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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第二章/二/2 

2 暴力犯罪

 さきに掲げたI-15表によって明らわなように,暴力犯罪は,昭和二三年には比較的少なかったが,その後大幅に増加している。暴力犯罪の総検挙人員に対する比率は,昭和二三年の一三・五%に対して昭和三五年は三一・五%と二倍強の増加となっている。もっとも,暴力犯罪は昭和三三年を頂点として昭和三四,三五年にはある程度減少をみせている。もし実際の犯罪がこの統計の示すように減少し,この傾向が今後もつづくとすれば,好ましい状態に向かっているといえるであろう。
 暴力犯罪を罪名別にみると,傷害が昭和三五年には八三,四四九人と最も多く,これに次ぐものは,暴行の三八,四四五人,恐喝の二五,二六八人である。これにつづくものは,強姦の八,〇八〇人,毀棄の六,三六五人,強盗の五,五六〇人,脅迫の四,三八八人であるが,前三者に比して著しくその数は少ない。これらの罪種は,恐喝を除いて,いずれも,昭和三一年以降増加をみせ,昭和三三年または昭和三四年にピークを示し,それ以後は若干減少しているが,恐喝は昭和二八年以降増加の一途をたどってしいる。このように暴力犯罪の一般的な減少がそのとおりの現実をうかがわせているものとすれば,犯罪傾向として好ましいこととしなければならないが,昭和三五年の統計をみるうえで注意しなければならないのは,この年には警察力の相当大きな部分を大衆示威運動と労働争議の取締のために注入しているということである。この大衆示威運動とは,同年五,六月を中心として展開された安保改定阻止のための闘争である。このため東京ではしばしば数万人にのぼるデモ行進が行なわれ,これが国会乱入その他の刑事事件をまき起こしたために,その警備,検挙等のために多数の警察官が動員された。また,労働争議とは,三池炭鉱において労働運動史上例をみないほどの大規模のストライキが行なわれ,これに違法行為が随伴したために,警察官約一万名が警備のために配置されたことである。このように多数の警察官が一つの事件に投入されると,一般の刑事事件の検挙力に影響を及ぼすおそれがあり,その影響はとくに比較的軽微な事件等に対して大きいとおもわれている(この点の詳細は,犯罪白書昭和三五年度版三頁,一三頁,二七頁参照)。右のような事件の発生が暴力犯罪の検挙力にどの程度に影響したかは明らかではないが,このことを一応考慮に入れて暴力犯罪が昭和三五年に減少したことをながめる必要があろう。
 なお,暴力犯罪に関連して注意を要することは,暴力団,愚連隊等組織を背景としたものの犯罪が増加したことである。警察統計によって,これらの暴力団関係の検挙人員をみると,I-18表にみるように,昭和三五年には五六,七八〇人と前年より増加をみせていることである。この統計には暴力犯罪に限らず,窃盗,詐欺等の財産犯罪をも含んでいるが,その約八割は暴力犯罪によって検挙されたものである。したがって,暴力団関係の犯罪を重視する限りにおいては,暴力犯罪の傾向は必ずしも楽観を許さないものがあるといえよう。
 次に罪種別に検挙人員の多い暴力犯罪について考察を試みることにする。

I-18表 暴力団関係検挙人員(昭和30〜35年)

 まず,傷害と暴行は,数的に最も多いため,暴力犯罪全体の動きに大きな影響を与えているが,その推移をみると,昭和二三年にはきわめて低い水準にあったが,その後激増したものである。そして,傷害は昭和三三年を,暴行は昭和三四年をピークとして,それぞれその後は減少をみせている。元来,傷害と暴行とは,一般的に国民の体力に余裕のあのるときに多く行なわれ,また,飲酒に関連して発生する場合が多いといわれている。昭和二三年当時には食糧の不足により国民の体力は低下し,酒類は手に入りにくかったわら,この種の犯罪は少なかったものと考えられる。また,傷害と暴行には比較的軽微な事案が少なくなく,他に重要た犯罪が多数発生しているときにに,検挙がおくれるかまたは未検挙におわるものを生じがちである。昭和二三年当時には,強盗とか大規模な窃盗等が相次いで発生していたので,軽微な傷害,暴行にまで検挙の手が延ばされなかったとも考えられる。その後傷害と暴行が急激に増加し,昭和三一年以降高い水準にあるということは,経済事情が好転し,酒類も豊富となったほか,検挙も十分に行なわれるようになったことも考慮ざれなければならない。
 恐喝は,昭和三一年以降年とともに増加し,昭和三五年は二五,二六八人と戦径の最高を示している。元来,恐喝は,検挙の比較的困難な犯罪で”あって,とくに暴力団関係の恐喝は,被害者が後難をおそれて被害の申告を渋り勝ちであるため,統計面では暗数が少なくないといわれている。したがって,この統計が実際の犯罪数をどの程度に示すかは疑問があるが,他の暴力犯罪の傾向に反して昭和三五年にも増加を示していることは注目されなければならない。
 強姦は,昭和三三年をピークとして減少傾向にあり,昭和三五年は八,〇八〇人であるが,これを昭和二三年の検挙人員一,七七三人と比較すると,なお約五倍弱にあたる。昭和三三年以降に強姦の検挙人員が高い水準にあることの一因として,輪姦を非親告罪とした昭和三三年の刑法の一部改正(刑法一八〇条二項)が考えられるが,この改正によって果たしてどの程度に増加をみたものか統計上は明らかにできない。
 強盗は,他の暴力犯罪の罪種と異なり,昭和二三年の一三,五八八人に対して,昭和三五年は五,五六〇人で,きわめて低い水準にある。これは,強盗が暴力犯罪であるとともに財産犯罪的性格を有するためって,窃盗と同様に経済的に窮乏したときに増加する傾向をもつわらである。もっとも,強盗のなかには,強盗傷人のような凶悪な強盗があり,この種の凶悪強盗が減少傾向をみせていない点は,注意を要するところである。