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 昭和43年版 犯罪白書 第二編/第二章/一 

第二章 交通犯罪

一 交通犯罪の概況

 昨年版の犯罪白書において,昭和四一年の交通事故による死傷者(そのほとんどが,戦後急激に増加した自動車と原動機付自転車の交通によって起こされた事故によるものである。)の数が,わが国としては空前の数字を示すに至ったことを指摘した。不幸にして,この数字は,空前ではあったが,絶後とはならなかった。
 II-72表は,昭和二〇年以降年年の自動車と原動機付自転車の各台数,それに交通事故による死亡者と負傷者の人員数を示したものであり,II-73表は,昭和二一年以降各年ごとについて,この死亡者と負傷者の,自動車一万台当たり,人口一〇万人当たり,一日当たりの比率を比較したものである。昭和四二年の交通事故による死亡者数は一三,六一八人で,前年よりわずかに減少しているものの,負傷者数は六五五,三七七人で,前年より一三七,六〇二人の増加を示し,死傷者数で一三七,三一六人の増加をみており,一日当たりの死亡者は三七人強,負傷者は,実に一,八〇〇人近くとなる訳である。この膨大な交通事故の被害者数―前に述べたように,そのほとんどが自動車事故の被害者であるが―に対応して,これに近い数の加害者があり,その大部分の者が,軽重の差こそあれ,それぞれ刑罰を受け,損害賠償義務を負担しているわけである。さらに,この多数の被害者と加害者の周辺には,一家の支柱を奪われて貧窮の底に沈んだ被害者の家族,働き手の服役や失職に,生活の方途を見失った加害者の妻子,賠償金の支払いに苦しむ運転者の雇い主などが,数多くいるはずである。国民のきわめて広い範囲の層に,かくも悲惨な打撃を与えることにおいて,自動車事故に匹敵するものは,おそらく,戦争をおいてほかにないであろう。世論が,自動車事故事件激増の現況を,交通戦争と名づけで,この撲滅に深い関心を寄せていることは,まことに理由のあることである。

II-72表 交通事故の発生件数と死傷者数(昭和20〜42年)

II-73表 交通事故率累年比較(昭和21〜42年)

 そのようなわけで,交通犯罪という用語も,この章においては,もっぱら自動車(原動機付自転車を含む。以下,とくに区別しないとき,同じ。)交通に関する犯罪という狭い意味に限定してのべることとする。また,自動車交通に関する犯罪といっても,人を死亡させたり,負傷させたりして,主として刑法第二一一条(業務上過失致死傷および重過失致死傷)に触れる罪と,道路交通法その他交通関係法令の罰則に触れるものの二つに大別され,前者は刑法犯,後者は,いわゆる行政犯とされているが,もともと,道路交通関係法令も,道路交通の危険を防止し,その安全と円滑を図ることを目的としており,取締りの励行は,かなりの程度まで,事故防止に役だつという関係にあるので,この二つを並行させながら,その概況をみていくこととしたい。
 自動車台数の増加は,II-72表にみたとおりであるが,これを操縦する資格を与えられた者の増加も著しい。II-74表は,昭和三〇年以降の,運転免許現在数を示したものであるが,昭和三〇年の数字を一〇〇とする指数で,昭和四二年には,八六四にも達する激増となっている。一人で,二つ以上の異なった種類の免許証を取得している者もあるので,現実に,なんらかの運転免許証の交付を受けている者の数は,この表の数字より少なくなるが,それでも,運転免許取得者数は,昭和四二年に,二四,六九七,二一五人にも達している。運転免許証の交付を受けることのできる最低の年齢である,一六歳以上の人口は,同年に,七,四三九万余人と推計されるので,おおむね,三人に一人は,なんらかの運転免許証を取得している計算となる。II-12図は,これまでにみた交通事故の被害者数,自動車台数,運転免許現在数の推移を,それぞれ昭和三六年を一〇〇とする指数によってみたものであるが,いずれも,わずか六年の間に,それぞれ二倍をこえる増加を示しており,その中でも,運転免許現在数の増加が著しい。

II-74表 運転免許現在数(昭和30〜42年)

II-12図 車両数,運転免許現在数および交通事故による死傷者の推移(昭和36〜42年)

 このように,自動車運転者層の幅が広くなったことは,次の数字にも反映されているように思われる。II-75表は,いわゆる死亡事故事件において,事故の主たる原因があるとされた自動車の種別と死亡者数との関係を示したものであるが,一般に,事業用自動車による事故よりも自家用自動車による,事故の増加率が高いが,自家用四輪乗用車の増加がことに著しく,昭和四〇年の数字を一〇〇とする指数で,昭和四二年は,一四六にも達し,事故の主たる原因が自動車にある死亡件数の二一・三%を占めるに至った。いわゆるマイカー族の起こす事故の増加が,世人の関心を集めているゆえんであろう。

II-75表 事故の主たる原因となった車種別死亡件数(昭和40〜42年)

 ところで,自動車の交通による人身事故といっても,一般に,自動車の台数が増加し,歩行者にも,交通安全知識が普及されるにしたがって,歩行者が自動車の犠牲になることよりも,自動車間の衝突等の事故による犠牲者が増加するといわれている。II-76表は,厚生省の人口動態統計により,自動車事故による死亡者のうち,歩行者のそれと,二台以上の自動車相互の交通事故によるものとを,昭和二五年以降,五年ごとに比較してみたものであるが,同年から,昭和四〇年までの一五年間の増加率を比較すると,歩行中事故にあって死亡した者の増加率が三倍強であるのに対し,二台以上の自動車相互間の事故による死亡者は,実に五〇倍以上の激増ぶりを示し,先に述べたような傾向を,顕著に示しているといえよう。

II-76表 原因別自動車事故死数比較(昭和25,30,35,40年)

 II-77表は,交通事故による死亡者と負傷者について,七大都市所在の都府県内における数が,全国総数に占めている比率を示したものであるが,大都市における人口の過密化,逆に地方の農山漁村等からの人口の流出が,大きな社会問題となっているにもかかわらず,交通事故事件にあっては,大都市の占める比重が,逐年減少する傾向にあることが注目される。おそらく,自動車の急激な増加と,交通安全施設の整備や交通安全知識の普及とのアンバランスが,大都市より,大都市以外において著しいことなどの原因によるものであろう。

II-77表 全国および7大都府県の死傷者数(昭和38〜42年)

 このようにみてくると,最近の交通事故,ことに人身事故は,自動車のめざましい普及に伴って,マイカー事故,自動車対自動車事故の各増加,自動車事故の地方化ないし全国化といったことにより,特色づけられているように思われる。
 次に,道路交通法違反事件の最近の傾向をみたのが,II-13図である。昭和三八年中に,警察から検察庁および家庭裁判所に送致された同法違反事件四,二二九,八〇八件,昭和四二年中に送致された四,七〇四,五七二件(いずれも車両等の交通にかかる違反に限定した。)を,態様別に分類して比較すると,両年とも,最高速度違反が他の違反態様を引き離して第一位にあり,この傾向は,数年間変わっていない。無免許運転の減少,駐車違反の増加は,運転免許取得者と自動車台数の増加を,それぞれ反映するものであろうか。総数中に占める割合は,さして大きくないが,酒酔い運転が,〇・九%から二・五%に激増(実数で七万七千件以上の増加)し,追越違反,歩行者保護違反,信号無視,一時停止違反といった,事故の発生に直結するような違反態様が増加していることには,警戒を要するものがあろう。

II-13図 道路交通法違反態様(昭和42年)

 おわりに,交通犯罪の中で,一般に,最も悪質といわれている,「ひき逃げ」について触れることとする。道路交通法は,車両等の交通による人の死傷または物の損壊があったときは,当該車両等の運転者その他の乗務員は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならないとしているが(道路交通法第七二条第一項前段),その中でも,危険性が高く,犯情も重い,人身事故発生に伴うひき逃げ事件の推移をみたのが,II-78表である。発生件数は,年を追って増加しているが,人身事故自体の増加率(昭和三八年の死傷者数を一〇〇とすると,昭和四二年の指数は一八〇に達する。)よりは低く,昭和四二年の検挙率は,八三・二%と最高の数字を示している。また,ひき逃げされた事故の死傷者数は,増加しているが,人身事故全体の被害者数中に占める割合は,逐年減少の一途をたどっている。ひき逃げ事件にみる,このような好ましい傾向は,後にも触れるとおり,昭和三九年の道路交通法改正によって,人の死傷があった場合の,運転者によるひき逃げ事犯に対する法定刑が大幅に引上げられたこと,警察のひき逃げ事件に対する捜査能力の向上によって,検挙率が向上したことなどによってもたらされたものと考えられる。

II-78表 ひき逃げ事件累年比較(昭和38〜42年)