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2 刑務事故,反則の種類 刑務事故のおもなものは,逃走,対職員殺傷,同囚間殺傷,自殺,変死,火災などであるが,それらと結びついて,刑務事故としては処理されない多くの反則,たとえば,逃走未遂,抗命,暴行,争論,殴打,物品棄壊,扇動,ひぼう中傷などがある。
以下,これらの事故,反則のおもなものについて,簡単にその現状を明らかにしておこう。 (一) 逃走 逃走は,刑務事故の典型的なものの一つで,もっとも件数が多く,しかも職員がもっとも悩まされている問題である。なぜなら,拘禁環境に強制的に収容された人のなかから,その環境に反発し,あるいは心の平衡を失って,逃走を試みるものをなくすことは,むずかしいからである。
しかし,わが国の逃走事故の発生率は,すでにII-84表に示したように,戦後の混乱時代を除いては,決して特別に多いというわけではない。 なお,これらの逃走事故者については,次のような点が注意される。 (1) 性別にみると,ほとんど全部が男子であること(昭和二一年以降同三六年までの問の逃走受刑者二,一六九人のうち,女子は一二人〔〇・〇〇六%〕にすぎない)。 (2) 身分別にみると,受刑者とそれ以外のもの(死刑確定者,被告人,被疑者,労役場留置者など)とでは,逃走率からみると,後者が圧倒的に高いこと(昭和三六年の逃走者五四人のうち,受刑者は二四人であって,在所者一万人についての比率は,四人である。これに対し,受刑者以外のものの逃走は,実数が三〇人で,受刑者より六人多いのにすぎないが,在所者一万人に対する率は,二五・四人と非常に高い。II-86表参照)。 (3) 逃走の発生しやすい場所としては,支所,構外作業場,護送の途中が多いこと(平均七四%を占める。II-87表参照)。 II-86表 刑務事故(逃走)者身分別人員の比較(昭和32〜36年) II-87表 刑務事故(逃走)発生場所比較(昭和34〜37年) 以上は,刑務事故としての逃走であるが,そのほか逃走を図ったために,懲罰を科されたものがかなりある(昭和三六年には八五件,一一七人で,前年より一〇件,一一人の増加であった。II-88表参照)。II-88表 懲罰をうけた逃走件数ならびに人員(昭和32〜36年) (二) 対職員殺傷・同囚間殺傷 昭和二二年から同三六年までの間に,被収容者の凶刃にたおれ殉職した職員は一二人,被収容者間の傷害によって死亡した被収容者は七一人を数える。
このような傷害事件は,年間,職員に対して一五〇件,被収容者間では七〇〇件を下らない。そのうち,二〇〇件くらいが刑事事件として告発または事件送致となり,処分をうけている(II-84表)。 職員に対する傷害事故のおもな原因・動機は次のとおりである。(イ)行状不良,あるいは軽微な紀律違反に対して,職員が行なった注意や訓戒に対する反抗(ロ)職員や篤志面接委員などに対する面接や,転業,転房,移送などの要求の強要(ハ)職員の命令に対する反抗(ニ)他の被収容者に対する義理立て(ホ)暴行などの制圧に対する反撃(ヘ)逃走手段(ト)精神障害者の発作。また,被収容者間の傷害事件は,(イ)役付者に対する反感(ロ)密告者に対する復しゅう(ハ)派閥関係者の抗争(ニ)同性愛関係(ホ)新人じめ(ヘ)つまらぬ口論や誤解からくる逆上(ト)自暴自棄などに原因するものが多い。 傷害事故には至らないが,職員に対する抗命や,被収容者間の暴行,争論,殴打などの暴力行為のため,受罰したものは,昭和三六年では一一,七〇三人(II-84表およびII-85表参照,受罰実人員の三八・四%)で,たばこに関する反則を除いた受罰者(二四,九四四人)の四六・九%を占めている。 (三) 暴動 被収容者が多数集合して,職員に反抗し,暴行,脅迫を行ない,あるいは逃走を試みるような暴動事故は,終戦直後の混乱期に若干発生をみたが,今日では幸いにも影をひそめ,職員がやむをえずガス銃を使用し,制圧をしなければならないような事態も,ほとんど発生していない。
このような暴動が (イ)極端な過剰収容 (ロ)食糧の不足 (ハ)役付き受刑者のボス化 (ニ)集団移送による衆情の乱れ (ホ)職員の不足などに起因するものであったことは,昭和二五年以後における,過剰拘禁の緩和,施設の整備,分類収容の開始,食糧事情の好転,職員の充実,処遇方法の改善の実現などに伴って,皆無となったことによっても明らかであろう。 (四) 火災 過去一〇年間(昭和二八年から三七年まで)に発生した火災事故は,一九件であった。しかし,その大部分は職員宿舎における事故であり,被収容者に関係のある工場における事故はきわめて少なく,舎房については皆無である。
その原因も,漏電または失火であって,逃走企図あるいは逃走ほう助ないし暴動のための放火は一件もない。 (五) 自殺その他の変死 最近四年間(昭和三四年-三七年)における被収容者の自殺人員は,II-89表のとおりで,その割合は,一般国民に比較して必ずしも高くはないが,とくに未決拘禁者では,かなりの高率を示している。それは,犯罪事件の被疑者あるいは被告人となることが,しばしば人を絶望感におとしいれ,自殺へとかりたてやすいからである。さらに,受刑者の場合には,収容生活にともなう種々の不安から,さ細な動機によって,自殺を試みるものが少なくない。そのために,被収容者の処遇に当たっている職員は,たえずその予防に努力を払っているのである。参考のために,法務省矯正局が,昭和三七年に行なった調査によると,刑務所で,自殺のおそれがあるものとして,特別に処遇をした人員は九三二人で,そのうち職員の手によって未然に発見され,あるいは救護によって未遂に終ったものは,二〇八名に達している。
II-89表 被収容者の自殺(既遂)人員および自殺率(昭和34〜37年) また,自殺者の内訳は,受刑者以外の被収容者に多く,自殺の方法も,い首にかぎられているのは,刑務所における自殺の特色の一つである。被収容者にみられる自殺以外の変死には,作業中の負傷による死亡のほか,メチール・アルコール盗飲による死亡がある。最近,作業上の安全管理が著しく改善され,作業中の不慮の事故による死亡は皆無となったが,塗料の溶剤として使用しているメチール・アルコール,自動車のブレーキ・オイルなどの盗飲は,いぜんあとをたたず,そのために心身に異常をきたし,治療を受け,あるいは懲罰をうけたりするばかりでなく,ついに死に至るものが,きわめて少数ではあるが(毎年一-二人程度)見られている(II-85表)。 |