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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第六章/六 

六 精神病と犯罪

 一般の犯罪者の中に,どれ位精神病患者がいるかは明らかでない。少年鑑別所ないし少年院,または刑務所に収容されている者の中での精神病の割合は,ある程度正確に把握されているが,それをもとにして,一般犯罪者の中の割合を推定することは容易でない。
 昭和二六年に,法務省矯正局から全国の矯正施設に照会して精神病者の実態を調査させ,これを整理した結果によると,精神病者の割合は,少年鑑別所では男子の〇・九%,女子の一・七%,少年院では男子の〇・六%,女子の〇・八%で,いずれも少年鑑別所の方が高い。しかし,その比率は高々二%にすぎない。また,被告人の男子では〇・一四%,女子では〇・八一%,受刑者の男子では〇・一八%,女子では〇・九二%で,一般に女子に高いが,それでも一%にみたない。
 ここで,精神病の出現率が少年院より少年鑑別所に高いことと,被告人より受刑者に高いことは,一見矛盾しているように見受けられる。しかし,これは,少年鑑別所で発見された精神病の一部が一般の精神病院に送られ,保護処分にならないのに対し,受刑者の場合には,刑務所に送られて病気が発見されるか,あるいはそこで発病する場合が比較的多い事実によって十分説明されるとおもう。なお法務省矯正局の調べによると,昭和三五年に全国の少年鑑別所で診断された精神病者の割合は〇・七%かそれ以下であり,昭和三六年一二月二五日現在における全国少年院および全国刑務所における割合は,それぞれ一%および〇・六%で,昭和二六年の報告より若干増加しているようである。
 I-118表およびI-119表は,これら法務省矯正局の全国統計のほかに,種々の非行少年や犯罪者に対して,犯罪精神医学の専門家の行なった調査研究の成績を整理したもので,精神病の発現率は,調査対象によってはかなり高くなっている。少年院収容者の場合,精神病者は医療少年院に送られるか,一般の精神病院に送られることになっているので,普通の少年院にはみられないはずなのに,それでも一%から三%近くみられ,少年鑑別所では五%から六%に及んでいる。一般の受刑者の中の精神病の割合は,おおよそ一%前後であるが,受刑者の数が多いので,その実数は大きものである。ことに殺人犯や初犯の老人受刑者には二〇%またはそれ以上の高率の精神病者が報告されているのは注目しなければならない。老人受刑者の場合,大部分は脳動脈硬化症や老年性の精神病である。

I-118表 非行少年中の精神病の割合

I-119表 各種犯罪者中の精神病の割合

 さきに述べた昭和二六年の全国矯正施設内の精神病実態調査によれば,報告された精神病のうちで一番数の多いのが精神分裂病で,刑務所では四二%,少年院や少年鑑別所でも四四%に及んでいる。次は「てんかん」で,刑務所では三四%,少年院や少年鑑別所でも三一%である。その他の精神病としては,刑務所では拘禁性精神病,繰うつ病,老人性精神病,梅毒性精神病,中毒性精神病などがあげられ,いずれも一〇%以下である。少年院や少年鑑別所でも拘禁性精神病,繰うつ病,中毒性精神病などいずれも六%以下で,成人特有の精神病を除けば,その分布はよく似ている。
 I-120表は,全国の地方検察庁から法務総合研究所に集められた六一一の精神鑑定例を精神診断別に整理したものである。これをみても精神分裂病が圧倒的に多く,アルコール,覚せい剤,麻薬などの中毒性精神病がこれに次いでいる。てんかん,繰うつ病,進行麻痺などの精神病はそれほど多くなく,老人性精神病には,初老期のうつ病が,一,二例みられる程度にすぎない。

I-120表 精神鑑定例の診断名別人員と百分率

 この鑑定例のうち,精神薄弱と精神病質の犯罪の特徴については,それぞれのくだりで述べたが,精神分裂病以下の精神病と罪種の関係を示したのがI-121表である。この場合,いくつわの罪種を合併するものについては,その重いのをとった。精神鑑定例だけに,殺人犯が圧倒的に多く,放火犯がこれに次いでいる。ただ,アルコール酩酊や覚せい剤中毒には放火犯が多いが,これらについては,別に項をあらためて述べたい。

I-121表 精神病診断名(精神鑑定例)別・被疑事件名別人員

 精神病で犯罪を行なったものについては,まず精神病に対して治療ないし看護の手をさしのべなければならない。この治療ないし看護は,疾病の種類によっては普通の精神病院でも可能であるが,一般的にいって,治療機能と拘禁機能を兼ね備えた施設が必要で,刑事政策と精神衛生対策が円滑に協力しあうべき重要な領域である。欧米では,それぞれ国情に応じた施設が発達しており,ヨーロッパでは一般または司法精神病院への収容,治療または看護施設への収容,中毒者のための治療ないし脱慣施設への収容などが行なわれている。アメリカでは州によって様式がことなり,一般の精神病院に分隔して収容するところ,医療刑務所に送るところ,独立の犯罪精神病院をもうけているところなどがある。
 わが国におけるこの方面の発達は,欧米にくらべてかなりの遜色があり,医療少年院や医療刑務所をもうけて,かろうじて盲点をカバーしているにすぎない現況である。ことに最近のわが国の精神病院では,開放処遇を強調するあまり,閉鎖処遇を必要とする犯罪性の精神障害者の入院をよろこばない風潮があるのは問題であろう。ちなみに,わが国の代表的な医療刊務所である八王子医療刑務所に,昭和三二年以降五年間に送られた精神病者は,二八五名で,年間平均五七名にすぎない。その内訳をみると,やはり精神分裂病が多く,五〇%に及んでおり,その他の精神病は,いずれも一〇%以下である。医療刑務所としては,ほかに城野医療刑務所があるが,二つの専門施設だけでは,全国の刑務所で三〇〇人をこえる精神病者はまかないきれない。この種専門施設の拡充が望まれるゆえんである。