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 平成18年版 犯罪白書 第6編/第4章/第4節/1 

1 矯正

 一部の刑事施設においては,これまでも,性犯罪再犯防止のための教育が行われていたが,統一的・標準的なプログラムは存在しなかった。これに対し,性犯罪者処遇プログラムは,前記の認知行動療法に基づくものであるほか,受刑者処遇法における特別改善指導(第2編第4章第2節3(1)参照)として必要な対象者に受講を義務付け,全国的な規模で行われるという特色がある。現在,年間500人の対象者に対し,プログラムを実施できる体制を整えている。
 刑事施設における性犯罪者処遇プログラムの概要は,6-4-4-1図のとおりである。

(1) 対象者の選定

 性犯罪者処遇プログラムは,受刑罪名が強姦等の性犯罪である者に限定することなく,社会の安全の確保という観点から受講の優先度の高い者に実施する。優先度は,[1]受刑罪名及び犯行動機等の事件の内容,[2]常習性,[3]性犯罪につながる問題性の大きさ等の観点から判断される。
 受講の優先度の判断は,第一次的には,各刑事施設において行われる。そして,優先度が高いと判断された受刑者は,詳細な検討を行うため,全国8刑事施設(札幌刑務所,宮城刑務所等)の調査センターに移送される。

(2) 調査センターでの調査等

 調査センターでは,心理技官による詳細な調査を実施する。
 これによって,対象受刑者の再犯リスク(過去の犯罪歴が多いこと,初対面の被害者がいること等,再犯に結び付きやすい問題性で,再犯につながることが統計的に示されているもの)や処遇ニーズ(処遇を通じて働きかけることにより,改善させることが可能な対象者の問題性で,それを改善させることが処遇の目標となるもの)を調査・判定する。その結果に基づき,対象受刑者に実施するプログラムのコース(再犯リスクや処遇ニーズに応じ,高密度,中密度及び低密度の3コースに分けられる。)を決定するなどして処遇計画を策定する。
 また,プログラム受講の意義を理解させ,動機付けを高めるためのオリエンテーションを実施した上,性犯罪者処遇プログラム受講のため,対象受刑者を指定された全国20の刑事施設に移送する。

(3) プログラム本科等

ア プログラム本科

 2名程度の指導者と8名程度の受講者によって構成するグループワークを中心に実施する。高,中,低密度の全コースで性犯罪を防ぐための自己統制力を身に付けさせる科目が必修とされている。高,中密度のコースの受講者に対しては,これに加え,性犯罪の背景となっている認知のゆがみを修正させるための科目や円滑な対人関係を築くスキルを身に付けさせるための科目,他人に対する共感性や被害者に対する理解を深めるための科目等の受講が本人の問題性に応じて義務付けられる。
 グループワークは,1回100分を基本として,高密度で64回,中密度で約50回(選択科目によって異なる。),低密度で14回実施される。

メンテナンスプログラム 釈放前に受講させ,プログラムで学んだ自己統制,対人関係等に関する知識,技能を復習し,更生の決意を再確認するなどして円滑な社会生活への導入を図ることを目的とする。プログラム本科同様,グループワークが中心である。

6-4-4-1図 刑事施設における性犯罪者処遇プログラムの概要

グループワーク等の実際
 刑事施設における性犯罪者に対する処遇プログラムは,おおむね,次のように進行します。
[1] 導入
 前回まで実施した内容を振り返った上で,今回扱う話題について説明します。
[2] 心理教育
 性犯罪に結び付く問題性や再犯を防ぐ方法等についての心理学の知識や知恵を受講者に分かりやすく伝えます。必要に応じて,テキストを活用します。これらの知識や知恵を受講者が理解し,身に付け,自ら活用できるようにさせることを目的とします。
[3] グループワーク
 テキストにある設定等を用い,受講者それぞれが設定のような場面(例えば,「対人関係でトラブルになったとき」)では,「自分だったらどのように考えると思うか」を話すように促します。
受講者A「そんな場合,私だったら,きっと頭にきます。」
受講者B「相手がわざと無視していると疑うと思う。」
受講者C「自分だったら,むしろ不安になるかもしれない。」
さらに,自分の経験を振り返って,過去に似たような場面がなかったかを話すように促します。
受講者D「以前,職場で,自分が嫌われていると思い込んでケンカになったが,実は誤解だったことがあった。」
受講者E「相手のことが嫌いだと,同じことをされた場合でも頭にきやすいと思う。」
 このような話し合いを通じて,物事には様々なとらえ方や解釈があることに気付かせたり,望ましい行動を学習させたりします。
 このほか,受講者に自分の経験や意見を個別発表させたり,日常生活で出会う困難場面(例えば,「家族や恋人とけんかした場合」)を設定して,対処方法のスキル(例えば,「家族や恋人に対する謝り方」)を実際に体験する(ロールプレイ)などして習得します。
[4] まとめ
 指導者が今回の実施内容についてまとめ,次回までに各自が行っておく「宿題」について説明をします。「宿題」は,心理教育やグループワークを通して学んだことを復習するとともに,身に付けた知識やスキル等の定着を図ることを目的としています。
 グループワークという方法を用いるメリットとして,指導者からの助言を素直に聞き入れることができない受講者も,他の受講者からの実感のこもった助言であれば抵抗なく受け止めることができたり,自らの責任を認めようとしなかった受講者も,他の受講者が誤りを認める姿を見ることによって,自らの責任に目が向くようになるなどの効果があります。

刑事施設におけるグループワークの様子


●認知のゆがみ
 同じ経験をしても,人それぞれで異なるとらえ方(認知)があって,それが感情や行動に影響を及ぼしています。例えば,いつも敵対的なとらえ方(認知)をしやすい人は,相手が笑いかけたとしても,軽べつして笑っていると受けとめてしまい,笑った人に対して腹を立てやすいというようなことがあるでしょう。このような場合,とらえ方にゆがみ(認知のゆがみ)があるため,人に対して腹を立て敵対的な行動を示しやすいといえます。
 性犯罪者は,特に性関係において,少しくらいなら大したことがない,被害者にも悪いところがあるなどの認知のゆがみが生じやすいと考えられています。したがって,自分の認知のゆがみのパターンを知り,それを修正させることによって再犯を防ぐことに役立つと考えられています。

●認知行動療法
 認知行動療法では,認知のゆがみが行動面での問題と密接に関連していると考えます(用語解説「認知のゆがみ」参照)。認知のゆがみに気付かせ,修正させるとともに,問題行動が生じやすい具体的な場面に応じた対処方法を教え,望ましい行動のレパートリーを段階的に増やすとともに,困難場面でも乗り切ることができるという自信をつけさせます。グループワーク(用語解説「グループワーク」参照)は,そのための有効な方法と考えられています。

●グループワーク
 グループワークとは,通常,2名の指導者と8名程度の受講者によってグループを編成して行う集団処遇技法の一つです。グループワークを行う利点としては,[1]他の受講者との協働関係を体験させ,[2]仲間とともに問題に取り組ませることによって動機付けを高めさせるとともに,[3]物事には様々なとらえ方や解釈があることに気付かせ,[4]自分が他者の役に立つ存在であることを実感させ,[5]望ましい行動を観察学習する機会を増やす,などがあるとされています。

●メンテナンスプログラム
 メンテナンスプログラムは,プログラム受講者の出所が近づいた際に収容されている施設において,グループワークを中心として実施するもので,出所前にこれまで学んだ内容を復習し,再犯しない生活を続ける決意を再確認することなどを目的としています。