前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和36年版 犯罪白書 第二編/第一章/二/4 

4 執行猶予の取消

 執行猶予制度は,その感銘力に訴えて犯人に改善更生の途につかせる契機を与え,必要としない刑罰の執行をできるだけ避けようとする点に意義があるといわれているから,執行猶予者がその猶予期間内にさらに犯罪を犯すことは,好ましくないこととしなければならない。そして,もし,再犯を犯す比率が高いとすれば,その原因を探究し,それを除去するようにつとめなければならない。
 II-19表は,昭和三三年と昭和三四年の両年度につき,検察官が刑法犯準刑法犯について起訴および起訴猶予処分に付した総人員のうち,刑の執行猶予中のものがどれだけあったかをみたものである。これによると,昭和三三年には総人員の三・五%にあたる一五,二八四人,昭和三四年には総人員の三・一%にあたる一三,九〇八人が,それぞれ執行猶予中のものであって,このうち,昭和三三年には,その七一・九%にあたるものが起訴され,昭和三四年には,その七四・〇%にあたるものが起訴されているのである。すなわち,執行猶予中の者が再犯を犯した場合の起訴率は七一%ないし七四%と起訴率は一般の場合より高率である。また,起訴されたものの総数のうち,執行猶予中のものがどれだけあったかをみると,昭和三三年には四・三%,昭和三四年には三・九%となっている。

II-19表 起訴または起訴猶予人員中の「刑の執行猶予中の者」の数と百分率等(昭和33,34年)

 執行猶予中の者が再犯を犯し,刑罰を科せられた場合には,執行猶予が取り消されることがある。執行猶予の取消は,執行猶予者が再犯を犯し,刑罰を科せられたときに,すべて行なわれるとは限らないし,また,執行猶予の取消の数が多いからといって,ただちに執行猶予の運用が適正でないと速断することはできないが,執行猶予の取消率は,その運用の適否をみる一つのメルクマールとして意味があるといえよう。
 II-20表は,最近の五年間につき,刑法犯と特別法犯とに分け,執行猶予の確定総人員,執行猶予の取消を受けた人員,その取消の事由,取消率をみたものである。ここで取消率というのは,ある年度において執行猶予に付された者の総数で,その年度における執行猶予を取り消された者の数を除した値であるから,正確な意味では取消率ということはできないかも知れないが,取消率の大体の傾向をこれによって推知することができるであろう。これによると,刑法犯特別法犯を含めたものでは,執行猶予確定人員のほぼ一七%にあたるものが取消を受けており,これを刑法犯についてみると,ほぼその一九%が取り消されており,また,特別法犯では,ほぼその五%が取り消されている。刑法犯が特別法犯よりいちじるしく取消率が高いことが注目されるのである。

II-20表 刑法犯・特別法犯の執行猶予の確定・取消・取消事由別人員(昭和30〜34年)

 さらに,取消がどの事由によって行なわれたかをみると,その約九七%までが,刑法第二六条一号による必要的取消,すなわち,「猶予ノ期間内更ニ罪ヲ犯シ禁錮以上ノ刑ニ処セラレ其刑ニ付執行猶予ノ言渡ナキトキ」である。この場合には,必ず執行猶予を取り消さなければならないとされているが,これに反して,執行猶予を取り消すかどうか裁判所の裁量にゆだねている場合,すなわち,刑法第二六条の二にあたる場合として取り消されたものは,〇・三%(昭和三四年)にすぎないのである。このように,執行猶予を取り消すかどうか裁量にゆだねられている場合が低率であるのは,そのような事由(たとえば,猶予の期間内にさらに犯罪を犯して罰金刑に処せられたとき)が実質的に少ないためではなく,これに該当する場合は少なくないが,ただ,検察官が取消の請求をしないことが多く,かつ,裁判官も仮に取消の請求がなされたとしても,これを許さないことが少なくないためと思われる。
 また,執行猶予期間中に再犯を犯したとしても,その再犯についての有罪判決が右の猶予期間内に確定しなければ,執行猶予の取消の事由とならないとされているから,控訴,上告等の方法によりその確定をながびかせることによって,執行猶予の取消を免れる場合が少なくないことを指摘することができよう。