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 昭和55年版 犯罪白書 第1編/第2章/第1節/6 

6 麻薬事犯の動向

 我が国の薬物犯罪は,覚せい剤の濫用が主体になっているが,大麻の濫用も軽視することができない。大麻取締法違反の検挙人員は,前記I-35表のとおり,最近5年間で44.6%増加している。
 大麻(マリファナ,ハシッシ等)の薬理作用の危険性については見解の相違があるが,大麻が幻覚剤系の麻薬として,「多幸感」(euphoria)や内省的夢想の経験を与えるとともに,その濫用は,幻視・幻聴のような精神異常的経験を引き起こし,また,学習・記憶・知的能力・運転操作などの「精神運動性」(psychomotor)上の能力を阻害するため,特に,青少年に有害であることは一般に承認されている。また,欧米の最近の麻薬事情で持続的な拡大傾向を示している「多重薬物濫用」(multiple drug abuse)において,大麻は,ヘロイン,幻覚剤又は催眠剤とともに濫用される麻薬として,基本的な役割を果たしている。大麻濫用は欧米でも.厳しく規制されており,押収量・検挙人員において大きな比重を占めている。このような欧米先進諸国の麻薬事情から見ると,我が国の最近の大麻事犯の増大傾向は,危険な徴候を示しているように思われる。
 LSDその他の幻覚剤(メスカリン,サイロサイビン等)は,攻撃的・暴力的行動を誘発して自傷・他害行為を引き起こし,精神分裂病ようの症状をもたらし,精神機能を崩壊させる危険な薬物と言如れているが,この危険な薬物の濫用がアメリカにおいて特に著しく,LSD等の幻覚剤を使用した経験をもつ青少年が年間数百万人に達すると言われ(前記国連報告書。なお,前記司法省麻薬局の報告書によれば,1971年においてLSDその他の幻覚剤を1回以上使用した者は約500万人,大学生で122万人,高校以下では9ないし12学年で118万人,7,8学年で16万人と推計されている。),また,欧州諸国においてもLSDの濫用が拡大していることは,欧米の麻薬事情の深刻さをよく現している。我が国では,LSDの濫用は,前記のような押収量・検挙人員から見ると,いまだ大きな問題にはなっていないように見えるが,その危険性にかんがみ,今後の動向には警戒の必要があろう。
 また,麻薬等の薬物には属さないが,シンナー,接着剤等の有機溶剤の濫用事犯(毒物及び劇物取締法違反)が激増している。シンナー等の濫用が規制された昭和47年から54年までの8年間について,同法違反の送致人員の推移を見ると,I-10図のとおり,8年間に14倍に激増して,54年には2万9,228人に達している。この事犯は少年の占める比率が高く,54年において79.1%(2万3,107人)であり,警察補導人員は,送致人員を含めて4万433人である。

I-10図 毒物及び劇物取締法違反の送致人員の推移

 有機溶剤は,麻薬・覚せい剤と違って,日常生活の中で容易に入手できる上,その揮発蒸気の吸引によって酩酊状態が生じ,しばしば幻視や陶酔感をもたらす妬め,特に青少年によって濫用され易いが,強い中枢神経抑制作用を有する有機溶剤の蒸気を過度に吸入すれば死の危険が生じ,長期間の濫用は,肝臓・腎臓又は協調運動等の機能障害,あるいは精神分裂病に似た症状を惹起させ,また,酩酊状態下の犯罪を誘発するなど,個人的・社会的に極めて有害と言われている。昭和54年において,シンナー等による死者は,濫用死34人,自殺11人(警察庁調べ)の計45人に及んでいる。