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 昭和46年版 犯罪白書 第一編/第二章/八/2 

2 公害に対する刑罰の規制

 このように,各地において生じている公害に対し,現行刑法上,適用しうる規定としては,一応,第二一一条(業務上過失致死傷罪)のほか,第一一八条(ガス漏出罪),第一四二条ないし第一四六条(飲料水に関する罪)等が考えられる。しかし,業務上過失致死傷以外の規定は,故意犯のみを処罰の対象として,適用範囲も狭く,公害の実態に即応しうるものでなく,また,業務上過失致死傷罪も,今日の公害現象を予期して設けられたものではないため,死傷の結果発生を要件とし,同罪が成立する場合においても,過失のあった個々の行為者を処罰しうるにとどまり,公害を発生させた実質的な責任者である法人等の事業主に対して刑罰を科しえないこととなっている等種々問題があった。また,公害関係行政法令の罰則も,主として行政措置を実効あらしめるための規定であり,公害を発生させる行為を刑法犯(自然犯)的な犯罪として処罰するものでない点において十分とはいいえないところがある。
 そこで,新たな特別の刑罰法規により実効ある公害の取締りを行なうため,第六四国会において,「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律(昭和四五年法律第一四二号)」が制定され,昭和四六年七月一日から施行されたのである。このほか,同国会および第六五国会において,他に一五の公害関係法案がすべて可決制定され,関係罰則も整備,強化された。
 「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律」によって処罰の対象とされている行為の基本類型は,故意たは業務上の過失によって,事業活動に伴って有害物質を排出することにより,公衆の生命または身体に危険を生じさせた行為であり,処罰主体は,行為者のほか,法人等の事業主体も含まれている。
 なお,公害現象の特殊性にかんがみ,厳格な条件のもとに,排出物質と現に発生している危険な状態との関係につき,推定規定が設けられている。
 次に,公害関係行政罰則中,おもなものについて,公害類型別にみることとする。
大気汚染 大気汚染関係では,大気汚染防止のための総合法ともいうべき大気汚染防止法がある。同法は,第六四国会における改正により,ばい煙,自動車排出ガスの範囲を拡大する等規制物質を広げたほか,指定地域制を廃止して,規制地域を全国に拡大するとともに,排出基準に適合しない排出に対しては,従来,都道府県知事の改善命令を前提とし,命令に違反した者に対し罰則を適用することとしていたのを改めて,排出基準に適合しないばい煙を排出した者に対しては,ただちに罰則が適用されるいわゆる直罰主義を採用する等規制を強化している。また自動車の排気ガス等については,道路運送車両法が,ばい煙,悪臭のあるガス,有毒なガス等の発散防止装置が運輸省令で定める保安上の技術基準に適合しなければ自動車を運行の用に供してはならないとするほか,道路交通法が,基準に適合した装置を備えない整備不良車両等の運転を禁止し,なお,鉱山ガス等の排出については,鉱山保安法が,鉱山のガス,粉じん,鉱煙等の処理に伴う鉱害の防止について規制する等している。
水質汚濁 水質汚濁関係では,前記国会において,公共用水域の水質の保全に関する法律と工場排水等の規制に関する法律を廃止し,両者を総合したものとして水質汚濁防止法が制定された。この法律は,従来の指定水域制を廃止し全公共用水域を規制対象としたほか,工場,事業場からの水の排出に対する規制を強化し,排水基準違反に対し,直罰主義を採用している。鉱山における坑水,廃水等については,鉱山保安法が坑水,廃水等の処理に伴う鉱害の防止について規定しており,このほか海洋汚染防止法,港則法,港湾法,毒物及び劇物取締法,廃棄物の処理及び清掃に関する法律等が海域または一定の水域における油,廃油,廃物,廃棄物等の排出を規制あるいは禁止する等している。
騒音,振動 騒音については,騒音規制法が市街地およびその周辺の住民が集合している地域等で住民の生活環境を保全する必要があると認める地域を指定地域として,指定地域内における工場および事業場の騒音を規制し,航空機騒音については,航空法が高調音を発する操法を禁止し,公共用飛行場周辺における航空機騒音による騒音の防止等に関する法律が騒音防止軽減のために航行方法を規制し,自動車等の騒音については,道路運送車両法が消音器その他の騒音防止装置整備を一定基準に適合させるよう義務づけ,道路交通法が自動車,原動機付自転車等の警音器の使用制限,騒音防止装置整備不良車両の運転を禁止する等している。
地盤沈下その他 地盤沈下については,建築用地下水の採取の規制に関する法律および工業用水法が指定地域における建築用地下水および工業用地下水の採取を規制し,悪臭については,へい獣処理場等に関する法律がへい獣の解体等について規制し,廃棄物の処理及び清掃に関する法律が廃棄物および廃棄物処理施設を規制しているほか,悪臭防止法(未施行)が規制基準に適合しない悪臭物質排出に対する都道府県知事の改善命令違反に対し罰則を規定している。土壌汚染については,農薬取締法が,土壌残留性農薬と指定された農薬につき基準違反使用を禁止している。
 またこれら国の法律のほかに,多くの地方公共団体において罰則の定めのある各種の公害防止条例が制定されている。