因によって犯行に至っているかなどについて調査・分析を行った。
 窃盗の調査対象者は,東京地方検察庁(本庁のみ)及び東京区検察庁で,平成19年1月1日から同年12月31日までに受理された後,公訴が提起され,第一審において有罪の判決又は略式命令がなされ,資料の収集が可能であった高齢窃盗事犯者全員,139人(以下,本項において「高齢窃盗事犯者」という。)である。また,比較した対象は,東京地方検察庁(本庁のみ)及び東京区検察庁で19年12月1日から同年12月31日までに受理された後,公訴が提起され,第一審において有罪の判決又は略式命令がなされ,資料の収集が可能であった65歳未満の窃盗事犯者のうち,100人(以下,本項において「非高齢窃盗事犯者」という。)である。これらについて,確定記録に基づき,手口,犯行場所,動機・原因,犯罪歴等について比較・分析を行った。
(2)高齢窃盗事犯者の事例
 まず,本調査を通じて,高齢窃盗事犯者の事例として特徴的なものを以下に紹介する。
 [1] 常習窃盗犯(言わば窃盗のプロ)による事案
 
67歳男子。若いころから,窃盗(空き巣)を繰り返し,刑務所を出たり入ったりの人生を送ってきた。刑務所を出所しても,身よりもなく孤独で職もない。本件では,刑務所を満期出所後,簡易宿泊所に泊まっていたが,所持金が尽きて野宿し,「福祉は頼り方も分からない。手馴れた方法にしよう。」と考え,閉店後の店に盗みに入った。懲役3年8月。
 [2] 刑務所に戻りたい気持ちがあって犯行に至った事案
 
76歳男子。刑務所から仮釈放されたが,保護観察所にも出向かず,保護観察から離脱し,刑務所で得た作業報奨金は,酒を飲んですぐに使い果たし,路上生活を送るようになった。稼ぎはなく,万引きで食いつなぎ,仮釈放後2週間後にコーヒー1缶の万引きで本件逮捕となった。「刑務所に入れば寝床と食事と作業がある。」として,本人はむしろ逮捕されることを望んでいた。懲役2年2月。
 [3] 孤独が犯行の背景にあると思われる事案
 
76歳女子。未婚。定職に就き,健全な社会人として生活しており,犯罪歴はなかった。両親死亡後,孤独となり,生活には困っていなかったが,70歳くらいから万引きを繰り返すようになった。本件は,チョコレートの万引きであるが,「(店内で)私に注目している人はいない。このまま手提げ袋に入れても見つからない。」と考えて犯行に及んだ。罰金30万円。
 [4] 漠然とした経済不安から節約のため犯行に至ったと思われる事案
 
75歳女子。配偶者と死別し単身。生活に困っているわけではないが,余裕はなく,「年金暮らしでお金を遣うのがもったいない。」として,75歳から,しばしば万引きをするようになった。本件では,コンビニエンス・ストアで,おにぎりとサンドイッチを盗んだ。罰金30万円。
(3)高齢窃盗事犯者の実態等
 高齢窃盗事犯者のうち,男子は,112人(80.6%)であり,女子が27人(19.4%)であった。一方,非高齢窃盗事犯者は,男子は85人で,女子が15人であった。
 本件の第一審判決の宣告日又は略式命令が発出された日の年齢層別の人員については,7-3-2-20図のとおりである。高齢窃盗事犯者では,最年長が87歳で,平均は70.6歳であった。該当人員の比率の最も高い年齢層は,男女では若干のずれがあり,男子では65歳以上69歳以下が66人(58.9%)を,女子では70歳以上74歳以下が12人(44.4%)を占めていた。非高齢窃盗事犯者については,平均は40.9歳であるが,該当人員の比率の最も高い年齢層に男女では若干のずれがあり,60歳以上を見ると,男子では7人(8.2%)にすぎないものの,女子では5人(33.3%)を占めた。

7-3-2-20図 窃盗事犯者の年齢層別人員

 窃盗事犯者の裁判内容別の構成比は,7-3-2-21図のとおりである。高齢窃盗事犯者について,男子では,懲役(実刑)が58人(51.8%)と過半数を占めているのに対し,女子では,罰金が15人(55.6%)と過半数を占めていた。一方,非高齢窃盗事犯者については,男子では,懲役(単純執行猶予)が45人(52.9%)を占めているのに対し,女子では,罰金と懲役(単純執行猶予)が,それぞれ6人(40.0%)であった。

7-3-2-21図 窃盗事犯者の裁判内容別構成比

 窃盗事犯者の前科の有無については,7-3-2-22図のとおりである。高齢窃盗事犯者は全員に前歴があり,男子では,前科がある者が98人(87.5%)と9割近くを占め,受刑歴のある者も71人(63.4%)で,過半数以上を占めていた。高齢窃盗事犯者の男子は,前科がある者が多いために,懲役(実刑)になる割合が高いということがいえる。女子では,前科がある者が9人(33.3%)で,男子よりも少なく,受刑歴のある者については5人(18.5%)であった。なお,女子の場合,前科のない18人を見ると,このうち前歴が3回以上の者が14人(77.8%)であった。
 非高齢窃盗事犯者では,男子は,前科がある者が42人(49.4%)で,女子は6人(40.0%)であった。高齢窃盗事犯者では,男子が,女子よりも犯罪性が進んでおり,犯罪態様・内容が悪質であって,非高齢窃盗事犯者よりも一層犯罪性が進んでいることがうかがえる。高齢窃盗事犯者の女子では,軽微な犯罪を繰り返している傾向が指摘できる。

7-3-2-22図 窃盗事犯者の前科の有無別構成比

 次に,窃盗事犯者の手口及び犯行場所別に見たのが,7-3-2-23図7-3-2-24図である。高齢窃盗事犯者において,男子では,万引きが53人(47.3%)を占めていたものの,空き巣や事務所荒らし等の侵入盗が24人(21.4%),すりが11人(9.8%)いた。女子では,万引きが25人(92.6%)と9割以上を占めた。
 高齢窃盗事犯者の男子の手口について,受刑歴の有無で見ると,万引きについては,受刑歴のある者とそうでない者とおよそ半々であったが,侵入盗については,24人のうち19人(79.2%)が,すりについては,11人のうち9人(81.8%)が受刑歴を有していた。女子で手口が万引きの者は,22人(88.0%)に受刑歴がなく,このうち18人(81.8%)は前科がなかった。また,高齢窃盗事犯者のうち,前科のない者の手口を見ると,90.6% (32人中29人(男子11人,女子18人))が万引きであり,その他の手口としては,わずかに自転車盗,置引きなどが見られるが,空き巣,すり等の職業的な手口を用いた者はいなかった。
 一方,非高齢窃盗事犯者において,男子では,万引きが29人(34.1%)を占め,空き巣や事務所荒らし等の侵入盗が19人(22.4%),置引きが9人(10.6%),乗り物盗が7人(8.2%),下着盗等の色情ねらいが5人(5.9%)いた。女子では,万引きが11人(73.3%)を占めたほか,すりが2人(13.3%)であり,比較すると,高齢窃盗事犯者の方が,男女ともに万引きの比率が高く,特に高齢窃盗事犯者の女子において顕著であった。
 犯行場所については,高齢窃盗事犯者,非高齢窃盗事犯者のいずれについても,男女ともに小売店が多く,これらは万引きによるものが多数を占めた。また,女子においては,少数ながら小売店での置引きも認められた。
 なお,共犯者について,高齢窃盗事犯者は,共犯のいた者がわずか2人(1.4%)であり,ほとんどは単独で行っていた。非高齢窃盗事犯者は,単独犯が多数を占めたものの,共犯のあった者が8人(8.0%)おり,このうち,遊び仲間が3人,配偶者(内縁も含む)が2人,知人が2人,その他親族が1人であった。

7-3-2-23図 窃盗事犯者の手口別構成比

7-3-2-24図 窃盗事犯者の犯行場所別構成比

 被害額及び被害財物別に見たのが,7-3-2-25図7-3-2-26図である。高齢窃盗事犯者については,男子では,被害金額が3,000円以下の者が56人(50.0%)と半数を占める一方で,5万円を超える者も14人(12.5%)いた。女子では,3,000円以下の者が16人(59.3%)と過半数を占めており,5万円を超える者は,1人(3.7%)にすぎなかった。被害財物は,男子では,食品・酒以外飲料が31人(27.7%)を占め,現金は27人(24.1%),酒が12人(10.7%)であるのに対し,女子では,食品・酒以外飲料が19人(70.4%)を占めており,現金は2人(7.4%)のみであった。
 非高齢窃盗事犯者は,男子の場合では,被害金額が1万円を超える者が50人(58.8%)を占めており,3,000円以下の者は,18人(21.2%)であった。女子でも,1万円を超える者が8人(53.3%)を占めており,3,000円以下の者は5人(33.3%)であった。被害財物では,男子では,現金が26人(30.6%)を占め,次いで,書籍・文房具・CDが17人(20.0%)であり,女子では,食品・酒以外飲料が7人(46.7%),現金が3人(20.0%)であった。高齢窃盗事犯者と非高齢窃盗事犯者を比較すると,高齢窃盗事犯者は,被害金額が概して少額で,現金よりも,生活に直結した食品等を窃取する傾向がうかがえる。

7-3-2-25図 窃盗事犯者の被害額層別構成比

7-3-2-26図 窃盗事犯者の被害財物別構成比

 窃盗事犯者の犯行時の所持金,居住状況及び収入源を見たのがそれぞれ7-3-2-27図7-3-2-28図7-3-2-29図である。高齢窃盗事犯者は,男子では,所持金が1,000円以下の者が49人(43.8%)を占めており,そのうち所持金がない者も18人(16.1%)いた。また,男子のうち,52人(46.4%)が,「ホームレス」,「住居不定」であった。さらに,93人(83.0%)が単身であり,72人(64.3%)には親族との音信がなかった。平均月収は8.2万円で,収入源がない者が38人(33.9%)いたほか,生活保護受給者も17人(15.2%)いた。
 一方,女子では,所持金が1,000円以下の者は5人(18.5%)であり,1万円を超える所持金を持っていた者が11人(40.7%)と約半数であった。女子の場合,「ホームレス」は,2人(7.4%)のみで,「住居不定」はいなかった。単身者は,13人(48.1%)であり,17人(63.0%)に親族との音信があった。平均月収は約14万円で,収入源がない者は3人(11.1%)であった。
 非高齢窃盗事犯者は,男子では,所持金が1,000円以下の者が23人(27.1%)を占めており,そのうち所持金がない者も10人(11.8%)いた。また,男子のうちで33人(38.8%)が,「ホームレス」又は「住居不定」であった。また,51人(60.0%)が単身であり,平均月収は約12万円であった。収入源がない者は,23人(27.1%),生活保護受給者は,2人(2.4%)であった。女子では,所持金が1,000円以下の者が3人(20.0%),1万円を超える者は2人(13.3%)であったが,「ホームレス」,「住居不定」はいずれもいなかった。単身者は,4人(26.7%)であり,配偶者と同居している者が7人(46.7%)と半数近かった。平均月収は約12万円で,収入源がない者は2人(13.3%)であった。
 窃盗事犯者の男子は,高齢・非高齢ともに,所持金がほとんどなく,収入源もない者の比率が高く,ホームレスや住居不定の比率が高かった。共に単身者の比率が高いが,高齢窃盗事犯者の場合,更に一層その傾向が大きく,経済的にもひっ迫している。一方,高齢窃盗事犯者の女子の場合には,一定の収入や所持金がありながら,犯行に至っているものが目立つものの,非高齢窃盗事犯者の女子と比べると,単身者の比率が高かった。

7-3-2-27図 窃盗事犯者の犯行時所持金層別構成比

7-3-2-28図 窃盗事犯者の居住状況別構成比

7-3-2-29図 窃盗事犯者の収入源別構成比

 窃盗事犯者の犯行動機・原因について,主なもの三つまでを調査した結果が,7-3-2-30図である。高齢窃盗事犯者において,男子では,「生活困窮」による者が74人(66.1%),次いで「対象物の所有」目的の者が41人(36.6%),「空腹」による者が21人(18.8%)であった。食べるのに困って飲食物を盗む者が多いことが分かるが,一方で,「遊興費充当」の者も17人(15.2%)いた。女子では,「対象物の所有」の者が17人(63.0%)であるのに次いで,「お金を使うのがもったいない。」などといった「節約」による者が16人(59.3%)であり,「生活困窮」による者は6人(22.2%)と男子に比べると顕著に少なかった。さらに,高齢窃盗事犯者について,前科の有無別に見てみると,前科を有している男子は,「生活困窮」による者が68人(69.4%)で,前科を有していない男子の6人(42.9%)に比べて高かった。
 一方,非高齢窃盗事犯者は,男子では,「生活困窮」による者が48人(56.5%)であり,次いで「遊興費充当」の者が24人(28.2%),「対象物の所有」の者が16人(18.8%)であり,「遊興費充当」の高さが目を引く。女子では,「生活困窮」による者が6人(40.0%)と最も多く,「対象物の所有」の者が5人(33.3%),「節約」が4人(26.7%)であった。
 高齢窃盗事犯者は,男子では,「生活困窮」により窃盗に至った者の比率が顕著に高く,女子では,「生活困窮」よりも,「対象物の所有」,「節約」による者が多かった。

7-3-2-30図 窃盗事犯者の犯行動機・原因

 窃盗事犯者の犯行の背景別に見たのが7-3-2-31図である。高齢窃盗事犯者において,男子では,「経済的不安」,「開き直り・甘え」,「あきらめ・ホームレス志向」の順に比率が高かった。一方,女子では,「経済的不安」,「開き直り・甘え」,「疎外感・被差別感」の比率が高かった。なお,女子の「疎外感・被差別感」を有している6人は,すべて単身者であった。

7-3-2-31図 高齢窃盗事犯者の犯行の背景

(4)まとめ
 高齢窃盗事犯者が男子の場合,概して所持金が少なく,ホームレスか住居の定まらない生活を送っている者が目立ち,生活費に困窮して少額の食料品等の万引きに至る者が多かった。また,前科や受刑歴を有する者が多く,職業的窃盗事犯者も一定数含まれており,更生できずに,経済的にひっ迫して犯行に至る場合も少なくなかった。それらの中には,生活費というよりは,酒代や薬物代(覚せい剤などの購入に当てるもの),ギャンブルといった遊興費獲得目的に犯行に至る者もいた。
 一方,女子の高齢窃盗事犯者の場合は,生活基盤はあり,生活費自体に困っているわけではない者が多く,少額の食品等の万引きがほとんどで,高齢になって万引きを繰り返すようになった者も少なくなかった。切羽詰まった状況ではないものの,経済的不安を感じることから金銭を節約しようとして,食料品等の物を盗む傾向が認められた。また,犯行に至った背景要因として,疎外感や被差別感を有している者がおり,これらについては,周囲からの働きかけや支えがほとんどないことからくる孤独感・孤立感といった心理的要因が影響している可能性がある。