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 昭和38年版 犯罪白書 第二編/第三章/四/3 

3 刑務事故,反則の対策

 現在,刑務事故については,発生と同時に,その原因を究明し,対策を検討し,同種の事故の発生の予防が講ぜられている。
 そのために,刑務事故や反則に関係した被収容者は,ふつう他の被収容者から隔離され,独居に収容されて取調べを受ける。その結果,刑事処分を適当とするものは,直ちに告発または事件送致され,施設かぎりで行政罰を科することが適当と思われるものには,懲罰が科されている。
 刑事処分を適当と認め,告発または事件送致になるものは,対職員または被収容者間の暴行傷害事件が主で,昭和三七年(一-一一月)には二三二件を数え,昭和三六年中に処分の確定したものは二七四人で,その内訳はII-90表のとおりである。

II-90表 刑務所内の行為により刑事処分を受けたものの罪名別および刑名刑期別(昭和33〜36年)

 また,行政罰をうけたものはII-91表のとおりで,昭和三六年では,実人員三〇,四七八人に対し,ひとり当たり平均一・八種類の懲罰が科されている。そのうち,もっとも多いのは,文書・図画閲読の三月以内の禁止および二月以内の軽へい禁(一定の居室,すなわち懲罰房に収容して,必要不可欠と認める場合のほかは,居室外に出さないで,反省黙居させる懲罰で,もっとも重いものの一つ)で,それぞれ四二・九%および四二・〇%を占めている。したがって,他の懲罰はいずれもきわめて少なく,重へい禁(軽へい禁に加えて,さらに,罰室を暗くし,寝具を与えないもの)は,現在適用を中止され,また,累進処遇令による賞遇の三月以内の停止,あるいはその廃止は,実情にそわないところがあるので,実際には科されていない。ただ,昭和三六年の資料から注意される点は,未決拘禁者および死刑確定者に対する糧食自弁の一五日以内の停止が,前年の二三三件に比し,三六年は七五件にとどまったこと,しかし,受刑者で七日以内の減食罰(官給食の一回の分量を二分の一ないし三分の一に減ずる罰)を受けるものが激増したこと(昭和三五年の一一九件に対し,三六年は三九三件)の二点である。

II-91表 懲罰の種類別内訳(昭和33〜36年)

 このうち,減食罰は,戦後の混乱期の影響が薄れるにつれ漸減し,昭和三五年には,昭和二四年の六・三%にまで激減した。また,その内容も,逃走企図や暴行などから,しだいに怠役に移り,今日に至っている。昭和三六年に減食罰を受けたものの増加も,怠役,すなわち命ぜられた作業をまじめに働かないものが,激増したことによるものである(怠役によって減食罰を科されたものは,昭和三五年の六三件に対し,三六年には二八二件に達した)。このような処罰は,望ましいものではないが,後に触れるような対策がとられていないため,やむをえず行なわれているものとされている。
 事故,反則を起こしたものについては,以上のような処置がとられるわけであるが,真の対策は,そのような事故,反則の原因を追究し,再発のみならず,広くその発生を予防するものでなければならない。
 すなわち,第一に,科学的な分類調査の結果を,事故,反則の危険性のあるものや,既に事故,反則を起こしてしまったものに対しても,十分に活用し,それぞれの個性に応じた治療矯正の方法を応用することによって,問題の発生を予防するくふうをすすめる必要があげられる。
 このようなくふうは,必然的に,第二の対策として,物的設備の合理化を要請する。それには,まず老朽化した,あるいはぜい弱な建造物をなくすことが先決であろう(現在使用している建造物の六〇%が木造であり,しかも,それらは明治時代のものであるか,軍用施設を転用したものであるか,戦災復旧のための応急建造物である)。昭和三一年から三七年までに発生した破壊逃走事件の半数以上(四五件のうち二八件)は,ぜい弱な木造建物の天井,床板,壁などを破壊したものであり,そこに誘因のあったことが明らかにされている。
 次に,独居房の増設と,特別の処遇区画の設定の必要性が考えられる。現在,刑務所建築準則は,その施設収容定員の六七%を独居房とするように定めているが,現在,独居房の定員は,三〇%にも満たない(収容定員五九,一八三人に対し独居収容定員一七,〇〇〇人)。そのうえ,常に定員をこえる収容人員は,雑居房からあふれ,独居房にも数人を収容しなければならなくなっている。雑居が,い死のような特殊な事故を除いて,いかに多くの事故,反則をはじめ,種々の弊害の温床となっているかは,古くから経験によって知られているところである。そこで,雑居房には,そこに収容してもさしつかえのないものにかぎり,収容することとし,事故,反則のおそれがあり,あるいは乱暴な行為をくりかえし,懲罰の効果のないものについては,特別な処遇区画を設定するのが,最善の策といわなければならない。おそらく,このような物的設備の合理化は,分類制度の充実に呼応して,被収容者の特質とその処遇の経過にふさわしい設備の整備という形で,実現されることになろう。
 さらに,これらの施設の整備にあたっては,とくに被収容者の中核として,激増しつつある青年層の増加に対して,屋外のみならず屋内の運動場をはじめ,種々のレクリエーションの設備を整え,舎房や工場に色彩調節を施すなどのくふうを行なって,心理的なエネルギーの発散と安定化を図り,事故,反則の予防に資することが望まれている。
 最後に,職員の量,質両面の充実があげられる。刑務所職員の定員は,一六,八一三人であるが,そのうち,直接被収容者の処遇にあたっている職員は,九,九四八人で,職員ひとりあたりの負担率は六・八人である。しかし,現実には,昼夜間の警備のほか,作業,教育,出廷,移送などの諸業務に,それぞれ職員配置を必要とする結果,昼間,作業場においては,ひとりの職員が五〇人以上の被収容者を担当しなければならなかったり,夕食後就寝までの時間には,ひとりの職員が,一〇人以上雑居している居房を,二〇室以上にわたって監督しなければならなくなっている。そのうえ,一週五一時間の勤務(一般公務員は四四時間)が規定であるが,実情は一週平均六五時間の勤務を余儀なくされている。また,週休もわずか,平均月二・五回程度しかとれないような過重勤務に追われているため,その心身に及ぼす疲労,その他の諸影響が被収容者の事故,反則の誘因の一つとなっていることも見のがせないところである。
 また,すでに述べたように,事故,反則を起こし,あるいはくりかえすものについて,効果的な特殊な処遇を行ない,また,広くその予防の方法を講ずるためには,処遇を担当する職員全体が,人間の心理や集団の心理を,は握するに必要な最少限度の科学的な知識や技術を修得し,質的にも充実した職員になることが,それらに関する専門職員の充実とともに不可欠な要素となっている。