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 昭和39年版 犯罪白書 第一編/第三章/三 

三 麻薬犯罪

 暴力に関連する特殊犯罪として,麻薬犯罪を見のがすことはできない。それは,麻薬が一部暴力団の有力な資金源の一つとなっており,また麻薬犯罪者の多くが暴力団関係者によって占められ,さらには麻薬密売をめぐって暴力団相互のいわゆるなわ張り争いが展開されるなどという現状のゆえにである。
 しかも,この麻薬犯罪は以下に述べるとおり,最近の取締り強化にもかかわらず,依然として減少しないのである。すなわち,さきに掲げたI-19表に示すとおり,麻薬取締法違反検挙人員は,昭和三四年当時からみると,昭和三七年は一・五四倍,三八年は一・五倍という増加ぶりである。昭和三八年の検挙人員が前年に比しやや減少しているが,同年七月から同法違反の罰則が強化されたことによるものかどうか,いましばらく,その増減の推移を見守るべきであろう。あへん法違反,大麻取締法違反の検挙人員も,その絶対数は比較的小さいが,昭和三四年を一〇〇とする指数で示すと,昭和三八年は三五七および五〇三という指数となっている。次に,注意すべき現象として,覚せい剤取締法違反検挙人員の増加があげられる。同法違反は戦後急激に増加したが,取締り強化の実があがり,一時は,ほとんど絶滅に近い状態にあった。しかし,この表に示すとおり,最近では逐年増加の傾向が顕著であり,昭和三四年を一〇〇とする指数でみると,昭和三五年および三六年は一二八,昭和三七年は一四七,昭和三八年は二六一という数字になってあらわれている。麻薬類の取締り強化が叫ばれているにもかかわらず,麻薬犯罪が一向に減少しないばかりでなく,ふたたび覚せい剤の事犯までも増加していることは,まことに憂うべき現象であるといわなければならない。
 麻薬は,その流す害悪がきわめて強く,またこれを放置するとますます拡大する性質をもっており,多くの人々が麻薬の魅力にとらえられて転落の道をたどる結果となるきわめておそろしいものであることは,今さらいうまでもないが,何ゆえに,このような麻薬犯罪がそのあとを絶たずかえって増加し,しかも暴力団と結びつくのであろうか。
 麻薬の取扱いは法令によって厳格に規制され,法令による除外理由がないかぎり,すべての麻薬の製造輸出入,譲渡し,譲受け,施用,所持などが禁止されているが,一たん麻薬の魅力にとらえられた中毒者やし癖者は,法令によるこれらの禁止にもかかわらず,どのような犠牲を払っても,その麻薬を入手しようと努力する。このような需要と,取扱いの制限,禁止の関係から,麻薬はますます少量で高価なものとなり,麻薬密売によって得られる利益はばく大な額に上る結果となる。
 そして,麻薬密売に対する取締りが厳重になると,麻薬の取引はますますその秘密を保つ必要に迫られ,そのためには強固な組織と団結のもとで,これを行なわざるをえなくなるのである。一方,資金源獲得の道を求める暴力団が,この少量高価な麻薬の密売による大きな利益に目をつけることは当然であり,そして,その反社会的な強固な組織が,そのまま麻薬密売の秘密保持に役だつという関係から,ここに麻薬密売と暴力団との結びつきが生ずるのである。また従来,密輸から国内の密売までを行なっていた外国人を主とすゐ密輸グループは,検挙の危険から自己を守るため,よろこんで密売段階の仕事を暴力団の手にゆだねることとなり,ここに密輸入者,大口卸売人らと暴力団との提携もできる。以上のような事情から,麻薬密売が暴力団の組織の手に移り,密売段階のほとんどが,これら暴力団関係者によって占められるに至ったのであるが,最近ではこの麻薬密売をめぐって,いわゆるなわ張り争いの抗争事件まで発生する状況が見られる。
 このように,暴力と麻薬の結びつきはきわめて重要な問題であり,早急にその対策を講ずる必要があると思われる。
 次に,法務総合研究所が最近まとめた調査により,最近の麻薬取締法違反事件の実態を説明することとしよう。この調査の対象となったのは,東京,横浜,大阪,神戸,福岡の五地方検察庁本庁と福岡地検小倉支部の合計六か庁が扱った事件で,昭和三七年中に判決が確定したものである。調査対象をこの六か庁の事件にしぼったのは,これら六か庁の受理人員の合計が,全国の麻薬取締法違反事件受理人員の約八割にあたるためである。なお,対象数は,I-31表のとおりこれらの各庁が取り扱った事件で,昭和三七年中に有罪判決が確定したもの一,五八六人である。

I-31表 麻薬事件調査対象人員表

 まず男女別であるが,右の一,五八六名のうち,女子が三一三人おり,全体の一九・七%を占めている。刑法犯一審有罪人員中女子の占める割合は,戦後の昭和二六年から昭和三五年までの一〇年間において,一・六%ないし三・七%にすぎない(昭和三八年版犯罪白書四四ページ参照)ことからみると,麻薬取締法達反事件に女子が介入する率が,いかに高いかが知られる。これは,麻薬中毒患者の中に売春婦などの女子が相当多いということと,麻薬の密売や運搬に女子が使われる事例が少なくないということなどによるものと思われる。各庁別にみると,福岡と神戸に女子が多く,福岡は三五・八%,神戸は二三・五%を女子が占めている。
 次に,麻薬事犯には外国人が多く介入するといわれるが,この調査では外国人は一八八人で全体の一一・八%にあたっている。
 次に,検挙送致の区分別についてみると,警察から送致されたものが,九〇・九%を占め,麻薬取締官(員を含む)から送致されたものは一三三名で,八・四%である。麻薬取締官の活動により,大量の麻薬を取り扱っている大きな事件が検挙されることもあるが,なにぶん,職員の数が全国で麻薬取締官一五〇名,麻薬取締員一二〇名という程度であるから,(昭和三九年四月以後は官一六〇名,員一三五名に増員された)検挙送致の人員数の上では,警察活動には遠く及ばない現状である。
 次に,違反事実の態様についてみると,所持が最も多く,一,〇二一人で,六四・三%を占め,譲受けは一一・一%,譲渡しが九・五%となっている。不法所持の現行犯として逮捕される率が多いためであろう。
 なお,薬種別にみると,九四・八%までがへロインとなっており,違反の分量では,〇・五グラム以下が全体の五六・三%を占め,これに五グラム以下のものを加えると,七九・八%となり,一〇〇グラムを越える大きな事件は七一人で四・五%にすぎない。
 次に,犯行目的別でみると,自己使用の目的というものが八四七人で,全体の五三・四%を占め,次いで,営利目的のものが六三一人で三九・八%を占めている。営利目的の立証が困難である事情から推察すると,実際は営利目的事犯の数は,さらに多いとみなければなるまい。
 次に,調査対象となった一,五八六人について,暴力団等の組織に加入しているか否かの点をみると,常識的に暴力団として名のとおっている団体に加入していたものが二五五人で,全体の一六・一%を占め,そのほか,麻薬密売組織の構成員が六八・五%あった。密売組織は,直接間接に暴力団の支配,あるいはひ護を受けているものが多く,暴力組織ときわめて密接な関係にあると考えられるので,これを合わせると,八四・六%が暴力組織に関係のある者であるということになり,前にも述べたとおり,麻薬犯罪と暴力組織の結びつきがいかに強いかということがわかる。
 次に,前科の有無についてみると,全く前科のないものは,わずかに一六・二%にすぎず,不詳の三人を除き,八三・六%はすべてなんらかの前科を有するものとなっている。そして,その前科者のうち三六・四%が麻薬の前科をもっており,麻薬事犯が前科者,同事犯の常習者といった悪質者につながりの深い犯罪であることが知られるのである。
 なお,麻薬常用の有無についてみると,麻薬を常用しているものが六六・七%にも達し,常用していないものは,わずかに一八・一%にすぎなかった(不明が一五・二%あった)。
 ところで,これら麻薬事犯の量刑について一言すると,最も多いのが懲役一年をこえ一年六月以下の二九・八%で,これに一年以下の懲役を加えると一,〇八七人で,総数の六八・五%にも達している。そして,三年をこえる科刑は,わずかに一一五人で総数の七・二%にすぎない。
 次に,懲役刑で執行猶予に付されたものをみると,一,五七一人(一五人は罰金刑のみであった)のうち三五〇人で,これは懲役刑のうちの二二・三%にあたる。また,この三五〇人のうち保護観察処分に付されたものは一八〇人で,五一・六%になるが保護観察に付されない執行猶予者が,なお四八・四%に達しているのは一考を要する。
 これらの量刑事情をみると,世論の大きな批判を受けている麻薬犯罪に対しても,わが国の量刑は,やはり下限に集中しすぎているとの感を免れないのであって,麻薬取締法の法定刑が,大幅に引き上げられた昭和三八年七月一日以後の量刑状況についても,さらに詳細な検討を加える必要があるように思われる。