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 昭和38年版 犯罪白書 第一編/第三章/二/2 

2 贈収賄

 贈収賄は公務員の犯罪のなかでも重要であるとされている。すなわち前述したように,その数において公務員犯罪中最も高い比率をしめているうえに,この種犯罪は公務員の職務の公正を害するものであり,官公庁による各般の施策の適正な運営を阻害し,官公庁一般に対する国民の不信を招来させるのみならず,ひいては国民の遵法精神を失わせる等,幾多の弊害をもたらすものであるからである。世論のこの犯罪に対する批判もきびしく,これが絶滅が叫ばれてからすでに久しいのであるが,今日なお,依然としてその跡をたたない。I-36表は,最近五年間における収賄の起訴および不起訴人員を示したものであるが,同表に表われたところでは,最近むしろ漸増の傾向すら,うかがわれるのである。もとよりこの種事犯にあっては,収賄者,贈賄者の双方が罰せられ,他の多くの犯罪のように特定の被害者もないため,きわめて潜在性の強い犯罪であり,また後に述べるように,取締りもきわめて困難であるので,統計面にあらわれた数字のみによって,ただちにその動向を断ずることは早計であろうが,他面,事犯の内容をみると,最近ますます悪質,巧妙化したともいわれており,この種事犯に対する取締りの重要性は,ますます増大しつつあるということができよう。

I-36表 収賄罪の起訴不起訴人員(昭和32〜36年)

 このように贈収賄が依然として多発する原因はどこにあるのであろうか。もちろん一口に贈収賄といっても,関係被疑者の社会的地位は多様であり,犯行の手段,方法や犯罪の規模等も千差万別であって,一概に断定することは困難であるが,その重要な原因としては,おおむね次の諸点があげられよう。まず第一に,公務員の綱紀の弛緩をあげなければならないであろう。戦後の民主主義のもとにおいて,公務員は国民の公僕とされ,戦前,天皇の官吏といわれた時代の権威を失った。そして新しい公務員の職業倫理が,十分身についたものとして確立されていないためか,数ある公務員のなかには,公務員としてのきょう持をも失って,職務の重要性,とくにその公正,廉潔性についての自覚を十分もたない者も少なくないようである。他面,公務員は一般産業界その他国民生活に直接間接に影響をおよぼす多くの分野において,かなり強力な権限を与えられている。この二つが結びついて,いわゆる公務員の役得意識が生まれ,これに戦後における物質偏重,消費生活おう歌の風潮が拍車をかける。そこに贈収賄多発の第一の原因があるように思われる。犯罪の動機をみても,戦後一時みられたような,生活苦のためというような切実なものは,むしろ影をひそめ,その大部分が遊興費のねん出,電気製品等の購入,土地購入,住宅建築等の物質慾によるとされていることも,右の事情を如実に示すものであろう。そしてひとたび誘惑に負けた公務員が,やがてその罪になれ,はては逆に関係業者に対し金品を要求するというような,無自覚きわまりない事例さえあるといわれている。さらに,この問題に関しては,現在の公務員制度のもとにおいて,多くの公務員には,一定限度以上の昇進の途が実際上ほとんど閉ざされているという事情も看過できないように思われる。こうした公務員の一部の者が,将来の希望をもちえないまま,目先の物欲に支配されたり,あるいは,退官後の生活の安定を求めて罪を犯すに至る事例も少なくないようである。そしてこのような弛緩した空気は伝ぱしやすく,ともすれば,これが職場全体を支配し,課員,係員がこぞって収賄の罪を犯すという事態にもなりかねない。最近ほとんど職場ぐるみ検挙された某税務署の収賄事件はその適例であろう。
 第二に,法規その他制度上の不備欠陥,行政指導監督の不徹底がある。とくに官公庁の物資購入,工事請負等の契約締結手続等の不備,内部監督制度の欠陥が犯罪を誘発したとみられる事例も少なくない。また,比較的下級の公務員が,長期間一つのポストにあって業務に精通しているため,事実上かなり大幅の権限を行使し,他方その上司は短期間で更迭するため,業務はとかく下僚まかせとなって,十分その監督の責をはたしていないことが,犯罪発生の素地となったと認められる場合も往々見受けられる。
 第三に,私企業における過当競争もまたこの種犯罪の温床となっていると考えられる。すなわち最近一部業界におけるいわゆる過当競争はかなり激しく,業者のなかにはこの競争に勝ち抜くためには手段をえらばず,金品をもって関係公務員に計画的,かつ,執ように働きかけることも,あえて辞さないとする風潮かみられ,これもまた贈収賄多発の一因をなしているように思われる。近年関西各地で発生した,いわゆる教科書汚職事件にその典型をみることができよう。
 このように贈収賄多発の原因は多様であり,したがって,贈収賄事犯の一掃には,前述した諸原因を除去するための行政全般にわたる強力,かつ,適切な施策が必要であり,ひとり刑罰のみをもってはとうてい十分な効果を期待しえないことはもちろんであるが,やはり,当面最も重視すべきことは,この種事犯について厳正な取締りを遂げることであろう。しかしながら,この種事犯は通常秘密りに行なわれるため,捜査の端緒をうることが困難であり,また,いわゆる被害者なき犯罪であるため,真相の糾明も容易ではなく,一般に物的証拠は乏しく,関係者の供述に依存せざるをえないことが多い。また,近年犯行の手段が悪質,巧妙化するとともに,ひとたび検挙が行なわれるや執よう,かつ徹底した証拠いん滅工作が行なおれる事例もまれではない。このように贈収賄事犯について,真に実効ある取締りを遂げるためには,今後の研究にまたねばならない種々の困難な問題がある。