前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和55年版 犯罪白書 第1編/第2章/第1節/5 

5 覚せい剤事犯の対策

 覚せい剤濫用の習癖を根絶することは,極めて困難とされている。それは,覚せい剤濫用の強い精神的依存性のため,入院又は拘禁刑によって覚せい剤の使用が強制的に中止されても,社会に復帰して覚せい剤が入手できる環境に戻ると,再び薬物に手を出す者が多く,特に覚せい剤濫用は,パーソナリティの障害,逸脱的な価値観,崩壊した家庭環境,犯罪・非行集団との接触などの心理的・社会的要因と密接な関係があるため覚せい剤濫用者の社会内治療又は処遇は容易でなく,覚せい剤の供給がある限り,再発又は再犯の可能性が極めて大であるからである。
 我が国の場合,覚せい剤濫用者に対する懲役刑の執行猶予率は,I-41表のとおり,昭和52年から低下して53年では54.4%になり,裁量的保護観察人員の執行猶予人員中に占める比率も51年から上昇傾向にあって53年では18.5%である。法務省のコンピュ‐タによっては握されている前科者に関する犯歴データに基づいて,法務総合研究所が追跡調査した覚せい剤事犯の執行猶予取消率は,51年の執行猶予言渡人員について25.1%であり,同年の全犯罪の執行猶予人員についての取消率13.0%の2倍に近く(いずれも執行猶予期間未経過の者を含む。),覚せい剤事犯の執行猶予者の再犯率がかなり高いことを示している。覚せい剤事犯の危険な反社会性,これに相応する刑事責任の重さ,社会内処遇の困難性と再犯率の高さ,覚せい剤濫用者の強制的な隔離による使用禁絶の必要性などから見て,覚せい剤濫用者に対する執行猶予の運用にはなお検討を要するものがあるように思われる。更に,より広い社会的見地からは,覚せい剤濫用の有害性について,全国民的な認識と対応が望まれる。

I-41表 覚せい剤事犯通常第一審懲役言渡人員中の執行猶予人員