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 平成11年版 犯罪白書 第5編/第7章/第1節/1 

第1節 国際的動向と国際犯罪被害調査

1 国際的動向

 今世紀半ばまでは,多くの国において,刑事司法における被疑者・被告人に対する手続的保障等に多大な関心が払われる一方で,犯罪被害者は,「忘れられた存在」とも呼ばれる状況に置かれていた。しかし,1950年代に,イギリスで,被害者に対する国家補償制度について議会で検討が始まったのを契機として,その動きが各国に波及し,1960年代には,ニュー・ジーランド,イギリス,オーストラリア,アメリカのカリフォルニア州,カナダのサスカチュワン州等で被害者補償法が制定され,さらに1970年代に入ってからは,西ヨーロッパ各国にその動きが広がっていった。そして,1983年には,ヨーロッパ各国が加盟して,社会・経済問題についての検討・勧告を行う国際機関である,ヨーロッパ評議会(Counci10f Europe)において,暴力犯罪の被害者に対する国家補償に関する協定が採択され,1988年に施行された。
 これと相前後して,1970年代初頭からは,アメリカ,イギリスなどで,被害者に対し,精神面での助言や各種の実際的援護活動を行うことを目的とする民間ボランティアを中心とした被害者援助団体が誕生し,そのネットワークが全国的規模にまで拡大していった。
 さらに,1980年代に入ってからは,アメリカ及びイギリスを中心に,刑事手続における被害者の保護や被害者の法的地位の確立及び向上を目指す動きが活発となり,アメリカでは,連邦及び州のレベルで被害者の権利に関する法律の制定が相次いだ。
 こうした中,1985年8月にイタリアのミラノで開催された,犯罪防止及び犯罪者の処遇に関する第7回国際連合会議(第2編第6章第2節参照)において,犯罪及び権力濫用の被害者に関する司法の基本原則の宣言(以下「国連被害者宣言」という。)と題する決議案が採択された。同宣言では,被害者が,その尊厳への配慮と敬意をもって扱われるべきこと,被害者が,被った被害について,司法制度を利用し,速やかな賠償を受ける権利を与えられること,重大な身体的・精神的被害を受けた被害者が加害者から十分な賠償が得られない場合には,国が経済的補償を行うよう努力すべきこと,被害者に対して事件の処理及び手続の進ちょく状況に関する情報を提供し,関連する国内の刑事司法制度と抵触しない範囲内で,被害者の意見の提出等を許すことによって,司法・行政手続を被害者の要望にこたえるものとすべきこと,被害者が,政府,民間ボランティア等から,物質的,医学的,精神的及び社会的援助を受けられるようにすることなどが提言されており,同年11月の第40回国連総会でも採択された。
 一方,ヨーロッパ評議会においても,1985年に,刑事手続のあらゆる段階において,被害者に対し,その立場への配慮,プライバシーの保護,情報提供,被害補償等を行うなど,その法的地位の向上を図る立法等の検討を勧告する「刑事法及び刑事手続における被害者の地位に関する勧告」が出された。さらに,1987年に,被害者のニーズの正確な把握とこれに対する社会一般の認識の啓発並びに各種の被害者援助及び犯罪被害防止策の充実などを勧告する「被害者援助と犯罪被害防止に関する大臣委員会勧告」が出された。
 1996年5月,国連の犯罪防止刑事司法委員会(第2編第6章第2節参照)第5回会合において,国連被害者宣言の活用及び適用についてのマニュアルを作成するとの決議案が採択され,国連専門家グループにより,国連被害者宣言実施のための政策立案者向けガイド並びに国連被害者宣言の活用及び適用のための被害者をめぐる司法に関するハンドブックが作成された。同ガイドでは,同宣言の内容を実施するための指針及び留意点が示され,各国の実例等が紹介されている。また,同ハンドブックでは,被害者の身体的・経済的・心理的・社会的被害及び二次的被害の実態が紹介されるとともに,被害直後,捜査,裁判,補償手続等における支援プログラムの内容及び被害者に接する捜査官,検察官,司法関係者,教育関係者,精神衛生専門家,メディア関係者等の役割・責任に関する指針などが示されている。