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 平成16年版 犯罪白書 第5編/第3章/第1節/4 

4 過剰収容が生じた背景

 これまで過剰収容の現状等を見てきたが,本項では,近年,このような状態が生じてきた背景を見ることとする。刑務所人口は,基本的に犯罪情勢と裁判所の量刑に左右される。そこで,まず,行刑施設の収容動向と犯罪情勢について概観し,次いで,裁判所の量刑について見ることとする。

(1) 行刑施設の収容動向と犯罪情勢

 5-3-1-7図は,平成元年以降における行刑施設の収容動向と犯罪情勢を示したものである。同図[1]は,元年を100とする指数及び実人員により,行刑施設年末収容人員(既決)の推移を見たものであり,同図[2]は,同年を100とする指数により,各種の犯罪指標の推移を見たものである。
 既決の年末収容人員は,平成元年から3年にかけて減少し,3年から6年まで低い水準で横ばいを続けた後,7年からの増加が顕著となっている。
 一般刑法犯認知件数は,全般的に増加傾向にあるが,その中でも平成8年からの増加が著しい。次に,検察庁新規受理人員(交通関係業過及び道交違反を除く。)は,平成初期に減少・横ばいを示した後,9年以降増加傾向が顕著となっている。なお,成人の受理に限って見ると,同人員は,4年を底に増加傾向に転じている。さらに,行刑施設の収容動向と密接に関連する公判請求人員及び実刑判決確定人員は,やはり平成初期に減少・横ばいを見せた後,5年ころから増加傾向に転じ,特に11年以降の増加が著しくなっている。
 このように,昭和末期から平成初期にかけては,治安が全般的に安定し,収容人員も低い水準であったのに対し,その後犯罪情勢が悪化し,また,検察ないし裁判において公判請求相当又は実刑相当であると判断された事犯が増加してきており,このことが,近年における収容人員の増加・収容率の上昇につながっていると考えられる。

5-3-1-7図 行刑施設の収容動向と犯罪情勢

(2) 刑期の長期化傾向

 行刑施設の収容動向は,犯罪及び有罪人員の多寡のみならず,裁判所の量刑によっても影響を受ける。そこで,昭和48年以降における量刑の全体的な動向を概観すると,以下に見るとおり,刑期が長期化する傾向が認められる。
 5-3-1-8図[1]は,昭和48年以降における通常第一審有罪人員(懲役及び禁錮。地裁及び簡裁)及び執行猶予率の推移を示したもの,同図[2]は,実刑言渡し人員について,その数及び科刑分布を示したものである。
 執行猶予率は,おおむね60%前後で大きな変動はなく,むしろ平成5年以降はそれ以前よりやや高い率で推移しているが,全体の有罪人員が増加しているため,実刑言渡し人員は,5年から増加に転じ,特に11年以降の増加が著しい。また,同図[2]によって実刑の科刑分布の推移を見ると,1年未満の短期の実刑が減少する一方,近年,3年を超える刑の言渡しが増加しており,昭和48年当時と比べ,裁判所によって言い渡される刑期が長期化していることが認められる。
 5-3-1-9図は,3年超及びそのうち5年超というある程度長い刑期(いずれも無期を含む。)の言渡しを受けた人員の増減を示したものであるが,平成初期に減少したものの,7年から8年ころに昭和末期の水準に戻り,その後一貫して増加を続けている。
 平成15年の新受刑者数は3万1,355人であり,昭和57年の3万1,397人とほぼ同数であるが(矯正統計年報による。),刑期の長い者が多いことから,当時と比べ,行刑施設に与える負担が大きくなっているといえる。

5-3-1-8図 通常第一審における科刑分布の推移(懲役・禁錮)(地裁・簡裁)

5-3-1-9図 通常第一審における長期刑言渡し人員の推移(懲役・禁錮)(地裁)

(3) 刑期の長期化の背景等

 このように,言渡し刑期は全体として長期化する傾向にあるが,量刑の動向は罪名によって必ずしも一様ではない。そこで,幾つかの罪名について,科刑分布等の推移から見た刑期の長期化の背景を検討することとする。

ア 強盗

 5-3-1-10図は,近年認知件数が急増した強盗について,通常第一審有罪人員(死刑を除く。)の科刑分布状況の推移を見たものである。同図[1]は,科刑分布を実数で示すとともに,強盗の認知件数の推移を昭和48年を100とする指数によって示したものであり,同図[2]は,科刑分布の推移を構成比によって示したものである。
 強盗の認知件数は平成8年から,有罪人員は9年から増加が続いている。また,量刑の動向を見ると,ほぼ同じ時期から,執行猶予又は3年以下の実刑となる者の比率が低下し,5年を超える長期の刑の比率が上昇している。

5-3-1-10図 強盗の科刑分布の推移

 刑期の長期化については,事案の悪質化・凶悪化が影響していると考えられる。5-3-1-11図は,強盗致死傷による有罪人員及び強盗によって死亡し,又は重傷(全治1か月以上の傷害)を負った被害者の数の推移を示したものであるが,ここ数年は,昭和48年以降で強盗致死傷事犯が最も多い状況となっている。
 強盗は,無期懲役を含めて長期の刑が宣告される事例も多く,人員の増加,刑期の長期化いずれの面からも,近年の過剰収容状況に少なからぬ影響を与えているといえる。

5-3-1-11図 強盗致死傷有罪人員及び強盗による死亡・重傷者数の推移

イ その他の生命・身体犯等

 強盗のほか,殺人,傷害,強姦,業務上過失致死傷等被害者の生命・身体に対して危害を及ぼす罪については,近年,全般的に長期の刑の言渡しが増加する傾向が見られる。これは,治安が悪化していることに加えて,犯罪被害者やその遺族の立場に配慮し,その保護を図ることが刑事司法に課せられた重要な課題の一つであるという認識が広まってきたことが背景にあると考えられる。以下において,その代表的な例として,交通事故事犯に対する量刑の動向を見ることとする。
 5-3-1-12図[1]は,業過による実刑言渡し人員の科刑分布の推移を実数によって示したものであり,同図[2]は,これを構成比によって示すとともに,交通関係業過の起訴率及び公判請求率の推移を重ねて示したものである。
 交通関係業過の起訴率は,昭和62年以降大幅に低下しているが,これは,自動車が広く普及した「車社会」においては,過失による軽微な事件について多数の国民が刑事罰の対象となるような事態は,刑罰の在り方として適当でないことなどの考慮から,検察庁において,この種事犯の処理方針の見直しが行われ,悪質重大な事案については厳正に対処する一方,比較的軽微なものについては起訴猶予処分を活用して,事案に応じた処理を行うこととしたことによるものと考えられる。
 公判請求率もそのころから低下し,平成5年以降おおむね横ばいで推移していたが,13年から若干上昇している。また,2年以上の実刑の言渡しが9年ころから増加し,特に13年以降大きく増加している。これは,悪質危険な運転行為による死傷事犯につき,その悪質性・重大性を反映した罰則の整備を求める国民の声を背景に,危険運転致死傷罪が新設された時期(平成13年)であり,業務上過失致死傷についても,検察と裁判が,悪質なものについて,更に的確に事案に応じた処理をするようになったものと考えられる(なお,14年,15年における危険運転致死傷罪の検察・裁判の状況については,第1編第1章第3節3も参照されたい。)。

5-3-1-12図 業過(実刑事案)の科刑分布及び交通関係業過の起訴率・公判請求率の推移

ウ 窃盗

 次に,一般刑法犯の中で最も件数の多い窃盗について,量刑の動向を見ることとする。5-3-1-13図[1]は,通常第一審(地裁及び簡裁)における窃盗の有罪人員と執行猶予率の推移を示したもの,同図[2]は,実刑言渡し人員の科刑分布状況と執行猶予率の推移を示したもの,また,同図[3]は,有罪人員の科刑区分別構成比の推移を示したものである。
 昭和末期から平成初期にかけて,1年未満の実刑の言渡しが減少し,その後も比較的低い水準で推移しているが,それと併せて執行猶予率が上昇していることが分かる(同図[2][3])。また,執行猶予と1年未満の実刑以外の科刑区分を見ると,その比率は,平成に入って以降顕著な変動のないまま推移している(同図[3])。この全体を見れば,窃盗については,刑の長期化傾向があるとはいえないであろう。
 しかしながら,窃盗は,有罪人員及び実刑言渡し人員の絶対数が大きいため,その増加が,行刑施設の収容動向に大きな影響を与えているといえる。

5-3-1-13図 窃盗の科刑分布の推移(地裁・簡裁)

エ 覚せい剤取締法違反

 特別法犯の中で,昭和48年当時と比べて受刑者の増加が顕著なのは覚せい剤取締法違反である。覚せい剤は我が国における薬物乱用の主流を占めており,同法違反については,明らかな刑期の長期化傾向が認められる。
 5-3-1-14図は,覚せい剤取締法違反のうち,非営利の使用事犯について,統計資料を入手し得た昭和54年以降における科刑分布の推移等を見たものである。同図[1]は,科刑分布を実数で示すとともに,執行猶予率を示したもの,同図[2]は,実刑言渡し人員について,科刑分布の推移を構成比で示したものである。
 昭和54年以降平成2年まで,執行猶予率が低下するとともに1年未満の実刑の比率が低下している。覚せい剤の乱用は,昭和40年代,50年代を通じて拡大し,59年には,第2次覚せい剤乱用期のピークを迎えているが,このような状況に対応して,実刑の言渡しが増えるとともに,刑期も長期化したものと考えられる。
 その後,覚せい剤事犯が減少すると,執行猶予率は上昇に転ずるが,平成10年以降再び低下するようになり,さらに,2年ないし3年以上の実刑の言渡しが増加するという形で刑期の長期化が進んでいる。これも,第3次乱用期を迎えたという覚せい剤事犯の情勢を反映したものと考えられるが,長期の刑の言渡しが増加している理由の一つとして,覚せい剤前科多数を有する者の存在が挙げられるであろう。
 覚せい剤取締法違反は,昭和48年当時と比較して有罪人員が増加しているのみならず(1-1-4-14図参照),以上に見たとおり,刑期の長期化傾向も顕著であり,いずれの面からも行刑施設の収容動向に大きな影響を及ぼしていると認められる。

5-3-1-14図 覚せい剤取締法違反(使用・非営利)の科刑分布の推移

(4) 小括

 犯罪が増加すれば,起訴・有罪人員が増加するだけでなく,罪種によっては執行猶予率が変動して実刑の言渡しが増加し,また,刑期が長期化するなどの傾向を生ずることがある。
 この点について,罪名ごとに推移等を見ていくと,執行猶予率の変化や刑期の長期化はすべての罪種で一様に生じているのではなく,例えば,窃盗のように刑期の長期化傾向があるとはいえないものがある一方,強盗などは,近年における事件の増加と悪質化を背景に,実刑になる人員が増加し,また,刑も重くなっていることがうかがわれる。そのほか,被害者の生命・身体に危害を加える罪については,より的確に被害者に配慮すべきだとの観点から刑期が長期化している状況がうかがわれる。他方,非営利目的による覚せい剤使用の罪については,覚せい剤の乱用が鎮静化しないことなどを背景とする刑期の長期化傾向が指摘できるであろう。
 このように,近年における有罪人員の増加と刑期の長期化傾向には,相応の理由と背景があり,それは,犯罪の増加と悪質化といった犯罪情勢や,犯罪被害者の声などに対して,刑事司法がこたえていることを示しているといえよう。ただ,犯罪者処遇の場面においては,それが過剰収容という結果となって現れてくる。その意味において,行刑施設の現状は,「犯罪多発社会における過剰収容」ともいうべき状況にある。