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1 戦前・戦後の推移 生命・身体犯の動向を探るため,代表的な殺人及び傷害の罪について,戦前からの推移を統計的に概観する。
I-11図及びI-57表は,昭和元年(大正15年)から50年までの半世紀における殺人及び傷害の発生件数の推移を示したものである。 I-11図 殺人・傷害発生件数の推移(昭和元年〜50年) I-57表 殺人・傷害発生件数の推移(昭和元年,5年,10年,15年,20年,26年〜45年,50年) まず,殺人発生件数について見ると,戦前では,昭和5年から増加し始め,7年には2,246件を数えてそのピークに達した。その後は減少して,20年には689件となっている。戦後は,終戦を境として急激な増加を見せ,29年には2,738件にまで達した。この間の9年間に約4倍に増加したことになる。同年をピークとして,その後は若干の起伏を示しながらも,全体としては減少傾向にある。しかし,最近数年間は1,800件前後で,横ばい状態が続いており,50年には前年より若干増加している。殺人の今後の動向には注意を要するものがある。次に,傷害発生件数について見ると,殺人とほぼ同様の推移をたどっている。すなわち,戦前では,昭和初期に若干の増加があり,10年には2万8,918件を数えてそのピークに達した。その後は減少して,20年には4,254件となっている。戦後は,同じく終戦を境として急激な増加を見せ,33年には20年の約17倍に相当する7万3,639件に達した。その後若干の起伏を示しながらも減少を続け,50年には3万3,889件となっている。 このような動向を人口比で見ると,その実態がより明白になる。昭和50年の我が国の総人口は約1億1,193万4,000人で,元年の約6,074万1,000人に比べ約2倍近くに増加している。人口10万人当たりの殺人発生件数を見ると,元年のそれが3.4であるのに対し,50年のそれは1.7であり,減少が著しい。傷害発生件数の人口比は,元年の37.4に対し,50年は30.3となっている。 昭和初期における生命・身体犯の増加は,9年ころをピークとする全般的な犯罪の増加現象の一環をなすものであり,当時の経済不況とともに発生した深刻な社会不安を背景とするものである。戦時期におけるこの種犯罪の減少は,従来の犯罪学説の指摘するところを裏付けている。戦後におけるこの種犯罪の増加は,敗戦によってもたらされた社会情勢の混乱を反映したものと考えられるが,その増加はかなり長期間にわたっており,治安の回復が必ずしも経済の復興と同時並行するものではないことを示している。30年代初期以降における長期的な減少傾向がいかなる要因に基づくものであるかを明らかにするためには,更に詳細な分析と研究に待たなければならないが,その背景には,生活の安定,社会秩序の確立,社会統制機構としての刑事司法の機能の充実・強化などの情勢の変化があり,これらが直接,間接に影響を及ぼしたものと見ることができよう。 この種犯罪の戦後の推移を本編第3章で検討する財産犯と対比して見ると,窃盗は,昭和23年にピークに達し,その後経済の復興に伴って減少しているが,殺人と傷害は,逆に30年代の経済復興期にかけて急増しており,相互に異なった変動の形態を示している。これは,窃盗などの財産犯がその時の経済状態に直接影響を受けやすいのに対し,殺人や傷害等の犯罪については,それ以外の社会秩序,法秩序の安定度などの社会的要因が犯罪の発生を左右する重要な要素となっていることを示すものであろう。 |