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 平成20年版 犯罪白書 第7編/第6章/第1節/3 

3 主要罪名別の高齢犯罪者増加の要因分析

(1)高齢者の増加傾向が目立つ主な犯罪
 高齢者に係る一般刑法犯の検挙人員について,各年齢層別にその罪名を見ると,どの年齢層においても,総検挙人員中,窃盗の占める比率が最も高い。高齢者については,窃盗が一般刑法犯検挙人員の3分の2近くを占めており,次いで,横領(その検挙人員の99.3%が遺失物等横領である。なお,高齢犯罪者特有の統計ではないものの,平成19年の遺失物等横領の検挙件数中96.6%が自転車を被害品とするものである。)が22.0%,暴行が3.7%,傷害が2.3%と続く(第2章第1節参照)。特に,女子の高齢者においては,窃盗が9割弱を占めており,その比率の高さが一段と目立つ。窃盗について,その手口別構成比を見ると,万引きが約9割と圧倒的に高い。万引きは女子比が高い犯罪であり(万引きの検挙人員中の女子比は44.2%であり,高齢者層では48.4%。7-2-1-4表),これが高齢犯罪者の女子比を高めている主たる要因であろうと思われる。万引きと遺失物等横領のみで,高齢者の一般刑法犯検挙人員の75.0%に及ぶ。昭和63年から平成19年までの高齢者の検挙人員の推移を見るに,総数で3万9千人近く増加し,この増加分の内訳は,窃盗が62.2%,遺失物等横領が24.1%であり,この2罪名で全体の増加分の9割近くを占め,このうち窃盗の増加分の多くは万引きの増加分である(第2章第1節参照)。
 傷害,暴行の検挙人員及びその人口比についても,高齢者層の増加・上昇傾向が著しい。したがって,高齢犯罪者の増加原因は,罪名で言うと,窃盗・遺失物等横領,次いで傷害・暴行の増加である。
 なお,殺人については,検挙人員の高齢人口比は,平成19年は昭和63年の約1.4倍であり,殺人の検挙人員及びその人口比を年齢層別に見ると,高齢者層では,20年前よりも増加・上昇しているほか,高齢者比も,窃盗や遺失物等横領に次ぐ高水準にあることが注目される。
 そこで,罪名別には,窃盗,傷害・暴行,殺人の増加原因を探ることが重要であることから,以下,各罪名別における特徴的なものについて,その原因や背景について検討する。
(2)窃盗(再犯者,女子の万引きが目立つ)
 高齢者の窃盗の増加は著しいものの,前記のとおり,その検挙段階における増加分のほとんどは万引きによるものである。もちろん,万引き以外の窃盗犯を含めて,警察での検挙後,微罪処分になり,また,検察庁に送致されても処分の段階で起訴猶予になり,さらに,裁判の段階で執行猶予などになることによって,受刑者になる者は少ないにもかかわらず,その後の受刑の段階を見ても,経年的な全体の流れとしては大きく増加している事実が認められる(第2章第4節1(6)参照)。
 そして,特別調査によると,高齢窃盗事犯者では受刑歴を有する者が5割強を占めているところ,手口が万引きである比率が,非高齢窃盗事犯者に比して高く,高齢窃盗事犯者のうち男子に関しては,所持金がほとんどない者が女子より多く,ホームレス・住居不定である者が5割弱を占めるなど,生活状況が悪化している問題性が指摘される。
 このような状況において,まず,取り上げなければならない事柄としては,再犯者が増加している事実であろう。通常であれば,仮に,若年期や壮年期に窃盗などを犯しても,高齢に至ることにより,体力的な衰えを感じ,また社会的な分別を自覚して,窃盗などの犯罪行為を差し控えようとするのが当然だと思われるものの,7-2-4-6図から明らかなように,再入者が増加している。このような再犯者が窃盗に及ぶ直接的な原因は,様々であろうが,本人の犯罪性向が強い影響を与えていると思われる。
 また,高齢になって初めて窃盗に及ぶ者の数も増加している。しかしながら,侵入盗やすりなどの本格的な窃盗は非常に少ない(第3章第2節2(3)参照)。その原因や背景については,一概には言えないものの,男子であれば,ホームレスに転落し,生活をする上での手段として万引きに及ぶ者,また,女子であれば,必ずしも生活困窮に基づくものとは限らず,いわゆる開き直りや甘えた社会認識から万引きに及ぶといった事案も多いことから(7-3-2-30〜31図),そのようなケースが初犯者の窃盗の数の増加をもたらしていると思われる。
(3)傷害・暴行(飲酒下での暴力や近隣トラブルが目立つ)
 傷害・暴行についても,窃盗同様,各手続段階で高齢犯罪者の増加が認められる。そして,特別調査では,高齢傷害・暴行事犯者についても分析したが,従来,高齢者については,若年・壮年期よりも,平穏で大人しいイメージがあったにもかかわらず,そうした印象に反し,対人加害行為に至った例が増えている。高齢傷害・暴行事犯者については,概して前記の高齢窃盗事犯者の場合と異なり,多くの者は家族と生計を共にし,経済状態にも大きな問題は認められない傾向が見られた。ただし,第3章第2節3で詳述したように,犯罪に至るまでの生活状況から受ける印象からは,活動力が低下しているという状況にはなく,非高齢傷害・暴行事犯者とは目立った相違はなかった。しかしながら,近隣でトラブルを起こし犯行に至っている場合が少なくない点は,非高齢傷害・暴行事犯者の場合よりも目立っており,この点は社会復帰上留意すべきと思われる。また,高齢傷害・暴行事犯者の中には,本件犯行時に飲酒の影響が認められる者も少なくなかったが,その背景には,社会で孤立し,相談相手もいないなどから,飲酒で気を紛らわす習慣が改善されなかったことが推察される。被害の程度が軽微である上,社会での孤立等,同情すべき事情がある場合が多いからであろうが,検挙され,送検されても公判請求に至る者の数は多くなく,その多くが略式命令請求されている(傷害68.4%,暴行80.5%。第2章第2節参照)。これについての特別調査でも,傷害・暴行の約8割が罰金で処分されており,実刑に処せられる者は全体から見ればその数は少ない(7-3-2-33図)。
 そして,傷害・暴行に及ぶ高齢犯罪者については,窃盗の場合とは異なり,前科の有無等の常習性を犯罪増加の原因として考慮する必要性は低く,前科の有無にかかわらず,単に,激情・憤怒にかられ(7-3-2-39図),頑固さやプライドなどを背景として犯行に及んでいる(7-3-2-40図)ことがうかがわれる。
(4)殺人(親族を被害者とした事犯が多い)
 高齢者による殺人も増加の傾向にある。ただ,高齢者の殺人には,親族殺とそれ以外とで,その内容にも傾向にも大きな違いがある。特別調査の結果によると,高齢殺人事犯者50人中,親族殺が28人と過半数であり,特に,女子の高齢殺人事犯者は,その9人全員が親族殺である(第3章第2節4(3)ア参照)。しかも,特に女子の高齢親族殺事犯者の過半数が,その犯行動機・原因として「介護疲れ」を挙げていることをも考えると(7-3-2-49[3]図),高齢社会化が進むことにより家族の誰かが介護を必要とする状態での生活に疲れた結果としての親族殺が,高齢者の殺人数の増加原因の一つであろうと思われる。