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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第七章/三/2 

2 死刑の執行

 死刑の判決が確定した者は,刑務所または拘置所内に拘置され,原則として,判決確定後六月以内に法務大臣の命令によって執行すべきものとされているが,上訴権回復請求,再審請求,非常上告または恩赦の手続中の期間および同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間は,この六月の期間に算入しないものとされるほか,死刑確定者が心神喪失の状態にのるとき,または,妊娠中であるときは,その状態がなくなるまで,死刑の執行は停止される(この場合も,執行停止期間は,右の六月の期間に算入されない)。
 死刑の執行は,現在,刑務所または拘置所内の刑場で,絞首の方法で行なわれる,。新律綱領および改定律例の時代には,きわめて凶悪な若干の罪を犯したものについては,梟首することが認められていたが,旧刑法以来,そのようなことは許されていない。死刑執行に立ち会う者は,検察官,検察事務官および刑務所長またはその代理者とされており,刑場には,これらの者および執行にあたる刑務官のほかは,検察官または刑務所長(または拘置所長)がとくに許可した者でなければ,入ることができない。すなわち,死刑の執行は密行され,公開されることがない。このような死刑執行公開の禁止は,文明諸国の多くがとっている死刑密行主義に互して,旧刑法によって法制化されて現在に至っている。
 ところで,昭和三二年から昭和三六年までの五年間に死刑を執行された一二一人について,犯罪から執行までに要した期間をみると,I-144表のとおりで,平均五年八月を要している。犯罪の行なわれた日から第一審判決までは,平均一年一月を要しているが,この期間には,犯人を捜査し,検挙するのに要した期間も含まれていることを考えると,わが国の裁判の現状からみて,きわめて長期間を要しているとまではいえない。次に,第一審判決から判決確定までは,平均一年六月を要しているが,これも,すでに述べたように,死刑判決の大半が上告審で確定していることを考えあわせると,とくに長期とはいえまい。そこで,とくに長期間を要しているのは,判決確定から死刑の執行までの期間ということになるが,これに平均二年一一月を要しているのである。

I-144表 死刑被執行者の犯罪から執行までの期間別人員(昭和32〜36年の間に死刑の執行を受けたもの121人について)

 刑事訴訟法によると,死刑の執行は,判決の確定の日から六月以内に行なうべきものとされているが,現実には判決の確定から執行までこのような長期間を要しているのは,どのような理由からであろうか。死刑の執行は,法務大臣の執行指揮によってなされることになっているが,法務大臣は死刑の執行を命ずるにあたって,事件記録等により,再審,非常上告,あるいは執行停止の事由の有無や恩赦を相当とする情状の有無を慎重に検討するほか,死刑の確定者のほとんどが再審の請求または恩赦の出願を行なうこと(再審請求に対する裁判があるまでの期間,恩赦出願に対する中央更生保護審査会の審査がおわるまでの期間は,前述のように,右の六月の期間には算入されない)があげられる。こころみに,前記の一二一人について,再審の請求状況をみると,I-145表のとおり,死刑確定者の約半数が再審請求をしている。これらの死刑確定者の再審請求事件数は,毎年おおむね全再審請求事件数の約三分の一に及んでいることは,注目を要するところである。また,これら死刑の執行を受けた者の恩赦の出願状況をみると,I-146表のとおり,死刑の執行を受けた者一二一人のうち,八二・六%の一〇〇人が恩赦の出願をしており,このなかには,二回または三回出願するものもあるのである。

I-145表 死刑被執行者中の再審請求回数別人員と率(昭和32〜36年)

I-146表 死刑被執行者中の恩赦出願回数別人員(昭和32〜36年)

 なお,信頼すべき統計が残されている明治一五年から昭和三六年までの死刑執行人員は,付録-7表のとおりである。これによると,旧刑法時代(明治一五年から明治四一年まで)における年間平均執行人員は五三・〇人であるが,明治四二年から昭和二一年までは(現行刑法施行から昭和二二年の一部改正まで),二七・三人,昭和二二年から昭和三六年までは,二五・五人であって,次第に減少の傾向をたどりつつあるといえよう。明治一五年以降この八〇年間に死刑の執行を受けた総人員は,二,八三七人である。