前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第六章/五 

五 精神病質者の犯罪

 精神病質というのは「病気」ではなく,通常「性格異常」とか,「病的人格」とよばれるものの精神医学上の用語で,生まれつきの異常な状態をいう。
 精神病質の概念については,アメリカの学者とドイツの学者の間に差違がるばかりでなく,学者によってもかなりの違いがあるので,今日のところ,かならずしも明確なものではない。わが国で広く用いられているのは,ドイツのシュナイダーの定義である。すなわち,精神病質とは,異常人格で,その異常性のために,社会が悩まされるか,自分自身が苦しむような状態である。その異常は,主として欲動と感情,意志の領域にみられ,一般的には,刺激と反応の間の不均衡,人格成素の機能的協調の障害,情緒の未成熟などの特徴をもっている。
 この異常性は,生物学的な原因にもとづくものもあるが,臨床的には,社会的な意味での偏りとみなされ,今日では,平均人格様式からの偏倚と考える人が多い。異常の成因については,すでに述べたように,内因性すなわち生まれつきと考えられ,つねに社会適応に困難を伴うことから,内因性の状態的不適応とも考えられる。
 自分自身が苦しむような異常人格者は,時には自殺をはかることもあるが,通常は種々の神経症的症状を訴えて専門医を訪れ,進んで治療を求める場合が多いが,社会を悩ませる人格異常は,そのために自分から求めて医師を訪れることはなく,犯罪や非行に陥ることが多い。
 この精神病質には,種々の臨床類型があって,おのおのの類型と犯罪との結びつきについては,多くの学者によっでいろいろ研究が積まれている。今日,わが国で一般に用いられているのは,さきに述べたシェナイダーの類型で,発揚情性型,抑うつ型,自己不確実型,狂信型,自己顕示型,爆発型,気分易変型,惰性欠如型,意志欠如型,無力型の一〇型に分けられる。しかし,これらの型がすべて犯罪や非行に関係があるというわけではなく,抑うつ型,自己不確実型,無力型は自分自身を苦しめる方の型であって,犯罪人には種類の少ない類型である。
 このシェナイダーの類型のほかに,体質的類型として循環病質,分裂病質,てんかん病質を分けたり,種々の性的倒錯者を一括して,「性的精神病質」とよぶ人々もある。
 このような精神病質者が社会不適応をおこしやすいことはすでに述べたが,実際に犯罪者を調べてみると,少年院や刑務所に収容されている者の中には,今日もなお多数の精神病質者が発見され,ことに頻回累犯者や常習犯人では,その大部分の者が精神病質といって過言ではない。
 法務省矯正局では,東大脳研究所,東大神経科,東邦医大精神科,松沢病院などと共同で,昭和三一年に,東京矯正管区内の三つの特別少年院の在院者について,総合的な実態調査を行なった。その結果によると,精神医学的にみて正常と判定された者はわずか一・一%,精神薄弱が八・二%,精神病的状態のもの二・八%で,あとの八二・五%は精神病質または精神病質傾向の者であった。翌昭和三二年に,同様のメンバーで,さらに二つの中等少年院の在院者について同じ方法で調査がなされたが,その結果は精神病質三五・六%,精神病質傾向のもの四三・六%で,これをあわせるとやはり八〇%近くになる。
 I-113表は,少年院におけるこれらの成績と,諸外国およびわが国における従来の主な研究成果,および少年院と少年鑑別所の全国統計をまとめて一覧表にしたものである。ここで精神病質傾向というのは,多少の性格偏倚が認められるけれども,とくに顕著とはいえないものか,その人格構造が未成熟で,精神病質の診断を将来に保留したものである。なお表中,この欄に数字のないのは,研究報告の中で,このような診断名をあげなかったものである。この表をみると,法務省矯正局の統計による全国の少年院および少年鑑別所収容者では,精神病質の比率は一〇%前後である。

I-113表 非行少年中の精神病質の割合

 非行少年については,一応少年鑑別所があって,精神資質に関する鑑別を行なっているので,精神病質についても,不十分ながら全国的な資料を手に入れることができる。しかし,成人犯罪者については,少年鑑別所に相当する専門的な分類機関がないので,精神病質について信頼性のある全国的な情報を入手することは,現在のところ不可能である。そこで,各種の犯罪者について,外国の専門家,および東大脳研究所を中心としたわが国の専門家の手による調査研究の成果をまとめ,それを手がかりとして,精神病質の割合を検討してみたい。
 まず,外国における研究調査の結果をみると(I-114表),精神病質の比率は,シトウンプルの一回犯人の報告における一四・五%から,頻回累犯者における九九%まで,かなり大幅の多様性がみられるが,一回犯人や初犯者には低く,習慣性犯人や頻回累犯者,あるいは重罪犯人には高いことがわかる。しかも,一回犯人や初犯者でも一〇%をこえ,累犯者や重い犯罪人では四〇%以上である。クラスヌシュキンのモスクワ刑務所における三一%は,一般受刑者に関する割合である。アメリカでは,精神病質についての判定基準がヨーマッパの場合とちがっているので,精神病質の割合は低くなっている。

I-114表 犯罪者中の精神病質の割合

 わが国の研究では(I-115表),精神病質傾向のものおよび精神病質に精神薄弱の合併しているものを分けて診断している場合が多いので,これらを分け,さいごにそれらの合計を示した。これをみても,一般的にいって,精神病質は初犯者および女子に少なく,累犯者に多い。新井氏の経過初犯とは,前刑終了後五年をこえて再犯に陥ったもので,実質的には累犯者である。

I-115表 各種犯罪者中の精神病質の割合

 この表の中でとくに注目されるのは,老人犯罪者,放火犯および女子受刑者の初犯に精神病質が少なく,一〇%またはそれ以下であるが,少年をもふくめて,一般の受刑者では三〇%またはそれ以上であることである。中田氏の東京拘置所における調査は,終戦後まもないころに行なわれたもので,戦後,初犯者が増加したころのものである。女子受刑者では,すでに述べたように,精神薄弱がきわめて高率であるが,精神病質者は比較的少ない。それに対し,少年受刑者では,一般的にいって精神薄弱が少なく,精神病質が多い,。なお,精神病質に精神薄弱を合併したものや精神病質傾向のものを加えると,その比率が八〇%から九〇%にまで達している報告もみられるのは注目しなければならない。
 なお,I-116表は,全国の検察庁から法務総合研究所に集められた精神鑑定例の中から,精神病質者と診断された者のみを選んで,その犯罪内容を示したものである。集められた鑑定例は,全部で六一一件であるわら,そのうちの一三%にあたるが,犯行時アルコール酩酊や覚せい剤中毒の状況にあった者を加えるともっと多くなるはずである。それはそれとして,精神病質と診断された者の犯行内容をみると,他の精神障害と比較して殺人・同未遂が比較的多いほかには,各種の犯罪に幅広く,ほぼ均等に人員が分布していることが特徴である。

I-116表 精神病質者の罪名別人員と百分率(鑑定例)

 さきに述べた特別少年院在院者の中で,精神病質またはその傾向のあるものについて類型診断を行なった結果では,意志欠如型が六四・四%で圧倒的に多く,発揚情性型の二七・八%,情性欠如型の二二・二%がこれに次いでいる。その他爆発型九・四%,自己顕示型八・三%,気分易変型一・七%,狂信型一・一%で,いずれも一〇%以下である。これらをあわせると一〇〇%をこえるが,それは,一人でこれらの類型を合併していると考えられるものがいるからである。中等少年院在院者についても,意志欠如型六六%,発揚情性型二三・四%,情性欠如型二・三%,爆発型一二・八%,自己顕示型一〇%,気分易変型四・二%,その他は一%以下で,特別少年院の場合と大差がない。
 また,府中刑務所に収容されている累犯者について,法務省矯正局が中心になって精神医学的実態調査を行なった結果でも,精神病質四九・一%,精神病質傾向のもの三四・九%で,これをあわせると八四%になる。その類型診断による分類は,意志欠如型七三・三%,情性欠如型三三・三%,発揚情性型三一・八%,自己顕示型一二・八%,爆発型四・一%,気分易変型二・六%,無力型二・六%,自己不確実型一%,抑うつ型〇・五%で,その分布状態は少年院収容者の場合によく似ている。
 これを要するに,犯罪者や非行少年にみられる精神病質には,意志薄弱型が多く,ことに累犯者ではこれが圧倒的に多い。なお,これまでの研究によれば,常習犯人ないし慣習犯人の中には,意志薄弱に情性欠如の合併した場合が多いという。
 意志欠如型に次いで多い情性欠如型(または無情型)は,残忍性にとみ,良心の苛責が欠如しているので,常習的な犯罪のほかに,残酷な犯罪をくり返す場合があり,それに爆発性,自己顕示性,意志薄弱などが合併する場合に,社会的危険性が大きい。
 発揚情性型は定着性を欠き,多彩な犯罪を行ない,常習的な詐欺犯にしばしばみられる。
 自己顕示型も,詐欺犯によくみられ,施設内でヒステリー性反応をおこし易く,自傷や自殺企図があるので処遇が困難である。
 爆発型や気分易変型は,それほど多い型ではないが,暴行・傷害などの粗暴犯が多く,気分易変型では,とくに放火犯が多い。
 狂信型も数は少ないが,慣習犯人の中にときどきみられ,裁判所や刑務所がその好訴性のために迷惑をこうむることがまれではない。
 抑うつ型や自己不確実型,または無力型の精神病質は犯罪者の中ではごく少数であるが,それらの多くは葛藤犯罪であって,殺人や傷害などの犯罪に陥ることもままある。
 サディズム,同性愛,愛童症,フェチシズム,露出症などの性欲倒錯は,性犯罪と緊密な関係にあり,これらの傾向をもつものをまとめて「性的精神病質」と名づけでいる学者もあるが,これらの異常傾向や倒錯的行為は,種々の精神病質者や精神薄弱者などにもみられるところから,性的精神病質というような独立の類型を拒否している学者も少なくない。
 このような精神病質者が累犯者に多いことは,すでに指摘したところであるが,このことは,精神病質者の再犯率が高いことを裏書きするものである。総合的実態調査を行なった特別少年院収容者と中等少年院収容者について,少年院出院後それぞれ平均四年二カ月ないし二年一〇カ月の追跡調査を行なって成行を調べたところ,再犯のために少年院または刑務所に収容された者は,特別少年院出院者の六七・六%,中等少年院出院者の四三・五%であった。このうち,精神病質と診断された者のみについて再犯による再収容率を求めると,特別少年院出院者七二・九%,中等少年院出院者五三・二%で,全体の再犯率をかなり上回っている。また,これら少年院出院者全部について,精神障害の種類別に再犯率を求めてみると,精神病質六一・八%,精神病質傾向五三・四%,その他のもの(正常,精神薄弱,精神病的状態など)四六・三%で,精神病質の再犯率が最も高い。
 I-117表は,わが国でなされた研究の主なものについて,全体の再犯率と精神病質のそれとを比較できるように整理したものである。このうち,吉益,荻野,谷諸氏の研究はいずれも戦前の資料によるものであり,その他は戦後のものないしごく最近のものである。これをみても,精神病質の再犯率はいずれも高く,学者によっては,精神病質そのものを,再犯予測のための重要な因子としている者もある。この点,さきに述べた精神薄弱の場合と,著しく事情を異にしている。

I-117表 犯罪少年および精神病質犯罪少年の再犯率

 このように,精神病質者が常習犯人や状態犯人に多く,したがってまた,社会的予後が著しく不良であって,再犯への危険性の高いことが明らかな以上,これに対する刑事政策としては,もちろん,一層強力に矯正や保護の手段を講ずべきであるが,再犯防止や社会防衛的な立場から,もっと積極的な施策を考究すべきであろう。なお,精神病質者の犯罪における刑事責任については,一般にこれを認める傾向が強い。しかし,状況によっては,減免される場合もある。刑事責任が減免される場合には,当然,治療的色彩をもった保安処分的な措置が講ぜられねばなるまい。刑事責任が問われた場合でも,定期刑や短い不定期刑を科するだけで社会的危険性が改善されることは期待できない。事実精神病質者の再犯は,大部分が釈放後六カ月以内で行なわれており,そのような再犯の可能性は,裁判時においてすでに十分予測できる場合が少なくないのである。
 このように顕著な精神病質者や,常習犯人の色彩の濃厚な精神病質者のために,ノルウェー,スエーデン,デンマークなどの北欧諸国をはじめ,ドイツ,スイスその他のヨーロッパ諸国では,すでに,対象者の特性に応じて,虞犯者に対する保安拘禁,危険な常習犯人に対する予防拘禁,治療や看護の処分などいろいろの保安処分の制度がもうけられている。ことに,デンマークでは,精神病質のための専門施設が備えられ,優生手術や,性的異常者に対する去勢手術なども積極的に行なわれている。
 アメリカでは,精神病質犯罪者は,医療刑務所をもうけて収容されるが,州立または国立の精神病院の一部に,重警備病棟をもうけてそこに分隔収容され,かなり積極的に心理療法その他の治療的処遇が試みられている。ことに,性的異常者または性的精神病質者に対しては早くから特殊な関心が向けられ,わが国の精神衛生法に類似した特別の立法措置を講じている州も少なくない。一九三八年にイリノイ州が率先してこの立法を試みたものをはじめとして,ミシガン州,カリフオルニア州,ミネソタ州,オハイオ州などがあい次いでこの種立法を行ない,今日では二五州一地区にこのような制度がみられる。しかし,この立法には,性的精神病質の概念規定やその診断,施設内処遇の実情などにいろいろ問題があり,それに人権上の問題などもからんで,実際の運用には多く困難が伴っている。そのため,法律は施行されながら,実際には運用されない州もいくつかあって,理念と実際のくいちがいがみられる。その点,刑事政策と精神衛生対策とが協力して考究すべき興味ある共通の場ということができる。
 わが国における精神病質犯罪者の対策としては,諸外国にみるような近代的な保安処分の制度がいまだに実現されないばかりか,それを補うべき精神衛生法も,社会的に危険な精神病質は敬遠して,十分な効果をおさめていない。このことは,精神衛生施設に収容されている精神病質者がきわめて少なく,その需要に応えていない点からも判断できる。また矯正施設の分化も,とくに処遇上問題のあるものが医療少年院や医療刑務所に送られている程度で,とくにみるべき進展がない。精神病質犯罪者の多くは,精神資質とは別の基準で,特別少年院または累犯刑務所に収容され,さらに一歩進んだ分類処遇は試みられていない。