二 刑事訴訟法 明治三年五月,刑部省は,法庭規則を定めた。この規則は,本文一三条および白洲体裁の図から成り,糺問にあたっては,有位者,士,庶人の座席を区分し,判事以上が出席して吟味するときは,解部,史生が白洲に詰め,史生がもっぱら聞書し,解部が主要なところを加補するものとし,最初の吟味のときは,判事が出座し,また,大獄,難獄には卿・輔が出座するものとした。なお,拷問は,判事以上が相議して取り計らうことこととしている。 次いで,明治六年二月,司法省達で断獄則例が定められ,法庭規則は,廃止となった。断獄則例は,全文二六則および断獄庭略図解から成り,その推問手続として,断獄庭に会同するのは,判事一名,検事一名,解部一名で,判事は,もっぱら推間に任じ,解部は,口供を登記し,検事は,傍にあって査核するものとし,判事に他の案件があり,毎次出席できないときは解部が究訊すること,その他推訊,刑の言渡し等についで規定している。 明治九年六月,改定律例第三一八条の「凡ソ罪ヲ断スルハ口供結案ニ依ル…」との規定が,「凡ソ罪ヲ断スルハ証ニ依ル…」と改正され,自白以外の証拠でも断罪しうることとされ,同年八月,その断罪の証拠として,司法省達で,「被告人真実ノ白状,被告人又ハ其他ノ文通又ハ手筆ノ文書,相当官吏ノ検視明細書,証左及参考ノ陳述,裁判所ヨリ任シタル鑑定人ノ報告,証拠物品,徴験・事実推測・顕迹,法ノ推測」の八項をあげ,「前件ノ証拠ニ依リ罪ヲ断スルハ専ラ裁判官ノ信認スル所ニアリ」として自由心証主義を明らかにした。 明治一〇年二月,太政官布告で,保釈条例が定められた。本条例は一五条から成り,裁判官は,被告人が逃走または罪証を隠滅することがないと認めた場合には,懲役終身以上にかかる者および前に重罪の刑に処せられた者を除いて,保釈を許さなければならないこととした。 明治一三年七月,太政官布告で,治罪法創定が布告され,同一五年一月一日から施行されることとなった。同法は,六編四八〇条から成り,第一編総則,第二編刑事裁判所の構成および権限,第三編犯罪の捜査,起訴および予審,第四編公判,第五編大審院の職務,第六編裁判執行,復権および特赦となっている。また,明治一三年制定の刑法で,犯罪を違警罪,軽罪および重罪に分けたのに対応して,第一審裁判所として,違警罪裁判所,軽罪裁判所および重罪裁判所を規定した。治罪法は,公訴に関し,第一条で,「公訴ハ犯罪ヲ証明シ刑ヲ適用スルコトヲ目的トスル者ニシテ法律ニ定メタル区別ニ従ヒ検察官之ヲ行フ」と規定し,また,第二七六条は,「裁判所ニ於テハ訴ヲ受ケサル事件ニ付キ裁判ヲ為ス可カラス」として,検事による国家訴追主義と不告不理の原則を定めたが,例外として,予審判事が検事より先に現行の重罪軽罪があることを知った場合で急速を要する時,弁論により発覚した附帯事件および公廷内の犯罪等については検事の起訴を要しないものとした。また,証拠については,第一四六条で,「法律ニ於テハ被告事件ノ模様ニ因リ有罪ナルノ推測ヲ定ムルコトナシ被告人ノ白状官吏ノ検証調書証拠物件証人ノ陳述鑑定人ノ申立其他諸般ノ徴憑ハ裁判官ノ判定ニ任ス」と定めて,自由心証主義を規定している。 明治二三年一〇月,刑事訴訟法が公布され,同年一一月一日施行と同時に治罪法が廃止された。この訴訟法は八編三三四条から成り,基本的には治罪法を主体としているが,異なる点は,刑事裁判所の構成に関する部分が省かれたこと,大審院の特別権限に属する犯罪を除くすべての事件につき,控訴,上告を認めたこと,抗告を認めたことなどである。その構成は,第一編総則,第二編裁判所(裁判所の管轄,裁判所職員の除斥および忌避,回避),第三編犯罪の捜査,起訴および予審,第四編公判,第五編上訴,第六編再審,第七編大審院の特別権限に属する訴訟手続,第八編裁判執行,復権および特赦となっている。なお,この刑事訴訟法は,起訴について,治罪法で認められていた民事原告人の申立による起訴の制および公廷内の犯罪に対し訴なくして裁判をする制を廃止し,「現行ノ重罪,軽罪ヲ除クノ外予審判事ハ検事ノ請求アルニ非サレハ予審ニ取掛ルコトヲ得ス」(第六七条)として,検事の公訴独占主義を一歩進めている。 大正二年四月,刑事略式手続法が公布されたが,この法律は,区裁判所は,検事の請求により,その管轄に属する刑事事件について,公判前に略式命令をもって,罰金または科料を科することができることを規定している。 大正一一年五月,刑事訴訟法が公布され,同一三年一月から施行されて,明治二三年の刑事訴訟法と大正二年の刑事略式手続法が廃止された。この訴訟法は,九編六三二条から成り,明治二三年の刑訴法と比べ,おもな改正点は,公訴の提起を審判の要件とし,旧法が現行犯,附帯犯などについて認めた不告不理の原則に対する例外を廃止し,公訴の提起について,明治一八年ごろから実務上行なわれていた起訴便宜主義を明文化するとともに,公訴の取消,上訴の抛棄および取下を認め,捜査について,捜査機関が強制力を用いうる範囲を広げ,また,旧法では,公判においてのみ弁護人を用いることを許したのに対し,公訴の提起があれば,予審中でも弁護人を付しうることとした点などである。その構成は,第一編総則,第二編第一審,第三編上訴,第四編大審院の特別権限に属する訴訟手続,第五編再審,第六編非常上告,第七編略式手続,第八編裁判の執行,第九編私訴となっている。 大正一二年四月,陪審法が公布され,昭和三年一〇月から全面施行された。この陪審制度は,いわゆる公判陪審で,刑事事件の第一審の公判において,一二人の陪審員が犯罪事実の有無を評議するものであり,その対象となる事件は,大審院の特別権限に属する罪など特殊のものを除き,死刑または無期の懲役・禁錮にかかる事件(法定陪審事件)のほか,長期三年をこえる有期の懲役・禁錮にかかる事件で,地方裁判所の管轄に属し,被告人の請求のあったもの(請求陪審事件)である。また,陪審に付された事件については控訴は許されないこととした。なお,この陪審法は,昭和一八年三月,その施行を停止されたまま,現在に至っている。 昭和二二年四月,法律第七六号で,日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律が公布され,同年五月三日から施行された。二一条と附則から成り,拘束中の被疑者の弁護人選任権,国選弁護,強制捜査に裁判官の令状を必要とすること,勾留理由の開示,不利益な供述の拒否権,自白の証拠能力および証明力の制限,供述調書の証拠能力の制限,予審の廃止などを規定している。 次いで昭和二三年七月,刑事訴訟法が公布され,翌二四年一月一日から施行された。本法は,日本国憲法の精神にのっとり,被疑者,被告人の人権保障に基本理念をおき,大陸法系に英米法系を採用して,大正一一年の旧法を改正したもので,七編五〇六条から成り,改正のおもな点は,起訴状一本主義を採用して,予審制度を廃止し,公判の審理および証拠に関して,公判中心主義を徹底化し,自白の証拠能力,証明力の制限,伝聞証拠の制限を規定し,強制処分については裁判官の発する令状を必要とし,権利保釈を認め,控訴審を従来の覆審から事後審に改め,上告理由を制限したことなどである。 その後,刑事訴訟法は,昭和二八年八月,やや広範囲におたる改正がなされたが,そのおもな改正点は,権利保釈の除外事由の拡張,簡易公判手続の新設,控訴審における事実の取調べの範囲の拡張,勾留に関する規定および略式手続に関する規定の一部改正などである。
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