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起訴猶予が刑の量定に含まれるものでないことはいうまでもない。それは検察官のする処分であって,単に起訴手続をとらないという処分にすぎず,刑ではないからである。しかし,起訴猶予の基準に関する刑事訴訟法の規定が刑の量定の基準を示すものとして参酌されなければならないと前述したが,実質的にみると,起訴猶予と刑の量定とは密接な関連があり,ことに刑の執行猶予ときわめて似た関係にある。起訴猶予に処せられると,結局刑罰を受けることなく済まされ,起訴されてどんな寛大な刑を受けるよりも軽い処分ということになり,犯人にとって最も歓迎すべき処分ということができるからである。そこで,刑の量定を最も広義に解して,起訴猶予もこれに含まれるものとして,以下起訴猶予処分の状況をながめることとする。
起訴猶予制度は,旧刑事訴訟法によって初めて明文化されたが,明治二二年の旧旧刑事訴訟法のもとにおいても事実上ある程度行なわれたといわれているから,その歴史は相当古いといえる。 起訴猶予は,検察官が刑事政策的な立場から諸般の事情,すなわち,犯人の性格,年齢,境遇,犯罪の軽重,犯罪後の情況等を考慮して,必要ならざる刑罰をできるだけ避けようとするもので,刑の執行猶予制度とほぼその目的を同じくするもつということができる。しかし,起訴猶予は刑の執行猶予と異なり,法廷という公開された場所で行なうのではなく,また,その資料も一般に公開されないうえ,起訴猶予を行なうについて何らの法的制限がなく,すべて検察官の裁量にゆだねられているから,検察官に与えられたきわめて強力な権限ということができるであろう。したがって,その適用を誤り,起訴猶予に値しないものにこれを濫用すると,国民の規範的意識を低下せしめるおそれがあり,また,被害者の立場を無視することになりかねないし,さらには,裁判の機能をそこなうおそれもあるから,検察官がこの権限を行使するにあたっては,とくに慎重な判断と高い識見が要求されなければならない。 次に,統計面から検察官の行なう起訴猶予の運用状況をながめてみよう。 まず,検察官がした起訴の処分と起訴猶予の処分について,戦前の昭和七-一一年と戦後の昭和三〇-三五年とを比較してみると,I-162表のとおり,戦前の起訴率は,二五%ないし二八%,起訴猶予率は,五三%ないし五七%であったが,戦後では,起訴率は飛躍的に上昇して四〇%ないし五四%,起訴猶予率は逆に減少して三六%ないし四六%となっている。しかも,起訴率は,昭和三〇年以降ほぼ逐年上昇して昭和三五年には五四・五%と戦前のそれの約二倍に達しており,これに反して,起訴猶予率は,昭和三〇年以降逐年減少して昭和三五年には三六・六%と昭和三〇年に比して一〇%もの減少をみせているのである。昭和三五年の起訴率は戦後における最高の比率であり,起訴猶予率もまた戦後の最低の率である。 I-162表 検察庁処理事件中の起訴・起訴猶予等の百分率(昭和7〜11年,30〜35年) 起訴率の上昇と起訴猶予率の減少とは,表裏をなすものであるが,最近このような傾向がとくに顕著になったのは,どのような理由によるものであろうか。昭和三六年度の犯罪白書において(同書六五頁以下参照),二つの点をあげておいた。その一つは,最近経済事情が好転して社会生活が落着きを取りもどしたにもかかわらず,悪質犯,粗暴犯が増加の傾向を示しているので,検察官が次第にきびしい態度で臨むようになり,これに伴って起訴猶予の基準が高められたことである。その二は,犯罪者のうち前科のある者の占める比率が次第に高まってきているが,このことがある程度起訴不起訴を決するにあたって考慮され,起訴猶予を相当でないと判断される場合が多くなったことである。第一編第一章で述べたように,起訴率が上昇したが,その増加部分は主として罰金刑を求める罪種に限られているから,刑法犯のうちで法定刑として罰金が規定されている罪名について,近年起訴率の上昇したものを検察統計年報によってみると,傷害,過失致死傷,脅迫,毀棄,業務妨害,賭博富くじ等である。このうち傷害,脅迫,毀棄,業務訪害は,暴力的要素をもつものといえるが,一般的にいうと,暴力的犯罪が増加の傾向にあるので,暴力的傾向をもつこの種の罪名に対して厳格な起訴基準で対処し,従来比較的軽微な事案として起訴猶予とされたものに対しても,次第にこれを起訴するという方向に進むようになり,これが起訴率の上昇をもたらした一つの理由ではあるまいかと考えられる。I-162表にかかげた昭和三〇年以降の起訴率および起訴猶予率は,道交違反を除く一般犯罪の平均についてみたものであるが,これを刑法犯に限定すると,I-163表のとおり,昭和三五年には,起訴率五六・二%,起訴猶予率三四・八%であって,通交違反を除く一般犯罪のそれよりも,起訴率は高く,起訴猶予率は低い。 I-163表 刑法犯の起訴・起訴猶予等の百分率(昭和31〜35年) 次に刑法犯の主要罪名別の起訴猶予率をみると,I-164表のとおり,強盗致死傷,殺人,強盗強姦,殺人等の重大犯罪については起訴猶予率が低いが,財産罪である窃盗,横領,詐欺,賍物関係については高率である。また,業務上過失致死傷が一五・四%(昭和三五年)で刑法犯平均の三四・八%よりはるかに低いのに対して,贈賄(四九・三%)と収賄(五三・二%)が高率であるのが注目される。業務上過失致死傷は,略式命令請求により罰金を求刑する場合が多いので起訴猶予率が低くなっているものであるが,贈収賄が高率を示している理由については検討を要するものがあろう。I-164表 刑法犯主要罪名別の起訴猶予率と起訴率(昭和33〜35年) |