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 昭和45年版 犯罪白書 第二編/第二章/一/2 

2 受刑者の処遇

(一) 受刑者処遇の基本原則

 受刑者の処遇は,単に,刑罰の執行にとどまるものでなく,その執行を通じて,受刑者の改善更生を実現するようなものでなければならない。その目標は,刑務所における収容を通じて,できるかぎり,受刑者の社会適応化すなわち矯正を図ろうとするところにある。一九五七年,国際連合が採択し,各国に勧告している被拘禁者処遇最低基準規則では,刑務所の指導原理として,苦痛増大の禁止,拘禁期間の活用,改善手段の個別化,刑務所生活の社会化,分類処遇の必要などを定め,また,受刑者の処遇について,釈放後,遵法的かつ自立的な生活をする意志と能力をもたせるべきこと,およびその自尊心を高め,かつ,責任感を向上させるものであるべきことを定めている。また,「改正刑法準備草案」(昭和三六年)も,刑の適用の目的を,「犯罪の抑制及び犯人の改善更生に役立つこと」におき,「行刑上の処遇」については,「刑事施設における行刑は,法令の定めるところに従い,できるだけ受刑者の個性に応じて,その改善更生に役立つ処遇をするもの」としている。
 法務省当局は,このような目的にそって,監獄法,同施行規則の運用を図り,行刑累進処遇令,受刑者分類調査要綱,受刑者職業訓練規則などの法令を設けてきた。しかし,受刑者処遇の基本となっている監獄法は,明治四一年の制定であり,新しい刑事政策の進展にそぐわないものがあるとして,昭和二二年当時の司法省に設けられた「監獄法改正調査委員会」の答申を基礎に,改正のための検討が進められたが,監獄法の規定の多くが,抽象的で弾力性に富んだ表現をもっており,かつ,具体的な事項を省令に委ねていることから,時代の要請に即応できるし,また,新憲法の精神に抵触することなく運用することが可能であるため,さしあたっては,とくに改正の要がないものとして中断された。その後,欧米諸国およびわが国における行刑思潮の進展と,日本国憲法の精神に照らして,現行監獄法令を,収容者の人権の擁護および教化の徹底という二大観点から,現行刑法,刑事訴訟法のわく内で全面的に改正すべきではないかとの発想のもとに,昭和二九年から法務省矯正局において,改めて改正準備に着手し,検討を重ねるに至ったが,昭和三一年ごろから,刑法の改正が検討されることとなり,その審議の結果によっては,刑の執行法である監獄法も根本的な再検討の必要を生じる事項が多く,そこで,監獄法の改正も,刑法の改正作業の推移をみて,これと歩調を合わせて作業を進めるべきであるということになり,改正の実現をみるには至らなかった。
 ただ,この間,時代の進展に即応するため,監獄法施行規則の一部改正が,しばしば行なわれ,とくに,昭和四一年には,所長裁量による開放的処遇の導入など,相当大規模な改正がみられた。しかしながら,収容者の法的地位を明確にすると同時に,矯正処遇の徹底,更生復帰の促進を図るためには,処遇の基本法である監獄法を新しい見地から構成し直す必要があり,このような発想から,法務省矯正局においては,昭和四二年七月,矯正局監獄法改正準備会を設け,監獄法を調査,検討して,その改正のための草案作成の作業を進め,現在,種々検討が続けられている。

(二) 分類

(1) 分類調査

 新たに刑が確定し,刑務所に入所した受刑者に対しては,入所時教育と並行して,分類調査が行なわれる。この分類調査は,個々の受刑者について,科学的な調査を行ない,それぞれのもつ問題と資質との関係を明らかにして,本人に最もふさわしい処遇計画をたてることを目的として行なわれるものである。最初に,医学,精神医学,心理学,社会学,教育学などの知識をできるだけ活用して,正確な診断を行なう。この資料としては,犯罪の内容・経過,生活史(家族歴,生育歴,病歴,非行・犯罪歴,職歴,交友歴など),心身の特質(知能,性格,学力,適性,健康,趣味,娯楽など),家庭状況,近隣関係および所属集団などの資料のほか,本人の日常を監督する職員が本人を観察して知りえた資料や,少年院・刑務所などの施設収容の経験のある者については,その記録が用いられる。
 入所時の分類調査においては,このような資料を総合して,個々の受刑者について,その個性をは握し,事故や反則の予測,教育訓練の内容と方法,対人関係の調整,保護上の必要な処置,作業または職業訓練の種目とその指導方法,医療,保健上問題とすべき点などを明らかにして,的確かつ具体的な処遇方針をたてる。
 入所時分類調査の期間は,一般の刑務所では一五日であるが,昭和三二年,中野刑務所に設けられた分類センターでは,六〇日間の収容期間に,精密な分類調査を行なうとともに,入所時オリエンテーションの徹底を期している。またこの中野刑務所においては,入所時分類調査の結果,G級と判定された者を引き続き収容して,総合適性試験工場などを通じ,この級別の受刑者にもっともふさわしい処遇を実施し,分類処遇の技術面における標準の確立を図ることとされ,職業訓練法による職業訓練や集団カウンセリング,個別カウンセリングなどを矯正処遇の中に導入する試みが行なわれてきている。
 なお,昭和三八年以来,中野刑務所(東京矯正管区)のほか,各矯正管区に一か所ずつ,分類業務充実施設が設けられ,分類センターに準じて,分類処遇の充実が図られている。

(2) 分類処遇

 受刑者は,分類調査による判定結果に基づいて,それぞれ,適切なグループ(分類級という。)に編入され,その分類級に対応する,それぞれ別個の刑務所,または,同一刑務所内の区画された場所に収容され(収容分類),本人に最もふさわしいように編成された処遇(処遇分類)を受ける。これは,同質の受刑者を一つのグループにまとめることによって,共通の処遇条件を確立し,その上に立って個別処遇を効率的にするほか,処遇設備を重点的に整備できる利点があるからである。なお,処遇の経過中,定期および臨時に,再調査によって処遇方針の検討が行なわれ,処遇上必要があるときは,本人の分類級の変更が行なわれる(再分類)。
 従来採られてきた分類級は,一一種で,その分類基準を,受刑者の改善の難易,性別,年齢別,刑名別,刑期別,国籍別および心身の障害の有無などにおいている。それらの分類級別符号およびその内容は,A級(性格がおおむね正常で,改善容易と思われる者),B級(性格がおおむね準正常で,改善困難と思われる者),G級(A級のうち,二五歳未満の者),E級(G級のうち,おおむね二三歳未満で,とくに少年に準じて処遇する必要のある者),C級(刑期の長い者),D級(少年法の適用を受ける男子少年),H級(精神薄弱HX,精神病質HY,精神病HZなどの障害のために医療の対象となる者),K級(身体の疾患KX,身体の故障KY,または老衰・虚弱KZにより,療養または養護を要する者),J級(女子),M級(外国人)およびN級(禁錮受刑者)である。
 昭和四四年一二月二〇日現在における分類級別人員は,総人員四一,五三一人のうち,B級受刑者が二〇,二二四人(四八.七%)と約半数を占めている。次に多いのが,A級の七,一四三人(一七・二%)で,以下,G級一〇・九%,C級八・七%,H級三・三%,N級三・〇%,E級二・二%,K級二・二%,D級一・九%,J級一・七%,M級〇・一%の順となっている。なお,昭和四四年中に分類調査を終了した新受刑者を初犯と累犯とに分け,そのおのおのの判定結果を図示すると,II-4図のとおりであり,初犯者の三三・六%がA級,二二・一%がG級,一四・一%がB級と判定されているのに対し,累犯者の大半(九一・六%)がB級と判定されている。

II-4図 犯数別にみた受刑者の級別人員(昭和44年)

 分類制度は,その分類級によって,それぞれ適切な内容の処遇を施すことを目的としている。たとえば,女子受刑者(J級)については,独立の女子刑務所または女区を設け,収容場所をすべて男子から分隔するとともに,妊産婦(妊娠五か月以上,産後二か月以内)は病人に準じて取り扱い,その子を満一歳に達するまで施設内で保育しうるなど,特別の考慮が払われているほか,処遇全般にわたって,女子の特性に応じた処遇を行なうことが配慮されている。
 少年受刑者(D級)については,少年刑務所が設けられ,特別の処遇が行なわれている(第三編第一章六参照)。
 老年受刑者(KZ級)についても,呉,浦上両刑務支所に集禁して処遇することが行なわれており,保安面を緩和し,作業内容を軽くし,居室・日課・レクリエーション等を老年者に適するようにし,また,給食・医療対策を充実し,さらには帰住先を十分に調整して,社会復帰を容易にすることに努めている。
 病気にかかった者については,医師が治療にあたり,必要がある場合には病室に収容するが,心身に著しい故障があって,重大な手術,継続的な治療あるいは特別な治療的処遇を必要とする者は,医療刑務所に収容して,疾患に応じた専門的治療が行なわれている。たとえば,八王子医療刑務所では,痴愚級以下の精神薄弱者に対する治療教育と,手術的処置または専門的治療を必要とする結核その他の疾患に対する専門的治療が,城野医療刑務所および岡崎医療刑務支所では,精神障害者に対する医療的処遇が,菊池医療刑務支所では,らい患者に対する治療が,それぞれ行なわれている。
 さらに,近年,業務上過失致死傷による禁錮受刑者(N級)の増加にかんがみ,交通事犯禁錮受刑者の集禁施設が設けられ,特別の処遇が行なわれている(第三編第三章四1参照)。
 昭和四四年における分類級別による状況は,以上のとおりであるが,最近における受刑者の収容状況,矯正処遇内容の進展および重点的分類処遇の必要性等にかんがみ,分類級別の改正と収容区分の広域化が検討されている。
 この改正の具体的理由のおもなものとしては,(ア)すべての分類級について,A級,B級に準じた,犯罪傾向の進度による分類を実施すること(イ)青少年受刑者と一般成人受刑者との混禁を避けること(ウ)処遇と密接に結びついた分類を行なうため,収容分類のほかに処遇分類級別を体系的に整備すること(エ)各矯正管区ごとに分類センターを設けて,新たに入所する受刑者を原則としてすべて一定期間収容し,徹底した分類調査を実施したうえで,各該当施設へ移送すること(オ)分類収容を徹底するため広域収容体制を整えること(カ)従来,各矯正管区ごとに定めていた収容区分を,全国的収容計画に基づいて矯正局長が定めることとすること,などがあげられる。

(三) 累進処遇

 累進処遇とは,受刑者の自発的な改善への努力を,責任の加重と処遇の緩和とを通じて促進し,その度合に応じて,最下級(四級)から最上級(一級)へと,段階的に累進させる受刑者の処遇方法である。わが国の刑務所では,すでに早くから,各種の累進処遇を試みていたが,全国的に統一された累進処遇が実施されるようになったのは,行刑累進処遇令が施行された昭和九年一月一日以降のことである。
 本令によれば,累進処遇の適用を除外されるものは,刑期六月未満の者,六五歳以上で立業に堪えない者,妊産婦および不具廃疾その他心身の障害により作業に適しない者である。本令の適用者は,まず,四級に編入され,行刑成績の向上とともに,順次,上級に進級を許されるのが原則であるが,とくに成績の良好の場合は,跳躍進級も許されることになっている。
 次に,本令には,累進階級に応じた処遇差が設けられている。たとえば,四級,三級の受刑者には,原則として雑居制が採られ,二級以上の者でないと,願出による夜間独居は許されない。作業の指導補助,転業および自己のためにする労作は,二級にならなければ許されない。自己用途物品の許可範囲,面会および通信の回数も,階級によってかなりの差があり,上級に行くほど,範囲や回数がふやされる。また,受刑者自治制や中間刑務所的処遇は,おおむね,上級者において許されるものである。
 このような累進処遇制度は,第一次大戦から第二次大戦にかけて,世界的に,受刑者の処遇にとり入れられた画期的なものであったが,第二次大戦後における社会思潮や法律制度の変革,矯正理論の発展等に伴って受刑者処遇の最低基準に関する考え方が変わり,階級間に処遇差をつけることがむずかしくなったこと,累進制は刑期の長い者に有利で,短期の者には向かないこと,とくに,階級の累進と仮釈放とが結びつかなくなったことなどのため,その機能を十分には発揮しにくくなっている。さらに,人間の資質に関する科学的診断および集団管理ないし指導技術の進歩に伴って発達した分類制度は,純粋に,矯正教育ないし治療の観点に立って,処遇の個別化を図ろうとし,したがって,単なる形式的な平等処遇をこえて,必要な処遇差を認めようとするものである。累進処遇については,今後,適当な優遇制度を統合した分類処遇体系とあわせ検討されなければならないであろう。
 なお,昭和四四年に釈放された三一,〇八八人について,釈放時の累進処遇階級別人員をみると,II-57表のとおりで,仮釈放と階級とは,あまり関係がなく,矯正の効果と処遇の緩和とを平行させ,社会復帰を有効に実現しようとした当初のねらいは失われかけており,この意味からも,再検討に迫られているといえよう。

II-57表 出所受刑者の出所時処遇階級(昭和44年)

(四) 教育

 受刑者に対する教育活動は,入・出所時教育,生活指導,通信教育,教科教育・篤志面接委員による助言指導,篤志宗教家による宗教教誨,体育およびレクリエーション指導などの形で行なわれており,これらの教育活動にあたって,視聴覚教育の方法が広く活用されている。

(1) 入所時および出所時教育

 入所時教育は,入所後おおむね一五日以内に,一定のプログラムのもとに,受刑の意義,矯正および更生保護の目的と機能,所内規則と日常生活上の心得などについて指導する。
 出所時教育は,矯正教育の仕上げとして,復帰する社会の事情,出所に関する諸手続ならびに更生援護,職業安定および民生福祉などの各事業の内容と,これを受ける方法とを知らせ,また,出所にあたっての心身の調整を行なうことなどを目標に,出所前に行なわれる。

(2) 生活指導

 受刑者が,出所後の社会生活で,円滑な集団生活のできるよう,その徳性を高め,良識を養い,かつ,健全な生活態度を身につけさせるため,生活指導を行なうことに努めている。職員が日常与えるしつけ訓練が,矯正教育の重要な一部であることは論をまたないが,そのほかに,平日の夜間または休日等に行なわれる各種のクラブ活動や個別または集団による相談・助言を通じて行なわれ,職員ばかりでなく,民間の学識経験者の協力をも得て,指導の効果をあげている。

(3) 通信教育

 通信講座による教育は,昭和二四年以来,矯正施設に導入され,学校通信教育と社会通信教育とを主として,受刑者に教育を受ける機会を与えている。通信教育受講は,残刑期と学習期間との関係,本人の学力および行状等を考慮して決定される。昭和四四年三月までの一年間の受講者の数は,公費生(受講料を国費でまかなうものをいう。)一,八三三人,私費生二,七六七人である。受講者(公費によるもの)の多い順に講座名をあげると,簿記・事務,自動車,孔版,中学・高校の課程,書道・ペン習字,電気・無線,和洋裁・編物などとなっている。

(4) 教科教育

 受刑者の教育程度は,最近向上し,昭和四四年の新受刑者の学歴をみると,不就学は,〇・八%で,これを含め義務教育未修了者は,一七・一%である。義務教育未修了者の割合は,昭和四〇年に比べて六・四%減少しているが,義務教育修了者の中にも補習を要する者が少なくないと考えられるので,これらの者に対し基礎的な教科教育を施すことが必要である。このため,刑務所では,国語,数学等の初歩的課程の補習教育を行なっているが,ほかに,珠算,書道などについても活発に行なっている。

(5) 篤志面接委員制度

 この制度は,個々の受刑者がいだいている精神的な悩みや,家庭,職業,将来の生活設計などをめぐる問題につき,民間の学識経験者の助言指導を求めて,その解決を図ろうとするものであって,昭和二八年実施以来,逐年活発化しており,四四年末現在で,委員の数は,一,〇二七人,同年の面接実施回数は,集団によるもの四,五一三回,個人的なもの五,六五九回で,委員一人当たりの来訪回数は,六・四回,面接回数は,九・九回となっている。

(6) 宗教教誨

 宗教教誨は,信仰の自由の原則に基づいて,受刑者がその希望する教義にしたがって,信仰心をつちかい,徳性を陶やし,進んで更生の機会を得ることに役立たせるように行なわれている。民間の篤志宗教家(教誨師とよばれる。)によって実施されており,教誨師の数は,昭和四四年末現在,一,〇九六人で,各宗各派に属し,同年の指導回数は,個人に対するもの一〇,四一七回,グループに対するもの六,五五一回となっている。

(7) 体育およびレクリエーション

 体育は,単に健康を保つために必要な運動を行なうことではなく,心身の鍛練,とくに忍耐力のかん養を図ることにその目的がある。しかし,現状はまだ,各施設とも,課程をもった教育としてではなく,単なる運動もしくはレクリエーションとして取り扱っているにすぎない。
 レクリエーションは,拘禁生活を送る受刑者に対して,心身の保健上の見地から,うっ積したエネルギーを適度に発散させるとともに,余暇時間を有意義にすごす習慣を身につけさせるために行なわれ,計画的に,各種のスポーツ,ラジオ・テレビの娯楽番組や映画・音楽の鑑賞,囲碁,将棋などが実施されている。なお,最近は,各地のレクリエーションセンターの援助を受けて,これを積極的に行なっている施設もある。

(8) 図書および矯正教育放送等

 収容者用の図書については,法務省矯正局に「収容者用図書審査会」を設け,図書の選定と図書室の運営の改善を図っている。このほか,「社会を明るくする運動」の一環として,民間有志から寄贈を受け,あるいは,公立の図書館から貸出の便宜を受けることもある。
 次に,矯正教育上,放送と出版物の果たす役割りは大きい。放送は,かつては刑務所の伝達事項を伝え,簡単な時事解説ないし一般向きの放送をそのまま流すだけであったが,昭和二九年以来,法務省矯正局企画のもとに,日本短波放送が毎月矯正施設向けの録音教材を制作しており,これを各施設に巡回・配布して聴取させている。また,各施設でも,それぞれ独自の所内放送番組を制作している。
 また,法務省矯正局が編集している,旬刊の教化紙「人」,月刊の青少年用一般教養誌「こころ」および季刊の教養誌「港」が,各施設に配布されている。各施設においても,収容者のために所内誌(現在一〇九種)を発行しており,これらの編集,印刷には,収容者も参加している。

(五) 刑務作業および職業訓練

 刑務作業としては,刑法上定役に服すべき懲役受刑者の作業がそのおもなものであるが,このほか,これに準じて施行される労役場留置者の強制作業と,法律上は作業を強制されない禁錮受刑者,拘留受刑者,未決拘禁者などの請願による作業(請願作業という。)とがある。昭和四四年には,平均一日約四万人の収容者が,約二五の業種につき作業を行なっていることになる。
 刑務作業の運営は,受刑者の釈放後の生活の基礎として必要な職業訓練を行なうこと,および受刑者の勤労精神を育成するとともに,その労働生産性を一般社会に近づけることなどを基調として行なわれる。このため,各分類級に応ずる作業賦課の基本方針が定められているが,とくに,青少年およびA級受刑者に対しては,全国四施設(中野刑務所,奈良少年刑務所,山口刑務所,函館少年刑務所)を総合職業訓練施設に指定するとともに,矯正管区ごとに,施設を特定して,特定種目の集合職業訓練を行なうなど,職業訓練に重点をおいており,また,主としてB級受刑者に対しては,有用種類の作業を選択し,強力に作業を推進することによって労働の意欲と習慣とを身につけさせ,技能の習得を図るとともに,あわせて,生産性の向上と経済性を強調することにより,受刑者に正しい経済生活を営むことのできる能力を付与することに努めている。

(1) 就業状況

 昭和四四年一二月末現在における刑務作業の就業率をみると,懲役受刑者九〇・八%,禁錮受刑者九四・六%,未決拘禁者三・三%,労役場留置者八〇・九%である。懲役受刑者に不就業者がいるのは,分類調査,疾病,懲罰の執行などの理由による。
 刑務作業の業態は,物品製作,委託加工および修繕(以下,加工修繕という。),労務提供,経理ならびに営繕の五種類に分けることができるが,これらのうち,経理および営繕を除いたもの(生産作業という。)の昭和四三年度における就業延べ人員は,II-58表のとおり,九九四万人余で,四二年度に比べて,八四万人余(前年比で約八%)減少している。そのおもな理由は,収容人員の減少によるものである。業態別の就業延べ人員の比率をみると,労務提供が最も多く,五一・七%であり,次いで,加工修繕の二四・八%,物品製作の二三・五%の順となっている。

II-58表 生産作業支出額・収入額・調定額と業態別生産額・就業延べ人員(昭和43年度)

 次に,同表により,昭和四三年度の年間生産額についてみると,総額六五億円をこえ,前年より約五億円の増加である。業態別には,物品製作が最も多く,約三二億七千万円で,総生産額の約五〇%を占め,次いで,労務提供の約一八億四千万円の約二八%,加工修繕の約一四億円の約二二%である。II-59表は,昭和四三年度における刑務作業のための支出額,生産額および就業延べ人員を,業種別にみたものであるが,これによると,就業延べ人員の最も多いのは,経理夫で,一九・〇%である。生産作業では,金属作業が最も多く,一六・八%であり,以下,紙細工一二・二%,洋裁一〇・四%,木工八・一%,印刷五・二%の順で,近年この順位は変わっていない。また,生産額の点からみると,木工が最も多く二三・六%で,次いで,金属(二二・〇%),印刷(一四・六%)の順となっている。

II-59表 業種別支出額・生産額と就業延べ人員(昭和43年度)

 刑務作業においては,いわゆる作業体質の改善による生産性の向上と収容費の償却が図られ,国家財政に寄与している。II-60表は,作業収入と作業の実施に必要な作業費との関係の累年比較であるが,昭和四三年度においては,その比は,作業費に対して,二八一%であり,近年,作業費回収率の伸びが著しい。

II-60表 作業費回収率の累年比較(昭和39〜43年度)

(2) 職業訓練

 受刑者の職業訓練については,昭和三一年に受刑者職業訓練規則を設け,また,昭和三三年に職業訓練法が施行されてからは,訓練の時間および内容を,これに近づけ,適格者には,できるだけ,訓練を実施するよう努力されている。
 昭和四四年一二月末現在の職業訓練の実施状況は,II-61表のとおりで,実施人員は一,五九三人(同日現在受刑者の三・七%)で,種目としては,自動車運転整備,木工,活版印刷,理容,溶接などが多い。また,前記の総合職業訓練施設に指定された刑務所において訓練を修了した者に対しては,労働省職業訓練局長から職業訓練履修証明書が交付されているが,昭和四四年度における証明書の受領総数は,三五七で,種目としては,木工と活版印刷が多い(II-62表)。次に,昭和四四年度における国家試験その他の資格または免許の取得状況は,II-63表のとおりで,これによれば,受験者一,四九二名に対して,合格者数は一,二七八名である。このような技術の修得や資格・免許の取得は,受刑者の社会復帰に際して,最も役立つと認められるので,一人でも多くの受刑者に,それらの機会を与えるように努めている。

II-61表 職業訓練の実施状況(昭和44年12月31日現在)

II-62表 労働省職業訓練局長履修証明書受領者数(昭和44年度)

II-63表 資格または免許の取得状況(昭和44年度)

(3) 構外作業

 受刑者に社会適応性を与える方法の一つとして,通役(外部の作業場へ毎日通うこと)あるいは泊り込みによる構外作業場が設けられ,準開放処遇が行なわれている。作業の内容は,農耕牧畜(たとえば,山形刑務所所管の最上農場),土木工事のほか,造船関係(たとえば,松山刑務所所管の大井造船作業場)等である。昭和四三年度における構外作業の就業延べ人員は,一三〇,〇二五人で,総就業延べ人員の一・〇%であり(II-59表参照),昭和四五年三月末現在,五五個所,九九三人の就業をみている。

(4) 作業賞与金

 刑務作業に従事した者には,作業賞与金が支給される。これは,就役に対して,恩恵的に支払われるもので,作業の種類,就業条件,作業成績,行状などを考慮して,一定の基準のもとに計算し,作業賞与金計算高として,毎月就業者に告知されている。昭和四三年における計算高の一人平均月額は,六九八円である。この賞与金は,原則として,釈放のとき,給与される。II-64表は,釈放受刑者の作業賞与金給与額別人員とその比率を示したもので,作業賞与金一万円をこえる金額を受ける者の比率は年々増加してきているが,昭和四四年においてその比率はなお,釈放受刑者総数の三分の一に達していない。

II-64表 釈放受刑者の作業賞与金給与額別人員と比率(昭和42〜44年)

(5) 自己労作

 懲役受刑者は,定役としての作業のほか,累進処遇一,二級の者に限って,作業時間終了後一日二時間以内,紙細工,編物・袋物,メリヤス等の業種について自己労作をすることが許されており,その収益金は,本人の収入となる。昭和四五年一月末現在では,全国で八四四人が従事し,一人一月当たり平均二,〇一〇円の収入を得ている。

(六) 給養

 刑務所における日常生活の必需物資である,衣類,寝具,日用品,食糧などは,受刑者には,給貸与されるが,これらのものの管理には,科学的な配慮がなされている。給食については,健康管理上,最も重視され,主食偏重の是正など,その改善に努力されている。
 刑務所においては,主食は,原則として,米麦混合であり,従来,その割合は容量比で米四・麦六であったが,昭和四五年度からは,重量比で米五・麦五に改められ,性別,年齢,従事する作業の強度などによって,一等食(一日三,〇〇〇カロリー),二等食(二,七〇〇カロリー),三等食(二,四〇〇カロリー),四等食(二,〇〇〇カロリー)および五等食(一,八〇〇カロリー)の五等級に分けて給与されている。
 副食については,一日六〇〇カロリー以上確保することが要求されており,一日の副食費は,昭和四四年度は,成人受刑者一人一日当たり三七・五九円(少年受刑者では四三・〇円)で,前年度に比べて,二・一六円(少年受刑者では二・四七円)の増額である。四四年度においては,新規に心情安定食の予算が増額されたので,脱脂粉乳等を給与することによって,食生活に若干の変化とうるおいをもたせるとともに,動物性蛋白質を補充することに活用している。また,治療食を必要とする結核等の患者,妊婦,外国人などには,副食費の特別増額ができることになっている。給食の調理方法,温食給与の方法などについても,種々の工夫が試みられ,集団生活の苦痛の緩和に,少しでも役立てようと,努力が払われている。

(七) 医療および衛生

 昭和四四年におけるり病者(医療を受けて二日以上休養したもの,または,休養しないが,医療を受けて三日以上治ゆするに至らなかったもの)の数は,II-65表のとおりである。

II-65表 り病者の発病区分と転帰事由(昭和42〜44年)

 受刑者のり病について,おもな傷病別にみると,消化器系の疾患が最も多く二五・二%で,次いで呼吸器系の一六・三%,神経系,感覚器系の一一・一%,不慮の事故,中毒,暴力等による損傷九・一%,伝染病および寄生虫五・八%の順となっている。
 刑務所における衛生管理上,最も注意を要するものは,伝染病ことに腸管伝染病の発生である。この予防のため,地域ごとに指定した防疫センターおよび保健所等により,収容者の入所時や移送時および給食担当者について検便が行なわれ,その他,消化器伝染病病源体の培養検出,水質検査,所内外の消毒など環境衛生についても配慮されている。
 なお,矯正施設においても,医療専門職員の充足が困難な事情にあるが,その対策の一環として,医師については,昭和三六年度から貸費生の制度を設け,また,看護人(婦)についても,昭和四一年から八王子医療刑務所に准看護人(婦)養成所を設けて,その養成にあたっている。

(八) 保安

 刑務所および拘置所の安全と秩序を維持しつつ,矯正のための他の機能が十分に行なわれるようにする業務を,保安といっている。保安は,拘禁という特殊な環境における人が対象であるため,その業務には多くの困難が伴い,その遂行には多大の努力が必要である。
 刑務所等の安全と秩序を維持するためには,まず,事故と反則の防止が図られなければならない。
 昭和四四年における事故の発生件数はII-66表のとおりで,六三件である。その内訳は,逃走一八件,自殺一三件,職員殺傷七件,収容者殺傷一四件等となっている。最近五年間における事故件数は,やや減少してきており,とくに四四年には火災が一件もなかった。

II-66表 刑務事故発生件数(昭和40〜44年)

 次に,在所中の行為により起訴された収容者数は,II-67表のとおりである。昭和四四年においては,受刑者二五七人,その他の収容者四二人であり,前年に比べ,受刑者では四五人減少し,その他の収容者では一五人増加している。起訴罪名では,いずれの年においても,傷害が最も多い。

II-67表 在所中の行為により起訴された収容者数(昭和42〜44年)

 また,受刑者で所内の規則に違反し(反則),懲罰を受けた者の数は,昭和四四年においては,二九,二四六人である。II-68表は,最近三年間における受刑者の受罰人員を,その事犯内容別にみたものである。昭和四四年において,最も多いものは,収容者に対する暴行(受罰人員総数に対し,一八・三%)であり,次いで,物品不正所持,授受等(一三・二%),抗命(一二・四%),怠役(九・一%),争論(七・一%)の順となっている。

II-68表 受刑者懲罰事犯別受罰人員(昭和42〜44年)

 これらの懲罰事犯に対しては,軽へい禁(二か月以内の期間,独居房に収容して,必要と認める場合のほかは,その房から出さないで,反省させる。),文書・図画閲読禁止,叱責など,監獄法に規定されている懲罰が科される。II-69表は,昭和四四年における懲罰の種類別受罰人員およびその構成比を示したものである。受刑者について最も多い懲罰は,文書・図画閲読禁止で,八〇・七%に及んでおり,次は軽へい禁の七八・九%で,この二つの懲罰は,併科されることが多い。作業賞与金計算高減削は,一八・四%で,叱責は,一一・九%である。運動停止,減食等が科されることは,きわめて稀である。

II-69表 懲罰の種類別受罰人員(昭和44年)

 このような懲罰事犯は,精神病質者や暴力団関係者などにみられる,いわゆる集団処遇困難者によってくりかえされることが多い。II-70表は,昭和四四年一二月,受刑者について処遇の難易を調べたものであるが,集団処遇困難者の占める割合は,一六・二%である。分類級別に,この割合をみると,H級(精神病,精神病質および精神薄弱などで,医療の対象となるもの)においては四七・四%と最も高く,これに次いで,C級(刑期の長いもの)では二三・〇%,K級(身体の疾患などで療養の対象となるもの)で一九・九%となっている。どのような点で困難とされるのかを,類型的にみると,最も多いのは,乱暴をはたらくことで,困難者の約三三%を占め,次いで,反則をくりかえすこと約二四%,不平不満が多いこと約一二%,ボス的傾向が強いこと約一一%,逃走の危険が多いこと約六%,作業上の事故が多いこと約二%,その他約一二%である。なお,これら集団処遇困難者の占める割合を,累年比較すれば,II-71表のとおりである。ちなみに,昭和四〇年から四四年までの,毎年末における暴力団関係者の収容状況をみると,II-72表のとおりで,四四年においては,受刑者では七,四一〇人で,全受刑者の一七・五%を占めている。

II-70表 受刑者の分類級別処遇難易調(昭和44年12月20日現在)

II-71表 受刑者の処遇難易別比率(昭和40〜44年)

II-72表 暴力団関係者収容状況累年比較(昭和40〜44年)

 近年,集団処遇困難者および暴力団関係受刑者の占める比率は,それぞれ,おおむね横ばいの状況であるが,これらの者については,医療刑務所への移送,あるいは治療的処遇計画による再適応工場または設備での錬成を行ない,とくに暴力団関係収容者は,ややもすると,所内で結合して職員を威圧し,または他の集団と対抗反目して重大事故を招き易いので,保安業務を円滑に遂行するため,これを分散移送するほか,関係機関とも緊密な連絡をとり,また,職員の士気の高揚にも意が用いられている。