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 昭和46年版 犯罪白書 第三編/第二章/二/2 

2 交通犯罪の裁判

 検察官が公訴を提起した業務上(重)過失致死傷事件のうち,第一審で有罪の裁判があったものの総数と,その科刑の状況をみたのが,III-117表である。これによると,自動車事故事件の激増を反映して,業務上(重)過失致死傷罪によって有罪の裁判を受ける者も逐年増加し,昭和四四年は約四四万人と,前年に比して,五万人以上の増加をみている。有罪裁判のうち,自由刑に処せられる者の割合はやや減少の傾向にあって,昭和四四年には総数の二・四%にとどまっているが,その実数は,昭和三四年の一,二三三人から,昭和四四年の一〇,五七六人と大幅な増加を示し,これに伴って,実刑に処せられる者も,昭和三四年の三〇三人から昭和四四年の三,五八〇人と一〇倍以上の急激な増加をみせている。懲役刑は,昭和四三年五月の「刑法の一部を改正する法律」(同年六月一〇日施行)によって,業務上(重)過失致死傷罪の法定刑に,新たに加えられたものであるが,昭和四四年には一,九三九人が懲役刑の言い渡しを受け,その実刑率は,五三・八%で,禁錮刑の最近の実刑率がおおむね三〇%前後であるのに比して,かなりの高率を示している。

III-117表 業務上(重)過失致死傷第一審科刑状況(昭和34,40〜44年)

 次のIII-118表は,昭和四三年と四四年に,第一審で自由刑を言い渡された業務上過失傷害,同致死,重過失致死傷事件について,その刑期等をみたものである。まず,業務上過失傷害についてみると,昭和四四年に自由刑を言い渡された者は,五,三三五人で前年より七六七人増加し,その二四・六%にあたる一,三一五人に対し,実刑率五〇・二%の懲役刑が言い渡され,禁錮刑に処せられた者は,七五・四%にあたる四,〇二〇人で,その実刑率は三〇・八%となっている。刑期分布では,懲役,禁錮とも六月以上一年未満の者が最も多く,懲役刑で六九・二%,禁錮刑で七四・四%の者がこの刑期であり,三年をこえる者は,禁錮刑に処せられた三人にすぎない。次に,業務上過失致死をみると,傷害事件に比べて禁錮刑の言い渡しを受けた者の割合が高く,昭和四四年では八九・二%であるが,禁錮刑の実刑率は,傷害事件のそれよりやや低くなっている。また,禁錮刑の刑期は,六月以上一年未満の者が最も多いが,一年以上の刑に処せられた者の占める比率では,傷害事件のそれを上回っている。一方,業務上過失致死により,懲役刑に処せられた者の数は,昭和四四年には五三四人と,総数の一〇・八%にとどまっているが,懲役刑の実刑率は六二・〇%とかなり高い比率となっている。この五三四人の刑期分布をみると,一年以上二年未満が三五四人(六五・二%)と最も多く,六月以上一年未満が一二五人(二三・〇%)とこれに次いでいるが,一年以上の刑に処せられた者の割合は七四・四%で,前記実刑率とともに,禁錮刑に処せられる場合より,厳しい量刑がなされていることがわかる。次に,重過失致死傷についてみると,昭和四四年の自由刑言い渡し総数は,前年よりわずかに増加し,懲役刑の実刑率が五七・八%,禁錮刑のそれが三六・四%となっている。

III-118表 業務上(重)過失致死傷通常第一審科刑状況(昭和43,44年)

 次に,昭和三五年および最近五年間に,簡易裁判所から略式命令を受けた業務上過失致死傷事件について,傷害,致死別にそれぞれ罰金額の分布をみると,III-119表[1][2]のとおりである。これによると,略式命令の罰金額は,逐年高額のものの占める割合が増加する傾向を示し,業務上過失傷害事件においては,昭和三五年に総数の三・六%を占めるにすぎなかった三万円以上五万円以下の罰金刑が,昭和四四年には,二〇・〇%にあたる八三,九二三人となり,業務上過失致死事件においては,三万円未満の罰金に処せられた者の割合は,昭和三五年には,総数の三〇・九%であったものが,昭和四四年には,六・一%と減少している。

。III-119表 略式命令を受けた者の罰金額分布(昭和35,40〜44年)

 ところで,法務総合研究所は,自動車事故事件について,最近の傾向をみるために,昭和四五年一〇月から一二月までの三か月間に,東京,横浜,水戸,静岡,甲府,大阪,京都,神戸,奈良,名古屋,津,富山,広島,山口,鳥取,福岡,長崎,宮崎,仙台,福島,山形,札幌,釧路,高松,松山の二五地方裁判所において,有罪判決の言い渡しのあった自動車による業務上(重)過失致死傷事件(ただし,先に記した「刑法の一部を改正する法律」の施行前である昭和四三年六月九日以前に発生した事件,および自動車による業務上(重)過失致死傷事件であっても,これと同一の機会に犯した道路交通法違反以外の事件と併合審理されたものを含まない。)につき,科刑,事故の態様,被告人の情状等を調査した。その結果,該当する事例の被告人数は,合計一,四五九人で,そのうちから罰金刑に処せられた七人を除く一,四五二人について,科刑の状況をみたのが,III-120表である。これによると,総数の二〇・二%にあたる二九四人が懲役刑に処せられており,その実刑率は五六・一%,一年未満の刑に処せられた者二一一人の占める割合は七一・八%となっている。一方,禁錮刑は,一,一五八人で,総数の七九・八%にのぼるが,実刑率は懲役刑よりも低く三八・三%,刑期一年未満九六四人の占める割合は八三・二%である。

III-120表 科刑の刑期別分布と実刑率(昭和45年10〜12月)

 次に,調査の対象となった事件の,判決罪名別実刑率をみると,III-121表のとおりである。同表のうち,事例数の少ない重過失致死を除く四罪名について,実刑率をみると,懲役刑では,二九・四%ないし七六・五%,禁錮刑では,三五・七%ないし五三・五%,自由刑全体では,四〇・一%ないし五五・一%となっている。このように,罪名によって,実刑率にかなりの高低があるとともに,また,同一罪名であっても,言い渡された刑の種類によって,相互の実刑率に相当大きな開きがみられ,業務上過失致死にあっては,懲役と禁錮の実刑率の差は三七・五%である。なお,重過失傷害を除く三罪名では,いずれも懲役の実刑率が禁錮のそれを上回っている。

III-121表 判決罪名別実刑率(昭和45年10〜12月)

 ところで,裁判官は,刑の量定にあたって,業務上(重)過失致死傷事件の特殊性から,被害の程度,過失の態様,被害者または第三者の過失の有無,示談の成否などを,特に重要な量刑要因として考えているものと思われる。そこで,以下,これら要因と科刑との関係を,順次みて行くこととしたい。まず,調査対象のうち,業務上(重)過失傷害事件の被告人一,〇〇五人について,治療期間に応じた被害の程度別にみた科刑の状況を,業務上(重)過失致死中,被害者の死亡が一名であった事件の被告人三一五人の科刑状況とともに示すと,III-122表[1][2]のとおりである。同表[1]について,懲役刑の科刑状況をみると,刑期は,おおむね,被害の程度が重くなるにしたがって,より長い刑期を科せられた者の占める比率が増加する形で分布している。すなわち,それぞれの人員数のうち,懲役六月以上の刑に処せられた者の割合は,被害者の負傷の程度が治療一か月未満で六八・〇%,治療一か月以上二か月以下の事案で七七・三%,治療二か月をこえ六か月以下の事案で九八・五%,治療六か月をこえる事案および死亡被害者一名の事案で一〇〇・〇%となっている。また,総数の実刑率は,死亡一名の事案が最も高く,七八・一%であるが,傷害事件の実刑率をみると,刑期の分布とはその趣きを異にして,被害程度の軽重に応じた分布を示さず,むしろ,傷害事件全体を通じて四九・三%ないし五七・七%と,比較的近似した比率を示している。なお,死亡一名の事案にみられるように,被害結果が同一の場合であっても,刑期の長い者と短い者の間にかなりの隔たりがあり,かつ,これに実刑と執行猶予の区分を加味した科刑の幅は,一層大きなものとなっているが,これはいうまでもなく,刑の量定が被害の結果のみによって決定されるものではなく,数多くの量刑要因によって決定されることによるものである。

III-122表 被害の程度別科刑の分布(昭和45年10〜12月)

 次に,III-122表[2]によって,禁錮刑の科刑状況をみると,刑期の分布は,懲役刑の場合とほぼ同様の形態を示し,各人員数における,禁錮六月以上に処せられた者の構成比は,治療一か月未満が六七・二%,治療一か月以上二か月以下が八〇・三%,治療二か月をこえ六か月以下が八七・八%,治療六か月をこえ一年以下が九五・九%,治療一年をこえる事案が九八・四%,死亡被害者一名の事案が九七・九%となっている。さらに,禁錮刑の総数における実刑率も,刑期の場合と同じく,被害程度の軽い事案から,より重い事案となるにしたがって,その比率が二八・四%,三五・五%,三六・五%,,三六・七%,四三・五%,三八・二%と,おおむね,高くなる傾向を示している。
 次のIII-123表は,過失の態様別に刑種別実刑率をみたものであるが,これによると,禁錮刑に処せられた者では,酒酔い,無免許,高速度違反のいわゆる交通三悪のいずれか一つ以上ある者の実刑率は,いずれも,それらのない「その他」の実刑率を上回っているが,懲役刑では,必ずしも同様の傾向はみられない。これは,懲役刑の「その他」に,結果の重大な事故事件が含まれているためである。また,酒酔い,無免許および高速度違反を含む事犯では,事例が少ない場合を除き,おおむね,懲役刑と禁錮刑の実刑率が近似していることがみられる。

III-123表 過失の態様別・刑種別実刑率(昭和45年10〜12月)

 次のIII-124表は,被害時における被害者の態様を,歩行中・自転車運転中,自動車運転中,自動車同乗中と分けたうえで,被害者の過失の有無および被告人,被害者以外の第三者の過失の有無別に,実刑率をみたものである。これによると,いずれの場合にも,被害者または第三者に過失のない場合の実刑率は,過失のある場合の実刑率を上回っており,特に,被害者が自動車運転中で過失がある場合や第三者に過失がある場合と,それぞれに過失がない場合との実刑率の差は,二〇%以上となっている。

III-124表 被害者および第三者の過失の有無別実刑率(昭和45年10〜12月)

 次のIII-125表は,事故後の状況として,量刑要因とされる示談について,示談の状況別に実刑率を示したものであるが,懲役,禁錮とも,示談が成立した者の実刑率は,示談成立の見込みのない者や判決当時示談交渉中の者の実刑率より低くなっている。このように,III-125表の実刑率は,示談の成立が被告人に有利に作用する場合のあることを示しているが,その反面,示談が成立した場合でも,懲役では五二・七%の一〇六人,禁錮では三二・一%の二五〇人が実刑に処せられていることを見のがしてはならない。

III-125表 示談の状況別実刑率(昭和45年10〜12月)

 すでに記したように,業務上(重)過失致死傷罪(刑法第二一一条)の法定刑に,懲役刑が加えられたのは,昭和四三年の「刑法の一部を改正する法律」によるのであって,この法改正は,業務上(重)過失致死傷の事犯中,過失犯ではあるが,主として,最近の交通事件にみられる悪質重大な事犯に対応するための立法であった。なお,従来から,ひき逃げを伴うなどの理由によって,法律上,懲役刑を科せられたものがあるので,これも含めて,懲役刑の運用状況を概観するため,調査対象のうち,懲役刑の言い渡しを受けた二九四人について,量刑の要因別にみると,III-126表のとおりである。これによれば,ひき逃げの要因を含むものは,総数の四六・九%にあたる一三八人であって,ひき逃げを伴わないものが五三・一%に当たる一五六人となっている。この一五六人のうち,九一・七%に当たる一四三人は,酒酔い,無免許,高速度違反のいずれか一つ以上を含むもので,悪質重大な事犯に懲役刑が適用されていることがわかる。

III-126表 懲役言渡し事件の過失等内容別構成比(昭和45年10〜12月)