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 昭和43年版 犯罪白書 第一編/第三章/一/2 

2 受刑者の処遇

(一) 概況

 古くは行刑といわれた受刑者の処遇は,戦後,矯正という概念で統一された。受刑者を矯正することは,至難のことであり,その実施をめぐって,種々困難な問題が生ずることは,避けがたいことであろう。
 受刑者処遇の基本となっているものは,監獄法である。監獄法は,明治四一年の制定であるが,その実施後,大正一二年ごろから,改正の企てがあり,戦後も,新しい刑事政策の進展にそぐわないものがあるとして,昭和二二年および昭和二八年に監獄法の改正が計画され,検討が重ねられたが,いずれも,改正の実現にまでは至らなかった。しかし,この間,時代の進展に即応するため,監獄法施行規則の一部改正が,しばしば,行なわれてきた。とくに,昭和四一年には,相当大規模な改正が行なわれで,昭和四二年一月から施行された。この一部改正では,独居拘禁期間およびその更新期間の短縮,一般的交談禁止の廃止,所長裁量による開放的処遇の導入,新聞紙などの閲読許可,受刑者の「丸刈り」を他の適当な調髪方法に改めることなどを主要なものとする,相当大きな改革がみられたが,収容者の法的地位を明確にすると同時に,矯正処遇の徹底,更生復帰の促進を図るためには,処遇の基本法である,監獄法を新しい見地から構成し直す必要があり,このような発想から,法務省矯正局においては,昭和四二年七月,矯正局監獄法改正準備会を設け,監獄法を調査,検討して,監獄法改正のための草案作成の作業を始め,現在,種々検討が続けられている。
 受刑者の自発的な改善への努力を促進し,社会適応化を図ろうとする,組織的教育的処遇の方法である,行刑累進処遇令は,昭和九年わが国において,全国的に実施されたが,これは,処遇段階を四階級に分け,行刑成績に従って,最下級(四級)から最上級(一級)へと,段階的に,順次処遇を緩和すると同時に責任の加重を行ない,社会生活に近づけようとするものである。行刑累進処遇令は,その第一条に目的を規定しているが,「受刑者ノ改悛」「其ノ発奮努力」というのは,受刑者が,自己の責任を認め,自発的に,自己形成を行なうよう奨励することを意味するもので,その基本は,受刑者の倫理意識に訴えようとしているものであるが,このためには,行刑累進処遇令の第二章に規定されている分類,すなわち,医学,心理学,教育学および社会学などの知識に基づいた調査が行なわれなければならない。

(二) 分類

 新受刑者に対しては,入所時教育訓練と平行して,分類調査が行なわれる。この分類調査は,個々の受刑者について,それぞれのもつ問題と資質との関係を明らかにして,最も有効適切と思われる処遇計画をたてることを目的として行なわれるものである。分類調査は,医学,精神医学,心理学,社会学,教育学などの知識を,できるだけ活用して行なわれるもので,面接調査の資料としては,犯罪の内容・経過,生活史,心身の特質,家庭状況,近隣関係および所属集団,前に収容されたことのある場合には,その施設での行状などについての情報が利用されるほか,本人の日常を監督する任にある職員による本人の行動観察の資料が活用される。
 入所時の分類調査においては,前述の資料を総合して,個々の受刑者について,その個性を把握し,事故や反則の予測,教育訓練の内容と方法,保護上の必要な処置,作業または職業訓練の種目とその指導方法,医療・保健上問題とすべき点などを明らかにして,適切かつ具体的な処遇方針をたてる操作を,入所一五日以内に行なう。その操作の終結として,適切なグループ(分類級という。)に編入される。
 現在,採られている分類級は,性別,年齢別(成人と少年の別),刑名別(懲役と禁錮の別),国籍別(外国人を区別する。)などのほか,心身の障害の有無および所定の刑期を通じての矯正の見通しによって,次の一一級に分けられている。分類級別符号およびその内容は,次のとおりである。すなわち,A級(性格がおおむね正常で,改善容易と思われる者),B級(性格がおおむね準正常で,改善が比較的困難と思われる者),G級(A級のうち,おおむね二五歳未満の者),E級(G級のうち,おおむね二三歳未満で,とくに,少年に準じて処遇する必要のある者),C級(刑期の長い者),D級(少年法の適用を受ける者),H級(精神病Hz,精神病質Hy,精神薄弱Hxなどで,その障害のために医療の対象となる者),K級(身体の疾患Kx,身体の故障Ky,老衰,虚弱Kzなどにより,療養または養護を要する者),J級(女子),M級(外国人)およびN級(禁錮受刑者)である。 これらの分類級に類別された受刑者は,それぞれの級ごとに,別の刑務所に移送収容され,そこで処遇を受ける。
 昭和四二年末における分類級別人員およびその割合は,I-71表に示すとおりである。

I-71表 受刑者分類級別人員(昭和41,42年)

 昭和二三年,受刑者分類調査要綱が実施されたが,この要綱における分類とは,入所時分類調査およびその後の再分類調査を通じて,分類収容された受刑者を,さらにその施設内で細分類し,処遇の実施に基づいて,当初の処遇方針を検討し,それを精密化または変更して,社会生活への橋渡しを考える,一連の手続とされている。なお,この手続を通じて,受刑者の矯正を図るためには,各級別受刑者を処遇する刑務所が,その処遇を行なうに適したものに特殊化されなければならない。この意味で,分類制度というものは,施設の特殊化を促進しなければならない。刑務所中に,少年刑務所,医療刑務所が特設され,女子の刑務所,総合職業訓練施設,分類業務充実施設,禁錮受刑者集禁施設などが指定されたのは,このような発想に基づくものと考えることができよう。

(三) 教育活動

 受刑者に対する教育活動は,入所時および出所時教育,生活指導,通信教育,宗教教誨,篤志面接委員による助言指導,職業指導,体育およびレクリエーション指導などの形で行なわれており,このほかに,教科教育が行なわれる。これらの教育活動の実施にあたっては,視聴覚教育の方法が広く活用されている。
 生活指導は,受刑者の日常生活を通じて,しつけ教育を行なうとともに,個々の受刑者の心情の安定を図りつつ,正しいものの見方と考え方とを身につけさせることに目標を置いて行なわれる。また,社会人としての教養を身につけさせるため,一般講演,演劇・音楽・競技会などの行事活動,読書指導,集団散歩,集会,クラブ活動などの方法がとられる。
 通信教育は,昭和二四年以来,施設に導入され,学校通信教育と社会通信教育とを主として,受刑者に教育の機会を与えている。昭和四二年度中の受講生は,四,三九九人で,受講生の多い順に種別をあげると,簿記,自動車,孔版,中学校,高校および大学課程の教科,英語,電気工事,ラジオなどである。
 篤志面接委員制度は,昭和二八年に初めて実施され,逐年,活発化している。昭和四二年末現在における篤志面接委員は,九九二人で,更生保護,社会福祉,教育,文芸などいろいろの種別にわたっており,年間の面接指導の延べ回数は,集団,個人面接指導を合わせて一〇,四二一回に達している。
 宗教教誨は,受刑者の希望により,その希望する教義に従って,その徳性を育成し,更生の機会をうることに役だたせるよう行なわれている。宗教教誨は,民間の篤志宗教家によって実施され,これら宗教家は,教誨師と呼ばれ,昭和四二年末の教誨師の数は,一,〇六一人で,同年間における指導回数は,個人に対するもの九,三六五回,集団で行なったもの六,八一三回となっている。
 教科教育は,成人受刑者については,社会生活に必要な最小限の教科教育が不足していると思われる者に対して,基礎的教科の補習教育として行なわれている。少年受刑者に対しては,学校教育法に準じて,小学校および中学校程度の教科教育を行なっている。

(四) 刑務作業および職業訓練

 刑務作業は,受刑者の釈放後における生活の基礎として必要な職業訓練を行なうことおよび受刑者の勤労精神を育成するとともに,その労働生産性を一般社会のそれに近づけることなどを基調としてて運営されている。このため,青少年およびA級受刑者に対しては,職業訓練に重点をおいており,また,B級受刑者に対しては,有用な種類の作業を選択して,強力に作業を推進することによって,労働の意欲と習慣とを身につけさせ,技能の習得を図るとともに,あわせて,生産性を向上させ,経済性を強調することによって,受刑者に正しい経済生活を営むことのできる能力を付与することに努めている。
 さて,懲役受刑者は,刑法上,定役に服することが規定され,労役場留置者も,作業が強制されるが,禁錮受刑者,拘留受刑者,未決拘禁者などは,法律上,作業を強制されない。これらの者は,請願により,作業につくことができ,これを請願作業といっている。
 昭和四二年末現在における刑務作業の就業率をみると,懲役受刑者九〇・一%,禁錮受刑者九二・三%,未決拘禁者二・七%,労役場留置者七四・〇%である。懲役受刑者に不就業者のあるのは,疾病,懲罰執行,移送などの事由によるものである。
 刑務作業の業態は,物品製作,加工修繕,労務提供,経理および営繕の五種に分けられ,経理および営繕を除いたものを生産作業といっている。生産作業の業態別就業延べ人員は,I-72表に示すとおりで,昭和四一年度においては,労務提供が五二・〇%で最も多い。次が,物品製作で,二五・二%,加工修繕は,二二・九%である。五年間の傾向をみると,しだいに,物品製作が増加している。次に,業態別の生産額をみると,I-73表のとおりで,物品製作が最も多く約三一億六千万円で総生産額の五五・九%,労務提供は,約一五億三千万円で,二七・一%,加工修繕は,約九億六千万円で,一七・〇%である。なお,総生産額は,五六億五千余万円で,支出額の一九億七千余万円に対して,約二・八倍である。

I-72表 業態別就業延べ人員(昭和37〜41年度)

I-73表 生産作業支出額・収入額・調定額および業態別生産額(昭和37〜41年度)

 昭和四一年度における,業種別の生産額および就業延人員を示すと,I-74表に示すとおりである。

I-74表 業種別支出額,生産額および就業延べ人員(昭和41年度)

 生産作業では,就業人員については,金属が最も多く(一五・一%),次いで,紙細工(一三・六%),洋裁(九・五%),木工(七.四%),印刷(五・〇%)である。生産額の点からみると,木工が最も多く,二三・七%,次いで,金属(一九・四%),印刷(一四・七%)の順となっている。
 受刑者の職業訓練については,受刑者職業訓練規則を設けて,適格者には,できるだけ,職業訓練を実施するよう努力している。職業訓練法が施行されてからは,訓練時間および訓練内容をこれに近づけるよう努め,六か月の訓練期間が,一か年に延ばされている。総合職業訓練施設に指定された刑務所においては,そこで訓練を終了した受刑者に,労働省職業訓練局長から職業訓練履習証明書の交付を受けている。中野,奈良,山口および函館の四刑務所における昭和四二年度の証明書の受領総数は,四〇三で,業種では,活版印刷と木工が多い(I-75表)。なお,出所者について,その受刑中に受講した職業訓練の種目および人員をみると,I-76表のとおりで,昭和四二年は,一,五九九人(出所総員に対し,四・六%),昭和四一年は,一,七二三人(五・〇%)で,運輸通信,木工,鍛造,板金,機械などの金属関係,活版,謄写などの印刷関係などの種目が多い。職業訓練受講終了者は,出所者の全員に対する比率は,まだ,あまり高くないが,確実に職業を腕につけることが,出所後の職場安定に非常に役だつものとして,一人でも多くの受刑者に,訓練の機会を与えるように努めている。

I-75表 労働省職業訓練局長履修証明書受領者数(昭和40〜42年度)

I-76表 出所受刑者の職業訓練(昭和41,42年)

 刑務作業に従事した者には,作業賞与金が支払われる。これは,作業の種類,就業条件,作業成績,行状などを考慮して,一定の基準で計算し,作業賞与金計算高として,毎月,収容者(請願作業に就業した者も含む。)に告知される。昭和四二年度における,計算高の一人平均月額は,六四二円である。作業賞与金は,収容者の釈放のとき,給与される。
 作業賞与金は,作業賃金ではなく,就役に対して,恩恵的に支払われるものであるが,現在,出所時,一万円以上の作業賞与金を給与される者は,出所受刑者の四分の一にも満たない状況で,今の経済生活からみれば,出所後の生活をささえるためには,十分といえない。

(五) 給養および医療

 受刑者の処遇は,特殊な拘禁環境下で行なわれるので,身体,精神両面に対する衛生的配慮を忘れることはできない。また,日常生活の必需物資である,衣類,寝具,日用品,食糧などは,受刑者には,給貸与されるが,これらのものの管理には,科学的な注意が払われている。給食については,健康管理上,最も重視し,主食偏重の欠陥を是正して,その改善に努力している。刑務所における,主食は,原則として,米四,麦六の割合で,性別,年齢,従事する作業の強度などによって,五等級に分けられている。一等食は,一日三,〇〇〇カロリー,五等食は,一日一,八〇〇カロリーといったように,その熱量が定められている。副食も,一日六〇〇カロリー以上を確保することが要求されている。一日の副食費は,昭和四二年度においては,成人受刑者一日あたり,三三円七四銭(少年受刑者三八円六〇銭)で,昭和四一年度に比べて,一円五一銭(少年受刑者で,一円七四銭)増額されている。また,結核患者,結核以外の患者,妊婦,外国人などには,副食費の特別増額ができることになっている。給食の調理方法,温食給与の方法などについても,種々の工夫が試みられ,集団生活の苦痛の緩和に,少しでも役だてようと,努力している。
 収容者の環境衛生や精神衛生には,細心の注意を払い,その健康管理に努めている。所内で疾病にかかった者の治療については,医療機構,医療設備の充実によって,対処しているが,昭和二二年以降,特設施設として,医療刑務所を設けて,長期医療を要するり病受刑者の治療に努力している。

(六) 保安

 刑務所および拘置所には,その基本的機能として,収容者(未決拘禁者などを含む。)の身柄の確保という業務がある。この業務は,その他の処遇が,収容者の確保のうえに,成り立つという意味においては,すべてに優先するものである。刑務所および拘置所の安全と秩序とを維持しつつ,矯正のための他の機能が十全に行なわれるようにする業務を保安といっている。保安は,拘禁という特殊な環境における人が対象であり,また,対象者には,精神状態のかたよった者も多く含まれるので,その業務には,多くの困難が伴い,その遂行には,非常な努力が必要である。
 I-77表は,収容者が,在所中の行為により,起訴されたものを示したもので,昭和四二年においては,三一八人の受刑者が起訴されている。このうち,傷害が最も多く,二五五人である。

I-77表 在所中の行為により起訴された収容者(昭和38〜42年)

 次に,I-78表は,所内での秩序違反により懲罰を受けた者を,懲罰内容別に示したものである。昭和四二年の懲罰人員は,三〇,二二一人で,一日平均収容人員に対する比は,五八・二であるから,半数以上が懲罰事犯を犯したことになる。しかし,出所者について,在所中に懲罰事犯を犯したことの有無を調べてみると,I-79表に示すとおりで,昭和四二年の出所者については,懲罰経験者は,三七・一%であり昭和四一年のそれは,三六・八%で,いずれも四〇%に満たない。これは,おもに,いわゆる問題受刑者といわれる,限られた者によって,紀律違反が,起こされていることを物語るものであろう。ちなみに,昭和四二年の出所者について,分類級別と懲罰経験者の比率をみると,G級が最も多く四五・〇%,次いで,H級四三・八%,B級四二・五%であり,A級は,二七・〇%で,前の三つの級に比ベて低率である。J級は,一六・二%で最も低い。

I-78表 受刑者懲罰事犯別受罰人員(昭和38〜42年)

I-79表 出所受刑者の出所時分類級別懲罰の有無調べ(昭和41,42年)

 懲罰事犯に対する懲罰としては,軽屏禁,文書・図画閲読禁止,運動停止,叱責などが定められている。