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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第六章/四 

四 精神薄弱と犯罪

 精神薄弱と犯罪との関係についての研究は,すでに五〇年の歴史をもっていて,その取り上げかたや理解のしかたに移り変わりがみられる。
 この問題に当初からつよい関心を示したのはアメリカの学者で,なかんずく精神測定派のゴダードは,ロンブローゾのいう「生来性犯人」は,その精神的・身体的特徴からいって,実は精神薄弱であり,知能の欠陥こそ犯罪の最も重要な原因であると主張して注目を浴びた。このような主張の根拠となったのは,アメリカの一六の矯正施設に収容されている者の中で,二八%から八九%に及ぶ高率の精神薄弱が発見され,その比率の平均が実に六四%にのぼる事実であった。売春婦についても,その五〇%が精神薄弱であることが指摘されている。
 これが刺激となり,当時アメリカに知能検査法が紹介された事情も加わって,精神測定の一種のブームが起こった。そこで,アメリカ各地の少年院,刑務所,少年審判所などで各種の知能テストが試みられ,ゴダードの説を支持するような多くの所見が発表された。しかし一方には,精神薄弱の役割をそれはと重くみない学者もいた。アメリカで少年犯罪の権威者である精神医学者のヒーリーは,四,〇〇〇人に及ぶ多数の非行少年に綿密な調査を行なった結果,精神薄弱は一〇%前後にすぎないことを指摘している。またイギリスの心理学者パートは,知能指数七〇以下の精神薄弱は,彼の調査した非行少年では七・六%にすぎなかったと報告している。
 このように,犯罪者や非行少年の中での精神薄弱の比率が,報告者によってまちまちであることから,刑事学者のサザランドは一九一〇年から一九二八年までの間に発表された三四二の調査研究の結果を整理してみたところ,少年矯正施設に収容されている者の中の精神薄弱の比率は,最低一%から最高九六%まで大幅に変動しているが,年代別にその平均値をとってみると,調査の年代が新しくなるにつれて減少していることがわかった。すなわち,一九一〇-一四年の報告では五一%であったのが,一九二五-二八年の報告では二〇%にまで下がっていた。
 同じくアメリカのウッドワードは,一九三一年から一九五〇年までの間に発表された一四の研究を検討してみたところ,非行少年の知能指数の平均値にかなり著しい上昇がみられたばかりでなく,一九三四年以降の発表のどの研究をみても,知能指数七〇以下の精神薄弱は一三%以下であることが明らかにされた。そのほかにも,非行少年と非行のない一般の少年との間に,知能水準の差はほとんどないという報告が少なからずみられる。
 では,なぜアメリカで非行少年の中の精神薄弱の比率が減ってきたのであろうか。それにはいろいろの原因が考えられる。まず第一に挙げられることは,初期における知能検査法自体がかなり粗雑なものであったのが,多くの批判と検討を経て,次第に技術的に改善され,その結果が正確なものになってきたことである。次に見逃すことのできないことは,精神薄弱に対する特殊教育や社会福祉的な保護対策が発達したことである。ちなみに,アメリカ合衆国で施設に収容されている精神薄弱の数は,一九〇四年には全国で一四,〇〇〇人であったのが,一九二三年には四三,〇〇〇人に増加し,一九五一年には一二〇,〇〇〇人に達している。
 このような精神薄弱対策に拍車をかけたのは精神衛生運動であって,そのため,精神薄弱は早期に発見され,治療教育や補導,保護や専門施設への収容が積極的に行なわれたために,社会適応性を欠く者は早くから保護され,犯罪や非行に陥る機会が少なくなったと考えられる。
 わが国における状態については,非行児童,非行少年,成人犯罪者に分けて検討してみたい。
 I-104表は感化院児童および教護院児童について報告されている調査の主なものを,ほぼ調査の年代順に整理したものである。これをみると,太平洋戦争前の調査では精神薄弱の割合は一五%から六五%までかなりの幅があるが,だいたい四〇%から六〇%の間とみてよい。それが戦後の調査では減少し,最近の報告では二〇%前後になっている。

I-104表 非行児童中の精神薄弱の割合

 次に,少年法の対象となるような非行少年についての研究調査の結果を,同じような方法で整理したのがI-105表である。これをみても,太平洋戦争前の調査では,少年院収容者についてはおおよそ二五%から四〇%の比率が報告され,戦後には二〇%にまで下がり,最近は一二%にまで減少していることがわかる。

I-105表 非行少年中の精神薄弱の割合

 少年鑑別所収容者については,その制度のできた翌年の昭和二五年には一七・七%であったのが,次第に減少し,昭和三五年には八%にまで下がっている。なお,この表の最下欄に,東京矯正管区内の三つの特別少年院と二つの中等少年院の在院者についてなされた調査の成績が掲げられているが,とくに中等少年院で精神薄弱の少ないのが目につく。これは,後にも述べるように,少年院では精神薄弱の分類収容が行たわれ,比較的重い精神薄弱者は医療少年院に収容されているためである。その間の事情を明らかにするため表に加えた。
 次のI-106表は,I-104表およびI-105表の精神薄弱の百分率の欄につけた括弧の数字に対応する対象者について,男女別の比率を示したものである。これをみると,精神薄弱の割合は,男子では全体の割合とほとんど差がみられないのに対し,女子では少年院ケースの二〇%から三〇%,少年鑑別所ケースでは男子の二倍であることがわかる。この女子に精神薄弱の多い傾向は,後にも述べるように,成人犯罪者の場合にとくに顕著である。

I-106表 男女別精神薄弱の割合

 このように,非行少年の中の精神薄弱の比率は,女子の方が男子よりやや高いけれども,全体としてみた場合に,少年院収容者の中では一二%,少年鑑別所収容者で八%前後である。このことから,もっと非行性の軽い者の多い裁判所や警察のケースでは,精神薄弱はさらに低い率を示すことが推定される。そうなると,非行のない一般の少年の中の精神薄弱の割合との間にほとんど差がないことになり,少なくとも少年非行一般を問題にする場合には,知能の障害ないし欠陥は,それほど重要な意味をもたないということができる。このことは,裏返していえば,知能の正常な少年の非行が相対的に多くなっているということになる。
 成人犯罪者の知能障害については,種々の受刑者についての精神医学の専門家による研究調査の資料が数多くみられる。I-107表は刑の確定した各種犯罪者の中の精神薄弱の割合を整理したもので,比較のために,諸外国における専門家の報告を掲げた(I-108表)。ちなみに,わが国の研究はいずれも戦後のものであるが,諸外国の研究は戦前になされたものである。

I-107表 各種犯罪者中の精神薄弱の割合

I-108表 犯罪者中の精神薄弱の割合

 これらを通覧すると,精神薄弱の比率は,対象の種別によってかなりのひらきがみられるけれども,男子ではおおよそ一〇%から三〇%,女子では四〇%前後とみてよい。その間において,青少年受刑者や初犯者では一般に精神薄弱が少ないのに対し,累犯,早発犯,放火犯等に比較的多く,女子受刑者に高率であるのが目につく。先ごろ新たに発足した婦人補導院の対象者でも,五〇%に近い精神薄弱が報告されている。なお,初犯者と累犯者のいずれが知能が低いかという問題に対して,初犯者の方が低いという結果を報告している学者のあることを付記しておきたい。
 精神薄弱は,単に知能の障害ばかりでなく,人格的にも欠陥のみられる場合が少なくない。すなわち,全般的な未分化性,未熟性のほかに,衝動抑制力の欠陥,上位自我のコントロールの薄弱,不安定性,しばしばみられる劣等感は社会適応を困難にし,犯罪や非行に駆り立てる原因ともなる。欧米諸国では性犯罪の多いことが特徴として注目されてきたが,わが国では,とくに性犯罪が著しく多いという報告はない。ただ,性犯罪は精神薄弱にとって特徴的な犯罪で,その内容が一般の性犯罪の場合にくらべてかなり著しく趣を異にする点で,多くの人々から関心を寄せられている。
 I-109表は全国の少年院収容者について,精神薄弱者とそうでない者について,送致の理由となった非行罪名の百分率を求めたものであるが,これをみても,精神薄弱群には窃盗と虞犯が比較的多く,詐欺・横領・暴行・傷害・殺人などは少ない傾向にあることがわかる。しかしながら,わが国における唯一の精神薄弱非行少年の専門施設である東京医療少年院収容者についてみると性犯罪は八%前後で,絶対数としてはそれほど多くはないが,窃盗・虞犯に次ぐ重要な犯罪になっている。さらに,性的非行の内容について検討してみると,一般の性犯罪の場合と同じように強姦が一番多いが,未遂事件が多く,年少の少女や幼女に対する強姦や強制猥せつの多いことが特徴である。そのほか,性的動機にもとづく暴行,傷害,脅迫,公然自慰,性器露出,窃視,フェチシズムによる窃盗など性倒錯的な非行が少なくない。これらの倒錯的非行は,従来「変態性欲」とか,あるいは「変質的行為」などとよばれ,あたかも生まれつきの病的状態であるかのようにみなされてきたが,少なくとも精神薄弱の性的非行に関する限り,精神発達の未熟性による性的欲動処理の不器用さによるものか,代償的欲求充足の型にすぎないことが明らかにされている。精神薄弱の性的非行についてのこのような考え方は,非行内容の綿密な検討ばかりでなく,きわめて良好な再犯予後によっても裏付けされている。なお,一般の性犯罪に共犯(輪姦)が多いのにくらべて,精神薄弱の性犯罪には単独犯が圧倒的に多い。警視庁や警察庁の統計によると,一般の青少年の性犯罪では五〇%から六〇%の者が共犯であるのに対し,精神薄弱の場合は,わずか一五%にすぎない。そのほか,非行が自宅またはその近辺に限られ,他地域にわたる非行の少ないこと,欠損家庭など不良な保護環境の出身者が比較的少ないことなども特徴としてあげておかなければならない。

I-109表 少年院収容者の精神薄弱者・非精神薄弱者の非行名別人員の百分率(昭和36年)

 精神薄弱に特徴的な犯罪として,わが国においてとくに注目されているのは放火である。放火犯の中で精神薄弱の多いことはすでに触れたところであるが,精神鑑定をうけるようなケースでは,精神薄弱の犯罪として放火が圧倒的に多い。I-110表は全国の検察庁から法務総合研究所に集めた精神鑑定例の中から,精神薄弱と診断された者だけを選んで,その罪名別の人員と百分率を求めたものである。これをみても,放火が約四三%でぬきんでて多いことがわかる。

I-110表 精神薄弱者(鑑定例)の罪名別人員と百分率

 精神薄弱の放火は,叱責・怨恨に対する報復,不快感情や激情に対する衝動的な解消,幼児的火悪戯,郷愁性放火など,きわめて単純な動機にもとづく場合が多く,近道反応的な原始的形式のものが大部分を占めているけれども,その結果が社会的に重大な損失を招くところから,取扱い上ゆるがせにできない。
 精神薄弱者の犯罪についての刑事責任は,白痴と重症痴愚については無能力とされ,軽症痴愚については限定責任能力とみるのが普通である。少年については,痴愚以下のものは精神薄弱の専門施設に収容し,矯正施設には収容しないのが欧米諸国の方式である。しかるにわが国では,先にも触れたように,精神薄弱の福祉施設がきわめて貧困であるため,かなり重症の者も少年院に送致しなければならない事情にある。
 精神薄弱非行少年の少年院出院後の成行をみると,かなり良好の成績で社会適応をしていると認められる者が四〇%に及び,非行に陥って,ふたたび少年院または刑務所に送られる者は三〇%から五〇%の間にある。I-111表は各種の犯罪少年について,その再犯状況を調査し,精神薄弱だけの再犯率と,一般犯罪者の再犯率を比較対照したものである。この表のうち,古沢,吉益,荻野,谷諸氏の研究はいずれも戦前の資料によるものであり,精神薄弱の再犯率は全体のそれを上回っている。それに対し,樋口氏および法務総合研究所の調査はそれぞれ戦後および最近のもので,精神薄弱の再犯率は,その精神的欠陥というハンディキャップにもかかわらず,全体のそれを下回っている。なおI-112表は,法務総合研究所で行なった全国少年院出院者の三年間にわたる成行調査の結果から,施設収容をもって再犯とみなした場合の,知能段階別の人員と再犯人員および再犯率を示したものである。これをみると,知能指数の低い者の再犯率が,知能の正常な者や優秀な者よりもむしろ低いことがわかる。

I-111表 犯罪少年および精神薄弱犯罪少年の再犯率

I-112表 少年院出院者の知能段階別人員と再犯率

 これらの事実は,一面において,知能の欠陥が再犯にとってそれほど重要な意味をもたないことを示すとともに,精神薄弱非行者に対する矯正や保護の努力が,ある程度効果をあげでいることを物語るものではなかろうか。医療少年院などの実際の処遇経験から,精神薄弱者はその精神的ハンデイキャツプにもかかわらず,治療矯正が一般の犯罪者よりむしろ容易であり,より多くの効果を期待できることが報告されている。このことは,将来の精神薄弱犯罪者の対策に希望を与えるものである。しかしながら,精神薄弱犯罪者に対する対策は,その不適応性を早期に発見して,適切な専門的処遇を施し,犯罪の発生や習慣化を未然に防止することでなければならない。たとえ非行性の精神薄弱でも,処遇が早期に行なわれるならば,社会福祉的な施設への収容によっても処遇のみならずその改善も可能である。そのためには,専門の収容施設をもっと拡充し,その収容が長期にわたることが必要であろう。
 非行性のすすんでいる者については,矯正施設に送ることもやむをえない。しかしその場合には,精神薄弱の専門施設を他の一般施設から分離し,あるいは施設内で分類処遇を施すことが肝要である。わが国では,戦後,医療少年院や医療刑務所をもうけて,これに比較的重症の精神薄弱を収容して,専門的な処遇を施してきた。比較的軽度の精神薄弱については,一般施設の中から二,三の専門施設を分化させているが,まだまだ施設の専門化ないし分化は十分とはいえないし,専門施設に相当しないようなケースが少なからず送致されてきている。たとえば,精神薄弱の専門施設として発足した東京医療少年院の,収容開始以来昭和三六年までの一三年間の収容者の診断名をみると,総員一,九九一人のうち精神薄弱は一,四三三人で七二%にあたる。その次に多いのは精神病質または精神病質傾向のもので二一七人(一一%)である。そのほか精神病(六%),てんかん(五%),脳疾患後遺症(三%)等もみられ,正常者二九名,聾唖者一八名などが注目される。
 最後に,精神薄弱犯罪者の中で刑事政策上注意しなければならないのは,精神病質の合併した者である。彼等の施設内での処遇は困難な場合が多く,社会的予後はきわめて不良で,再犯危険性が高い。このような精神薄弱者に対しては,保安処分的な措置を講ずることが適当であろう。