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 昭和38年版 犯罪白書 第四編/第二章/三/2 

2 科刑状況

 麻薬取締法違反事件の昭和三二年から同三六年までの五年間における科刑状況は,IV-15表のとおりである。この期間中においては,法定刑の引上げは行なわれなかったのであるから,逐年その科刑が重くなってきていることがわかる。

IV-15表 麻薬取締法違反事件第一審裁判結果(昭和32〜36年)

 すなわち,一年未満の懲役刑および罰金刑が漸減の傾向を示しているのに対し,一年以上,二年以上の懲役刑がきわめて顕著に増加している。特に昭和三六年についてみると,執行猶予率は前年の二九・五%・から二六・四%に低下しており,三年以上の長期刑は前年の三八人に対し,一一〇人と大幅に増加している。
 また,法務省刑事局の調査によると,東京,横浜,大阪,神戸,福岡の五地方検察庁において,昭和三六年以降に受理したヘロイン関係事犯で,昭和三七年末までに判決のあった事件の科刑状況は,IV-16表のとおりであって,昭和三七年においては,前年に比し一段と科刑がきびしくなっている。

IV-16表 ヘロイン事犯の科刑状況(昭和36,37年)

 すなわち,六月未満は七人から四人に,一年以下は六二五人から四〇三人に減少しているのに対し,二年以下は五六七人から六六七人に,三年以下は一二七人から二〇三人に,五年以下は五四人から七四人に増加し,五年を越えるものは六四人から一〇一人に大きく増加している。このように,最近における長期刑の増加はきわめで顕著な傾向であるといわねばならない。
 ところで,現行麻薬取締法のおもな法定刑は (1)ヘロインの輸入,輸出,製造,製剤,譲渡,譲受,交付,施用,所持,廃棄の単純犯が,七年以下の懲役 (2)その他の麻薬の同様な行為の単純犯が,五年以下の懲役もしくは一〇万円以下の罰金またはその併科 (3)営利犯は,ヘロインであるか否かを区別することなく,七年以下の懲役,または情状により七年以下の懲役および五〇万円以下の罰金 (4)常習犯は,一年以上一〇年以下の懲役 (5)常習営利犯は,常習犯の刑と同様であるが,情状により五〇万円以下の罰金が併科できるということになっている。このような事情を前提として,この科刑状況をみると,そのしゆん厳化がいっそうよく理解できるであろう。
 なお,現在までのわが国の最高刑は,昭和三七年九月に東京高等裁判所で言い渡された懲役一〇年および罰金五〇万円の判決であるが,この判決は,四回にわたるヘロインの密輸入(合計二,六一〇グラム)およびその譲渡を併合罪として処断したものであった。
 しかしながら・後述のごとく外国においてはさらに厳重な処罰がなされており,終身刑あるいは二〇年以上の刑が言い渡されることも決してまれではない。わが国において,前述のような科刑事情にもかかわらず,麻薬事犯が衰えをみせない現状から麻薬取締法の改正が企てられているが,改正案のおもな点を指摘すれば次のとおりである。すなわち,従来精神衛生法に定められていた強制入院措置を,より実効あらしめるため,あらたな章を設けて,入院措置に関する詳細な規定をおくこととしたほか,罰則を強化し (1)ヘロインの輸入,輸出または製造を最も悪質なものとし,これに一年以上の有期懲役(従来は七年以下)を科することとし (2)右の営利目的行為については,無期もしくは三年以上の懲役,または五〇〇万円以下の罰金を併科することとし (3)ヘロインの製剤,譲渡し,譲受け,交付,施用,所持,廃棄または受施用に対しては十年以下の懲役(従来は七年以下)にまで引き上げ (4)これらの営利目的行為については,一年以上の有期懲役または情状により三〇〇万円以下の罰金を併科することとし (5)常習犯または常習営利犯は,数個の行為を包括して集合的一罪とする結果,その一部の行為について判決が確定すると,確定前の余罪のすべてにその既判力がおよぶこととなり,実質的に科刑の適正を期しえない点を考慮して廃止し (6)ヘロイン以外の麻薬についても,それぞれ法定刑を大幅に引き上げ (7)輸入,輸出,製造,栽培の予備罪を新設して,これに五年以下の懲役を科し (8)さらに右の行為に要する資金,土地,建物,艦船,航空機,機械または器具を提供する罪を新設して,同様五年以下の懲役を科し (9)また,麻薬の譲渡し,譲受けの周旋行為をも三年以下の懲役に処する旨新たに罰則を設ける等,全般的に罰則の整備強化をはかっている。今後この改正麻薬取締法が麻薬事犯の防圧に大いに活用されることが期待される。