四 少年法および更生保護法令 少年についての規定は,遠く明治元年の仮刑律に見られる。すなわち,一五歳以下の者が流罪以下の罪を犯したときは,贖金で許し,一〇歳以下の者の罪が死罪にあたるときは,上裁を仰ぐこととし,その他の罪は処罰せず,また,七歳以下の者に対しては,死罪にあたる罪を犯しても科刑しないこととした。また,明治三年の新律綱領は,一五歳以下の者は,死罪を犯したときを除き,流罪以下の罪を犯したときは収贖させ,一〇歳以下の者が死罪を犯したときは,上裁を請うたうえ処罰し,盗罪および傷害の場合は収贖し,その他の罪は処罰せず,七歳以下は,死罪を犯しても処刑しないこととした。右の収贖とは,刑に服する代わりに,金銭を納めて罪過をあがなうことで,この綱領には,金額を,一分から一五両までを一九等に分けて規定している。改定律例によって,この金額は,二五銭以上四〇円以下に改められるとともに,無力にして収贖できないときは,懲役百日以下は,日数を折半し,一年以上は,五等を軽減して,懲役に服させることとなった。 明治一三年の刑法では,一二歳未満の者を刑事責任無能力者とし,一二歳以上一六歳未満の者は,是非の弁別のないときは,罪を論ぜず,情状により,満二〇歳に至るまで懲治場に留置することができ,また,弁別のあるときは,減刑することとし,一六歳以上二〇歳未満の者についても,同様に減刑し,また,八歳以上の者に対しては,情状により,一六歳まで懲治場に留置できることとした。明治一四年制定の監獄則によると,このほかに,懲治場には,放恣不良にして,懲治場で矯正帰善させたいと,尊属親から願出のあった,八歳以上二〇歳以下の者を収容することができることとされた。いわゆる出願懲治の制である。 明治三三年三月,感化法が公布されたが,この法律は,北海道および府県に感化院を設置し,感化院には,満八歳以上一六歳未満の者で,適当な親権を行なう者もしくは後見人がなく,遊蕩または乞食をなし,もしくは悪交ありと地方長官が認めた者,懲治場留置の言渡を受けた幼者および裁判所の許可を経て懲戒場に入るべき者を,原則として,二〇歳に至るまで収容することとした。 明治四一年一〇月施行の刑法によって,懲治場は,廃止され,少年の刑事責任年齢は一四歳となった。また,同年四月,感化法の一部改正がなされて,感化院に収容する者の年齢の上限が,一六歳から一八歳に改められるとともに,感化院の設置等に要する費用の一部が国庫負担となったが,大正六年八月,国立感化院令が公布され,感化院収容該当者のうち,一四歳以上で,性状特に不良の者および内務大臣が特に入院の必要を認めた者を,国立感化院に収容することとなった。 昭和八年五月,少年教護法が公布され,翌九年一〇月から施行されたが,これによって感化法は廃止され,感化院は教護院と称するようになった。この法律は,不良行為をなし,またはなす虞のある一四歳未満の少年で,親権または後見を行なうものがないもの,親権者または後見人から,入院の出願のあったもの,少年審判所から送致されたものなどを収容するため,国立または道府県立の少年教護院を設けることとしたもので,その特色は,少年教護院に少年鑑別機関を設置したこと,少年教護委員をおき,その観察処分を認めたこと等である。 昭和二二年一二月,児童福祉法が公布され,翌二三年一月から施行され,少年教護法は廃止となり,教護院は,児童福祉施設の一種となった。 一方,わが国最初の少年法は,大正一一年四月,公布され,翌一二年一月から施行されたが,少年審判所から送致された少年などを収容する施設について規定した矯正院法も,同時に,公布された。少年法は,刑罰法令に触れる行為をなし,または刑罰法令に触れる行為をなす虞のある一八歳未満の少年に対し,少年保護司の観察に付すること,感化院に送致すること,矯正院に送致することなど九種類の保護処分をなしうることとし,保護処分をなすため,少年審判所を設けた。また,少年に対する刑事処分には,不定期刑を採用し,刑の執行猶予あるいは仮出獄を許された者に対しては,少年保護司の観察に付することにした。 昭和二三年七月,現行の少年法が公布され,また,矯正院法に代わって少年院法も公布された。大正一一年の少年法と比べて改正されたおもな点は,少年の年齢を従来の一八歳未満から引き上げて二〇歳未満としたこと,すべての少年事件は家庭裁判所に送致し,司法機関である家庭裁判所が,保護処分に付するか刑事処分に付するかを決定すること,保護処分の種類を,保護観察,教護院または養護施設への送致,少年院送致の三種とし,少年の福祉を害する成人の刑事事件についても,家庭裁判所の管轄に属させたことなどである。また,少年院法は,少年院として,初等,中等,特別および医療少年院を設置するほか,少年法の規定によって観護措置のため送致された少年を収容する施設として,少年観護所を設置し,少年鑑別所を付置する(のちに,両者は,少年鑑別所一本となる。)ことなどを定めた。 次に保護関係の法令の沿革をみると,まず,昭和一一年五月,思想犯保護観察法が公布された。これは,治安維持法違反の,刑の執行猶予者,刑期終了者,仮出獄者,不起訴処分者等のうち,必要ある者について保護観察所が,これを保護し,再犯防止のため思想および行動を観察することを定めたものである。 昭和一四年三月,司法保護事業法が公布され,司法保護事業委員会,司法保護委員および司法保護事業の経営に関する手続等が定められた。 昭和二四年五月,犯罪者予防更生法が公布され,七月から施行された。同法は,三章六〇条から成り,更生保護委員会の構成等,中央委員会・地方委員会の各委員および事務部局の構成と組織,仮釈放の審理・処分・取消・停止,保護観察の対象・期間・方法,恩赦の申出等について規定している。 昭和二五年五月,更生緊急保護法と保護司法が,それぞれ公布施行され,更生緊急保護法の施行に伴い,昭和一四年制定の司法保護事業法は廃止された。更生緊急保護法は,更生保護の措置の態様と方法,更生保護会の経営等について規定し,保護司法は,保護司の選考,定数,委嘱,解嘱等を定めている。 昭和二九年四月,執行猶予者保護観察法が公布されたが,これは,昭和二八年および二九年に,刑法の一部改正が行なわれて,刑の執行猶予者にも,保護観察を付しうることとなったので,執行猶予者にふさわしい独自の保護観察制度を樹立し,保護観察の重点を補導援護におき,遵守事項を緩和したものである。 また,昭和三三年三月,売春防止法の一部改正により,売春婦に対する補導処分が新設され,婦人補導院法が公布され,東京,大阪および福岡に婦人補導院が設けられ,また,婦人補導院を仮退院した者も,保護観察に付されることとなった。
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