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1 少年院における処遇 少年院における矯正教育では,少年の改善更生のために,その特質と教育上の必要性に応じた個別的指導を行うこととされている。強盗事犯少年についても,それぞれの非行にかかわる問題性に着目してその矯正を図るとともに,社会適応力を付与し,健全育成を図るため,生活指導,職業補導,教科教育,保健・体育,特別活動の5つの指導領域にわたる体系的な指導を実施している(第4編第2章第4節参照)。以下,生活指導領域でなされている非行にかかわる問題性に対応した指導を中心に,強盗事犯少年に対する指導の一端を紹介する。
(1) 「個別的処遇計画」と「個人別教育目標」 少年院では,個々の少年の特質と教育上の必要性に応じた矯正教育を計画的かつ集中的に実施するため,入院した各少年について,「個別的処遇計画」を作成している。これは,資質鑑別を実施した少年鑑別所による処遇方策の提示としての「処遇指針」や,家庭裁判所が当該少年の処遇に関して付した「処遇勧告」などを踏まえ,少年院における入院時調査や処遇に関する審議を経て作成されるものであり,これに基づいて,当該少年に対する矯正教育が実践される。
個別的処遇計画には,重点目標が「個人別教育目標」として設定され,これを達成するための具体的な方策が「教育内容」「教育方法」として盛り込まれる。強盗事犯少年の個人別教育目標を見ると,例えば,「本件非行の重大性を理解させる」「被害者に対するしょく罪の意識を高めさせる」等,本件非行に密接に関連したものが設定されている。中でも,[1]被害者に焦点を当てたものとしては,「被害者の心身の苦痛について理解させる」「事件を振り返り,被害者の感情を理解させる」「相手の立場になって考え,行動する構えを身に付けさせる」などが,また,[2]本人の考え方や行動傾向における問題性に焦点を当てたものとしては,「規範意識を強化する」「暴力の問題性を理解させる」「周囲に流されず,自分で考えて行動する力を身に付けさせる」「感情を統制する構えを身に付けさせる」「虚勢を張ることなく,協調的な対人関係を築く力を身に付けさせる」などが,さらに,[3]交友関係の問題に関するものとしては,「不良交友の問題性を理解させ,離脱を図らせる」「暴走族等の不良集団と絶縁する意思を固めさせる」などが,[4]家族関係の問題に関するものとしては,「家族への感情を整理させる」などが,個人別教育目標として設定されている。 これら目標設定の在り方から,強盗事犯少年に対して,本件非行への反省及び被害者へのしょく罪意識を深めることや,それぞれの少年が強盗事犯に至ったことにかかわる問題性の改善に重点を置いた処遇が実践されていることがうかがえる。 (2) 「段階別到達目標」及びその達成度の評価 少年院においては,在院者の教育期間を,教育の進度に応じて,新入時教育,中間期教育及び出院準備教育の3段階に分け,個別的処遇計画においても,個人別教育目標を具体化させたものとして,「段階別到達目標」を設定している。そして,この目標の達成度については,毎月1回以上成績評価を行い,在院者自身に対しても,自己の進歩の度合いを理解させて,目標達成への動機付けを図るために,その評価結果を個別に告知している。
以下は,強盗事犯少年の個人別教育目標の中から,非行にかかわる問題性に対応した部分を取り出し,これに関する段階別到達目標及び各処遇段階終了時における成績評価を例示したものである。 「本件非行を深く振り返ることを通して,しょく罪の意識を高めさせる」ことを個人別教育目標に設定した場合のモデルケース この例に見るように,最終段階では個人別教育目標を達成することを意図した到達目標を,各処遇段階ごとに設定することによって,少年自身に対しても,その進歩の程度に応じた具体的な目標を提示することを目指している。 (3) 非行にかかわる問題性の改善を図るための様々な教育内容及び方法 ア 本件非行への罪障感と被害者へのしょく罪意識の喚起 強盗事犯少年が,自らが犯した犯罪に対する罪障感と,被害者へのしょく罪意識とを深め,これらを踏まえて,社会のルールにのっとって自律的に生活するための自覚や決意を持たせるための指導方法としては,新入時には個別面接,内省指導,内観指導,課題作文等の個別的な指導を中心とし,中間期には,これらに加えて,問題群別指導等の集団を活用した指導がなされている。また,被害者の立場になって非行場面を考えさせ,被害者の感情への理解や共感を深めさせるための具体的な処遇技法としては,例えば,被害者との関係を想定したロールレタリング(少年に被害者の立場に立った手紙を書かせ,被害者の気持ちになって考えさせるとともに,これに対する返事を書くことを繰り返す過程を通して,被害者の痛みや苦しみを理解させ,反省を深めさせようとするもの)や,被害者等の手記等を教材にしたグループワークなどが多く用いられている。
イ 非行にかかわる考え方や行動傾向における問題性の改善 第4章で明らかになったように,強盗事犯少年における非行にかかわる考え方や行動傾向における問題性は,思考・行動の短絡性,主体性を欠いた付和雷同性,暴力に対する抵抗感の乏しさ,他者への思いやりを欠いた自己中心性など,広範囲に及んでいる。また,主たる問題の所在やその程度については,少年ごとにかなりの相違があるため,教育目標の内容も少年ごとに異なっている。まず,個別面接や内省指導,内観指導,課題作文等によって,繰り返し自分を見つめ,考えさせる過程を通して,自らを理解し,非行にかかわる自らの問題性に気付くよう導くことで矯正教育への動機付けを図るところから指導が始まっている。また,集団の相互作用を活用した指導としては,先にも挙げた問題群別指導が多く実施され,「対人関係」「暴力」などを取り上げている。処遇技法としては,集団討議,SST(ソーシャルスキルトレーニング。社会生活の中で出会う様々な対人場面のリハーサルをさせることで,選択できる行動のレパートリーを広げ,社会適応能力の向上を図ろうとするもの),ロールプレイング,ロールレタリングなどが行われている。
なお,情緒不安定であるなど資質上の問題性が深く,情操面での治療的働き掛けを必要とする少年に対しては,カウンセリングなどの心理療法や作業療法等が行われている。 ウ 交友関係における問題の改善 強盗事犯少年においては大半が共犯者を伴っていること,また,これら共犯者等から犯罪の着想を得ている者や,犯行場面での主たる関心が仲間関係に向かっている者が少なからず認められているように,交友関係の問題が直接的・間接的に犯罪に関与している者が少なくない。これと対応して,不良交友や不良集団所属等の問題の改善を図ることについて,個人別教育目標に設定されている例が相当数見られる。
これらの問題についても,まず少年自身が,その問題性を自覚し,改善の必要性を自ら感じるように導く個別的な働き掛けから指導が始まっている。その上で,従来の交友関係の在り方をどう改善していくかを具体的に考えさせるとともに,これを実現するための対人技術等を身に付けさせることなどを目標として,「不良交友」「暴走族関係」「対人関係」などを取り上げた問題群別指導を行っている。処遇技法としては,例えば,不良仲間から誘われた場面を想定したロールプレイングや,集団討議,SSTなどが用いられている。無論それぞれの少年が実際に交友関係を改善できるかどうかは出院後にかかっており,特に不良集団に所属している場合などは,関係を絶つために周囲の援助が必要な事態も生じ得ると推察されるが,少年院では,不良交友から一定の距離を置くことができる在院中に,交友関係の改善に向けて在院者を方向付け,出院後,それぞれが直面することが予測される様々な課題や問題を想定した指導を行っている。 エ 保護関係の調整 第4章で明らかになったように,強盗事犯少年の家族関係については,多くの場合,家族関係や家庭の指導力に何らかの問題があり,非行を抑止し得ていないなどの点が指摘されているところである。このため,少年の健全な社会的成長をはぐくむ基盤となるべき家庭の機能の強化を図ることは重要な課題となる。また,少年が非行を犯して収容されたという事態は,少年自身にとっても,保護者を始めとする家族にとっても衝撃を受けることが多いだけに,家族の在り方を見直す契機となる場合が少なくない。少年院においては,こうした機をとらえて,様々な場面や方法を活用して,家族関係の調整を行っている。具体的には,個別面接や内観指導等の個別的な指導を通して,少年自身に自分と家族との関係をじっくり考えさせ,振り返らせるほか,「家族関係」「親子関係」を取り上げた問題群別指導を実施している。また,面会や通信等によって家族との交流が図られるよう配慮するほか,保護者を少年院に招いての「保護者会」を開催するなど,少年の指導に対する保護者の協力を引き出すための働き掛けが実施されている。
なお,これら,少年院で実施している保護関係の調整にかかわる働き掛けは「保護関係調整指導」とされ,生活指導の中に位置付けられている。 オ 社会奉仕活動への参加 強盗事犯少年において,社会への関心や所属感が希薄な者が多いことが指摘されているところである。こうした問題に対応する指導の一つとして,特別活動の一環としてなされる,社会奉仕活動への参加が挙げられる。これは,少年に社会参加を促し,社会と自分との関係の在り方について,新たな体験や視点を持たせることをねらいとしたものであり,具体的な実施内容については施設ごとの相違があるが,福祉施設や老人ホームなどへのボランティア活動,近隣の公園や公共施設等の清掃等が,多くの施設において実施されている。強盗事犯少年についても,出院準備期を中心に,こうした社会奉仕活動への参加を体験している例が多く見られる。
(4) 少年院出院までの経過 以上,強盗事犯少年に対する少年院における処遇について,本件非行にかかわる問題性への指導を始め,生活指導領域を中心に概況を見てきたが,冒頭部分でも述べたとおり,少年院での処遇は,生活指導のほか,職業補導,教科教育,保健・体育,特別活動の各指導領域にわたるより広範なものである。取り分け職業補導や教科教育は,少年院に収容された少年たちの大半が,職業生活や学校生活への適応上,種々の問題を抱えている現状にかんがみ,その改善更生を図る上で重要な意味を持っており,無論強盗事犯少年についても,それぞれの必要性に応じた職業補導若しくは教科教育と,これらを含めた進路にかかる指導が実施されている。保健・体育,特別活動についても同様であり,少年院における処遇は,これら各指導領域にわたる様々な指導を相互に連携させて体系的な処遇を展開することで,全体として,矯正教育の目的が達成されることを目指すものである。
以下では,少年院における処遇全体の流れにおいて,強盗事犯少年がどのような経過を示したのかについて,具体例を紹介する。 共犯者に誘われて路上強盗に至った高校生の事例(一般短期処遇) 当初は,本件の重大性の認識に乏しく,内省が深まらなかったため,課題作文や個別面接で指導を繰り返した結果,これまで自分が安易に仲間に同調してきた問題について考えられるようになり,続いて,本件の重大性や被害者に及ぼした加害性についても考えられるようになった。また,当初は,人任せな態度や責任を転嫁した行動が散見されたため,責任を持って役割活動等に取り組むよう指導したところ,主体的に物事に取り組むことで達成感を得られたり,人の役に立つといった充実感を味わうことができたりするようになった。保護者は仕事が忙しいなどを理由にこれまで少年の状況について十分把握してこなかったが,少年の非行に責任を感じ,被害者への示談や謝罪を行ったほか,面会・通信を通じて少年に熱心に働き掛けるようになった結果,少年の側も保護者に虚勢を張ることなく素直に話し合えるようになり,双方の心的交流が深まっていった。少年院出院前には高校への復学が決まり,さらに,余暇時間の過ごし方などを含め,自分の進路を見据えて考えることができるように変わっていった。 不良仲間に虚勢を張って強盗に至った無職少年の事例(長期処遇) 家庭では孤独で,暴走族等の不良交友によりどころを求め,不良仲間に認められようと非行に至った少年であり,少年院においても,入院した当初は,人前で虚勢を張る場面があった。しかし,これまでの生活や本件非行についてじっくり考えさせる個別面接等の指導を通して,今までの生活を後悔し,本件非行の重大性を認識するとともに,不良交友に依存することで自己の問題に目を背けてきた現実に気付くようになり,集団生活においても,周囲の雰囲気に流されることなく,役割活動等も責任を持って最後まで粘り強く取り組むようになった。さらに,このような生活を維持する中で自己イメージが回復し,ことに職業補導において資格を取得してからはこれが自信になって,実習を始め生活全般に前向きに取り組むとともに,出院後の就労についても意欲や自信を抱くようになった。また,交友関係に対する考え方についても,SSTや集会活動,職員の助言などを通して,健全な方向に改めることができ,さらに,出院準備期には,これを社会での交友関係にまでつなげて考えられるまでに成長した。地元には以前の仲間がいるため,出院後についても,周囲に影響されやすい点に留意しての保護観察による指導の必要性が指摘されているが,これまで家庭を顧みなかった保護者との関係も,在院中の交流等を通して好転し,保護者のもとに帰住した。 (5) 保護観察との連携と社会内処遇への移行 強盗事犯少年のうち,少年院のみで教育が完結したとして出院している者(「退院」による出院者)は少数で,大半の者は「仮退院」による出院であり,少年院を出院した後も,引き続き保護観察官などによる指導を受けることとなる。そして,指導の実施に備えて,保護観察所では,対象となる少年が少年院に在院している期間中から保護環境の調整等を進めることとされており,これに併せて,保護観察官や保護司が少年院を訪問し,当該少年に対する面接等を行う例も見られる。
対象となる少年の仮退院によって,保護観察による指導が開始されるが,これに伴って,当該少年の処遇に関する資料や情報も,少年院から保護観察所に引き継がれることとなる。例えば,少年院での処遇経過を踏まえて想定した,社会内で処遇するに当たっての「今後の留意事項」として,強盗事犯少年については,就労の安定,不良交友の改善,保護者との関係調整等にかかる課題や懸念が挙げられている例が見られるが,これらを含め,少年院における処遇による改善点や残された課題等を踏まえて,出院後の保護観察が実施され,当該少年の社会内における改善更生が図られることとなる。 |