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 平成11年版 犯罪白書 第5編/第8章 

第8章 むすび

 本特集においては,近年,各方面において関心が高まっている犯罪被害者の問題を取り上げ,被害の実態及び被害者の意識等並びに加害者の意識等について,法務総合研究所の特別調査結果等に基づいて分析・検討するとともに,我が国における犯罪被害者の保護・救済に係る制度及び諸外国における犯罪被害者に関する施策を概観した。これを取りまとめると以下のとおりである。
1 犯罪被害の実態
 (1)犯罪被害者数の推移
 警察に認知された犯罪に係る事件の被害者数を見ると,平成10年には,交通関係業過を除く犯罪により1,350人が死亡し,重傷者が約2,500人,軽傷者が約2万4,000人に達しており,交通事故による死亡者は9,200人余り,負傷者が99万人余りに上っている。また,財産犯による被害者は約170万人で,被害総額は約2,650億円に達しており,性犯罪の被害者も,強姦が約1,870人,強制わいせつが約4,250人に上っている。
 犯罪被害者数及び被害発生率(人口10万人当たりの犯罪被害者数をいう。)は,近年,おおむね横ばいであったが,平成9年以降,増加・上昇している。犯罪による死亡者数及び負傷者数も,近年おおむね減少ないし横ばい傾向にあったが,9年以降は増加している。また,性犯罪による被害者数・被害発生率も,近年おおむね横ばいないし増加・上昇傾向にある。
 (2)犯罪被害等に関する特別調査の結果等
 法務総合研究所では,全国の検察庁を通じ,あるいは保護観察所等の協力を得て,犯罪被害の実態等について,[1]平成9年1月1日から11年3月31日までの間に有罪判決の言渡しのあった殺人等,業過致死,傷害等,業過傷,窃盗,詐欺等,強盗,恐喝,強姦及び強制わいせつの10罪種(各罪種に含まれる罪名については,第3章第1節参照。)の犯罪の被害者及び遺族合計1,132人を対象とする調査(以下「被害実態等調査」という。),[2]9年9月   30日現在で仮釈放の要件となる法定期間を経過した無期刑を含む長期刑受刑   者に係る生命・身体犯(殺人,強盗,強姦,強制わいせつ,傷害及びその他   の犯罪により人を死傷させたものをいう。)の被害者及びその遺族を対象と   する調査(以下「長期刑事件被害者等調査」という。)の二つを実施した。   また,[3]法務省刑事局が全国の地方検察庁の協力を得て実施した,9年6月   の1か月間に有罪判決の言渡し,略式命令請求及び不起訴処分が行われた事   件の被害回復状況等についての調査(以下「被害回復等調査」という。)の   結果を,「財産犯」,「生命・身体犯」,「過失犯」,「性犯罪」及び「その他の   罪」(各罪種に含まれる犯罪については,第4章第1節参照。)について分析した。
 なお,事件から調査実施までの平均経過年数は,[1]が約1年4か月であるのに対し,[2]は約12年8か月である。
 ア 犯罪被害の実態
 殺人等及び業過致死の被害者の遺族については,被害実態等調査の結果によると,大多数が多様な精神的影響を受けており,「何をする気力もなくなった」とするものが,殺人等,業過致死共に70%を超えているほか,「病気になったり,精神的に不安定になった」,「感情がまひしたような状態となった」,「夜眠れなくなったり,悪夢に悩まされるようになった」などとするものが多くなっている。また,「家庭が暗くなった」とするものが70%近くに土っているなど,生活面の影響を受けているものも多い。さらに,長期刑事件被害者等調査の結果によると,長期刑受刑者に係る事件の被害者及び遺族のほとんどが精神的影響及び生活面への影響を受けており,事件後平文12年8か月を経過した調査時点においても,困っていることがあるとするものが約44%に上っており,事件による影響が長期間にわたって続いていることがうかがわれる。
 強姦及び強制わいせつの性犯罪の被害者についても,被害実態等調査の結果によると,その多くが多様な精神的影響を受けており,強姦では,「夜眠れなくなったり,悪夢に悩まされるようになった」とするものが約61%に上っているほか,「病気になったり精神的に不安定になった」が約58%,「何をする気力もなくなった」が約41%となっており,異性への恐怖感を覚えるようになったとするものも,強姦で約67%,強制わいせつで約51%に上っている。また,「引っ越さなければならなくなった」とするものが強姦で25%を超え,強制わいせつで約13%となっているなど,生活面の影響を受けているものもかなりの数に上っている。
 その他の罪種でも,80%台の者が何らかの精神的影響を受けたとし,また,傷害,業過傷,詐欺等及び恐喝において,過半数の者が生活面への影響を受けたとしている。
 イ 被害者等への謝罪及び被害回復等
 被害者及び遺族への謝罪,被害の回復等の状況は,罪種によって相違が見られる。被害実態等調査の結果によれば,業過致死及び業過傷では,保険制度の普及等を背景として,加害者側からの謝罪及び賠償金の支払などを受けている被害者及び遺族の比率が高く,謝罪を受けたものが60%台から70%台,賠償金の全部又は一部の支払を受けたものがいずれも70%台から80%台であるのに対して,殺人等では,謝罪を受けたものは約25%,示談成立は約10%,賠償金の全部又は一部の支払を受けたものは約18%と低くなっている。被害回復等調査の結果でも,被害者死亡の生命・身体犯の示談成立率は約3%と,傷害の場合が約29%であるのと比べて極端に低くなっている。さらに長期刑事件被害者等調査においても,謝罪を受けたものの比率は約40%で,賠償額が確定し賠償金の全部又は一部の支払を受けたものの比率は10%を下回っており,最も深刻な被害を受けた被害者及び遺族に対して,謝罪や賠償が行われていることが少ないことがうかがえる。
 このような状況を反映して,被害実態等調査の結果を見ても,殺人等の被害者の遺族のほとんどが加害者に対して強い被害感情を持ち続けており,「前よりも,許すことができないという気持ちが強くなった」とする遺族についてそのきっかけを尋ねた結果でも,加害者に反省の態度が見られないことをそのきっかけとするものが多い。
 さらに,長期刑事件被害者等調査の結果を見ると,刑名の大半が無期懲役である,経過年数が15年以上の事案において,年数が経過しても加害者に対する感情が融和せず,社会復帰に反対するものが少なくないことがうかがわれる。
 強姦及び強制わいせつの被害者については,被害実態等調査の結果によると,謝罪を受けたもの,示談が成立したもの及び賠償金の全部又は一部の支払を受けたものが,いずれも,30%台から50%台となっているが,その一方で,加害者からの謝罪や示談の申出を拒否したものの比率が他の罪種と比べて高くなっているほか,加害者を「許すことができない」としているものも,強姦で約84%,強制わいせつで約69%に上っているなど,この種犯罪については,謝罪や賠償金の支払が,被害感情の好転につながらない場合も多いことがうかがわれる。
 その他の罪種では,被害者が,謝罪を受けたもの,示談が成立したもの及び賠償金の支払を受けたものの比率は,それぞれ30%台から40%台となっている。
 一方,被害回復等調査の結果によると,財産犯全体では,被害全額が回復されている事案が約66%に上っており,被害が全く回復されていない事案は約23%である。また,被害全額が回復されている事案の比率は,被害額が少額の事案だけではなく,高額の事案でもかなり高い数値となっており,刑事手続の過程で被害回復が図られていることが認められる。
 なお,財産犯では,全体として,被害額が多額になるに従い,また,被害回復率が低いほど,起訴猶予の比率が低くなり,実刑判決の比率が高くなるなど,被害額や被害回復状況が,訴追や量刑に当たっての判断要素とされていることがうかがわれる。さらに,性犯罪については,示談の成否が,量刑等に当たっての重要な要素となっていることがうかがえる。これらのことが,刑事手続の中で被害者に対する弁償や示談を促す一因となっているものと考えられる。
 ウ 捜査・裁判に対する被害者の認識
 被害実態等調査結果によれば,捜査に対する協力に負担を感じた被害者及び遺族は,全体では約34%であり,強姦及び強制わいせつでは,いずれもほぼ50%と高くなっている。全体では,「時間的拘束が大きかった」,「警察と検察庁で,同じことを聞かれた」ことなどに負担を感じているものが10%を超えており,殺人等では「被害者(遺族)としての悲しみや苦しみをわかっていないと感じた」,強姦では「女性の気持ちをわかっていないと感じた」とするものも20%を超えている。
 一方,証人として出廷した者は169人であるが,その半数近くが出廷に負担を感じており,特に,強盗,強姦及び強制わいせつでは70%ないし80%の者が負担を感じている。また,強姦及び強制わいせつでは,「被告人がいるところでは証言しづらかった」とするものが多い。
 加害者の裁判結果について知っている者は,全体で約52%であり,殺人等,業過致死の遺族及び強姦の被害者でその比率が高い。裁判結果については過半数の者が「軽すぎると思っている」としており,その比率は,殺人で約81%,業過致死で約65%と,特に高くなっている。なお,長期刑事件被害者等調査結果によれば,長期刑受刑者に係る事件の被害者等においても,量刑が軽すぎるとするものが,判決結果を知りたくないとしたものを除いたもののうち約66%に上っている。
 被害実態等調査の結果によれば,加害者の「罪の償い」のために一番大切だと思うことについて尋ねた結果,全体では「社会で更生すること」とするものの比率が最も高く(約34%),特に窃盗及び恐喝で高くなっている。これに対して,殺人等,業過致死及び強姦では「判決で決められた刑に服すること」とするものの比率が最も高くなっている。
 エ 刑事司法機関への要望
 被害実態等調査結果によれば,被害者及び遺族の刑事司法機関に対する要望としては,事件の内容,捜査経過,裁判の日時・進行状況,判決結果,加害者の釈放時期,現在の動向等についての情報提供を希望するものが最も多く,被害者の立場・プライバシーへの配慮,刑事手続への参加,加害者側の-報復からの保護,加害者に対する被害者等への謝罪・賠償金支払等の指導・支援を要望するものも見られる。
 (3)加害者の意識についての特別調査結果
 法務総合研究所では,全国の刑務所,拘置所及び少年刑務所,少年院の協力を得て,[1]全国の刑務所等に入所していた受刑者で,罪名が殺人等,業過致死,傷害,業過傷,窃盗,詐欺等,強盗,恐喝及び強姦等(各罪種に含まれる罪名については,第5章第1節参照。)である受刑者2,200人,及び[2]平成10年11月16日現在,全国の少年院に在院し,非行名が,殺人等,傷害,窃盗,強盗,恐喝及び強姦等である少年2,098人を,それぞれ対象として,受刑者及び少年院在院者の犯罪被害及び被害者に対する意識・感情等についての調査を行った。
 その調査結果によると,それぞれ半数以上の者が,被害者に精神的被害を与えたと認識しているとしており,殺人及び業過致死の受刑者では,被害者の家族に精神的ショックを与えたとするものが,それぞれ約68%,約86%,殺人等の少年院在院者では約90%と多数に上っている。強姦及び強制わいせつの加害者は,受刑者の約80%,少年院在院者の約90%が,被害者に大きな精神的被害を与えたと認識している。一方,被害者の生活への影響への認識については,「影響はない」としているものが,少年院在院者では約11%であるのに対して,受刑者では約23%と高くなっている。
 被害者の気持ちを聞いたことがないとするものは,受刑者では約62%,少年院在院者では約72%に上っており,少年院在院者では,被害者の気持ちについて,詳しく「知りたいと思う」とするものが,詳しく「知りたいとは思わない」とするものを上回っているのに対し,受刑者では,詳しく「知りたいとは思わない」とするものが60%を超え,詳しく「知りたいと思う」とするものを上回っている。
 被害者等に対する感情については,受刑者全体では約89%,少年院在院者では約93%の者が,被害者や遺族に申し訳ないと思っていると答えているが,受刑者のうち暴力団に関係しているものについては,申し訳ないと思っているものは約60%にとどまっている。また,申し訳ないとする気持ちが以前より強まったとするものは,受刑者全体では約34%,少年院在院者では約60%に上っており,強まった原因として,「施設の職員の面接や指導」を挙げるものが,受刑者で約40%,少年院在院者では約66%となっており,受刑者では篤志面接委員の指導を挙げるものも約18%と多くなっている。もっとも,少年院在院者では,被害者が強い被害感情を持ち続けていると認識しているものが多いのに対して,受刑者は被害感情が融和していると認識しているものが比較的多く,被害者が一生自分を憎み続けると思っているものが,少年院在院者では約43%に上っているのに対して,受刑者では約16%にとどまっている。
 殺人等及び業過致死の遺族のほとんどが量刑の軽さに不満を持っているが,このような遺族の量刑に対する考え方について加害者に尋ねた結果を見ると,殺人等の受刑者の約40%,業過致死の受刑者の約49%,殺人等の少年院在院者の約74%が,遺族が量刑又は処分が軽すぎると思っているとの認識を有している。
2 現行刑事手続における被害者への配慮
 我が国では,被害者に犯人の処罰を求めて告訴を行う権利が認められ,処分結果が告訴人に通知されるほか,被害者等に対して,事件の処理結果や判決結果等を通知する制度や,検察審査会への審査申立て及び管轄地方裁判所に対する付審判請求等,加害者が不起訴となった場合の救済制度等も設けられている。また,被害の軽重や被害者の被害感情,加害者の被害者に対する謝罪,弁償及び示談の有無等は,起訴便宜主義の下での検察官による訴追の要否の判断や裁判所における量刑の判断に当たっての考慮要素となり得るものであり,これが,刑事手続の過程において,被害者に対して被害弁償や示談を行うことを促す一因ともなっていると考えられる。一方,証人威迫罪やいわゆる権利保釈の除外事由に関する規定等,被害者が加害者から不当な威迫を受けることを防止するための規定や,被告人・傍聴人の退廷や裁判所外・公判期日外の証人尋問に関する規定等,被害者等が証言する際の負担を軽減するための規定も設けられている。また,被害者から加害者に対する民事責任の追及については,被害者から加害者に対する損害賠償請求等の形でなされるが,これが,加害者に賠償能力がない等の事情があって効果をあげ得ない場合があるため,一定の範囲内で国が直接被害者の救済に当たる制度として,[1]生命,身体を害された被害者及びその遺族に対して一定の給付を行う,犯罪被害者等給付金支給法に基づく給付金支給制度のほか,[2]自動車損害賠償責任保険法に定められたものもあり,また,事実上被害者救済の機能を営むものとして,証人等の被害等の防止に関する法律に基づくものがある。
 一方,犯罪者の処遇においても,受刑者に対して,被害者及びその家族等に謝罪する意識やしょく罪意識をかん養するための指導が行われたり,被害弁償などの内容やこれに対する努力の有無が,地方更生保護委員会における仮出獄の許可の判断に当たって考慮される等,加害者が被害者に対する謝罪,被害弁償等を行うことを促すための配慮がなされている。また,少年院在院者に対しても,自己の非行が被害者等に与えた影響に関する認識を深めさせ,謝罪の在り方を考えさせる等の指導が行われている。これらが,加害者の意識についての特別調査における,被害者等に対し申し訳ないと思っていると答えた受刑者及び少年院在院者の比率の高さに表れていると考えられる。
3 おわりに
 我が国では,刑事司法機関において,従前から,被疑者・被告人の権利を保障しつつ事案の真相を解明し,適正な事件の処理及び科刑の実現を図るとともに,犯罪者の改善更生に向けた犯罪者処遇の充実強化への取組を行ってきたが,その中で,犯罪によって痛みを受けた被害者の立場と心情に対して配慮するよう努めてきた。それが,これまで概して治安が良好に保たれてきたことや,第4章の分析結果にも見られるように,刑事手続の過程で相当程度被害回復が図られていることなどにもつながっているということができよう。
 しかし,近時,地下鉄サリン事件などの凶悪事件等を契機に,犯罪被害者及び遺族が犯罪による直接的な被害に加えて多様な精神的影響,生活面への影響を受けていること,その後の刑事司法過程において,いわゆる二次的被害を受けて被害者の精神的被害が更に深くなる場合があることなどが問題となっており,今回の特別調査からも,特に殺人・業過致死の遺族,性犯罪の被害者等が,精神面・生活面で深刻な影響を受けていること,性犯罪の被害者等を中心に,捜査・裁判への協力の中で様々な負担を感じる者も少なくないこと等の実態が明らかになった。
 一方,第7章で概観したように,1985年に,国連総会において,犯罪及び権力濫用の被害者に関する司法の基本原則の宣言が採択されているほか,諸外国では,刑事手続における被害者の地位の確立・強化,被害者の意見陳述の機会の確保,刑事手続における被害回復,証人尋問における被害者の保護・支援等に関して様々な施策が講じられている。
 我が国においても,犯罪被害の実態を的確に把握し,刑事司法の全過程を通じて,より一層被害者の立場及び心情に配慮した運用に努めるとともに,被害者の保護・支援の観点から,刑事司法制度の改善を図ることが求められているといえよう。