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 昭和42年版 犯罪白書 第二編/第三章/三/1 

三 保護観察をめぐる当面の問題点とその対策

1 処遇の困難な対象者に対する保護観察

(一) 移動対象者の保護観察

 大都市およびその周辺の人口の膨大化,農漁村人口の減少,若年層の都市地域への移動は,近年きわめて顕著な傾向を示しているが,保護観察対象者もその例外でなく,II-120表にみるとおり,累年,移動するものが増加し,それに伴い,保護観察所相互間の共助事件(所在調査)ならびに移送事件が増加している。これを,保護観察種別ごとに,移送人員の受理人員に対する割合(移送率)でみると,保護観察処分少年および少年院仮退院者に,その率が比較的高く,青少年対象者の移動の多いことを示している。なお,保護統計年報によれば,大都市を管轄区域に持つ東京,大阪,名古屋,横浜,神戸,京都,福岡の七庁の昭和四〇年中の移送受理事件数は,全国の五〇%をこえており,一方,東北,九州,四国,中国の大部分の庁は,移送受理事件に比べ,移送事件が多い状況である。

II-120表 受理人員(新受・旧受)および移送人員の累年比較(昭和31〜41年)

 保護観察対象者の移動は,それ自体,保護観察に空白を生じやすく,さらには,掌握の困難,処遇の不徹底をきたして所在不明となり,再犯に至ることがおそれられ,移送事件の増加は,処遇の困難な対象者の増加を意味するものである。また,それは,所在調査の依頼,所在調査および報告,事件の移送および受理等の諸手続の増加となり,保護観察所事務量の増大をきたしている。
 昭和三九年八月,法務省保護局が行なった保護観察対象者の移動に関する一部調査によれば,移動した対象者七四六人のうち,転居申出をあらかじめしないで転居した者が,五九・四%(四四三人)に及んでいることが注目される。また,同局が行なった全国調査によれば,昭和三九年中に,依頼により所在調査を行なった者二六,〇五八人のうち,転居した事実は明らかであるが,その所在が判明しないため,事件を移送することができなかった対象者が,五三・八%(一四,〇二一人)もある。これらの者については,その後も所在調査が続行され,ついには,これをは握するに至った者もあると思われるが,一般的にいって,これらの対象者は,かなりの期間にわたり,保護観察を事実上行ないがたい状態に陥っていたわけで,看過することのできない問題である。なお,同調査によれば,移動後において,不安定な職業にあった者二〇・五%,無職および失職の状態にあった者二一・七%であり,積極的な指導や保護を必要とする対象者が四〇%をこえる状況である。さらに,生活が安定するに至らなかった者の中には,所在不明になる者もありうるわけで,かつて,大阪保護観察所が行なった調査によれば,同庁が移送を受理した一一八人のうち,移送受理後,間もなく,所在不明になった者が一〇人あり,受理三か月後には,さらに九人が所在不明になっていたとの報告がある。また,近年,大都市を管轄する保護観察所では,全国平均を上回って所在不明者の割合の高いことが認められるが,このことは,ある程度,右の事情に関連する点があると思われる。移動前後の対象者の処遇の問題は,所在不明防止のうえからも,ゆるがせにできないことである。最近五か年間における保護観察対象者の所在不明の状況は,II-121表のとおりで,総数についてみれば,累年,所在不明者の割合が減少しており,いちおう,好ましい傾向を示している。

II-121表 保護観察種別所在不明状況累年比較(昭和37〜41年)

 さて,移動対象者の取扱いのうち,重視されるのは,移送庁と受理庁との間の密接な連携と的確,迅速な所在調査であるが,さきの法務省保護局の調査によれば,所在調査開始の日から移送終了までに要した期間が,一か月以内三九・二%(うち,一五日以内一五・六%),一か月以上二か月以内三二・九%,二か月以上二七・九%で,六〇%以上の事件が一か月以上を要し,二か月以上を要しているものが三〇%近くもあることを示している。これらの事務処理については,いずれの保護観察所においても,相当の努力が払われているが,保護観察所の人手が少なく,また,仕事の性質上,所在調査にあたっても,周到な配慮を加える必要があることたどのため,右のような現状となっているが,さらに,調査方法等にいっそうの検討を加え,移送手続の迅速化を図ることが望まれる。

(二) 短期対象者の保護観察

 昭和四〇年,四一年中に,期間満了により,一か月以内に保護観察を終了した者の状況は,II-122表のとおりである。これを,同四一年についてみれば,少年院仮退院者三・八%,仮出獄者三一・八%で,全対象者についてみれば一二・一%を示している。このように,仮釈放については,保護観察期間の著しく短い対象者の数は決して少なくないが,もとより,仮釈放は,地方更生保護委員会が,本人の年令およよび在院期間,刑期その他の諸般の事情等を十分に考慮して決定するところであって,仮に,仮釈放中の期間が,保護観察の所期の成果を得るためには,必ずしも十分でないとしても,そのような仮退院期間や仮出獄期間の短い仮釈放の実施も,仮釈放制度全体としてみるときは,相当の意義を有することはいうまでもない。

II-122表 期間満了により1か月以内に保護観察を終了した者の状況(昭和40年・41年)

 しかし,仮釈放者に保護観察を実施するうえで,わずか一,二か月というような短い期間では,十分な処遇を行ないがたい場合のあることも事実であるから,関係者の間には,仮出獄を許された者について,その残刑期間が短くても,少なくとも六か月間ぐらいの保護観察を実施しうるようにすることが望ましいとの考えがあり,目下,法制審議会で検討中の刑法の全面改正に関する準備草案の中では,その旨の規定が考慮されている。

(三) 精神障害対象者の保護観察

 保護統計年報によれば,昭和四〇年中に,全国の保護観察所が新たに受理した保護観察対象者六二,二五八人のうち,前処分庁または矯正施設等で,精神診断を受け,その結果の明らかな者は,三五,一二一人(五六・四%)である。残り二七,一三七人(四三・六%)の者は,精神診断を受けていないことなどにより,その状況は明らかでない。とくに,保護観察処分少年では,五〇・九%,保護観察付執行猶予者では,九二・三%の多数の者が精神状況が明らかでないままに保護観察下にはいってきている。これら精神状況の明らかでない対象者に対して,保護観察所自体においては,精神診断を行なう機能が制度化されていないうえ,予算も十分でないため,特殊な場合のほかは,それを実施していないので,現段階では,保護観察対象者中の精神障害者の実態とその数をは握することはむずかしい状況である。そこで,右の精神診断を受け,その結果の明らかな者(三五,一二一人)のみについてみれば,その一二・八%(四,五〇六人)が精神障害者であり,その内訳は,精神薄弱者九・八%(三,四四五人),精神病質者二・五%(九〇八人),神経症者〇・一%(二六人),その他の精神障害者〇・四%(一二七人)である。また,右の精神診断を受け,その結果の明らかな者について,保護観察種別ごとの精神障害者の割合をみれば,保護観察処分少年九・九%(一,三六七人),少年院仮退院者一八・一%(一,〇八四人),仮出獄者一三・九%(一,九五六人),保護観察付執行猶予者一五・一%(九八人),婦人補導院仮退院者二五%(ただし総数四人のうち一人)である。
 昭和三九年三月,法務省保護局が行なった全国調査によれば,精神資質上,明らかに重大な欠陥のある保護観察対象者は,一,五九四人で,そのうち,精神病院入院中の者一四・二%,精神医の治療,指導を受けている者七・五%,精神病院等に入院を必要とする者および精神医学的措置を必要とする者で,それらを受けていない者五三・〇%,更生保護会に収容されている者二二・八%という状況で,とくに,半数以上の者に対して,精神医学的な治療,指導がなされていないことは,検討を要することである。しかし,保護観察所にあっては,対象者のうち,必要な範囲において,精神鑑定医の診察および保護がなされるよう,精神衛生法第二三条に基づく申請,および同第二五条の二に基づく通報等の措置を積極的に執っている。昭和四一年中の,その実施状況は,II-123表のとおりである。

II-123表 保護観察対象者に対して執られた精神医学的措置の状況(昭和41年)

 精神障害者の保護観察成績は,概して不良で,とくに,非行および犯罪を犯したこと等により,それぞれ,処分の取消し等を受けて保護観察を終了する者の割合が多い状況である。すなわち,昭和四一年中に保護観察を終了した者のうち,その取消し等により,保護観察を終了した者の状況は,II-124表のとおりで,保護観察処分の取消しを受けた者二六・〇%,仮退院の取消しおよびもどし収容を受けた者三三・〇%,仮出獄の取消しを受けた者五・二%,執行猶予の取消しを受けた者四二・〇%で,いずれも,全体の割合を上回り,とくに保護観察付執行猶予者に,取消しを受ける者の多いことを示している。

II-124表 精神障害者のうち取消し等により終了した者の状況(昭和41年)

 すでに指摘したとおり,保護観察所には,保護観察に付された者について,精神障害者であるか否かをは握するための精神医学的な設備その他の機能が,まだ制度化されていないが,少なくとも,専門医による精密な人格の診断,鑑定を積極的に依頼できる態勢をつくることが必要であり,また,大都市を管轄する庁にあっては,そのような対象者の数が多いと考えられるので,たとえば,所要の設備をもつ人格考査室を備え,心理診断技能を有する保護観察官の配置を得ることなどは緊急を要することである。とくに,これらの対象者については,保護観察開始当初における処遇方針の策定および処遇の過程における具体的な方法の検討に関し,専門医等の活用を図ることが,問題対象者の早期発見および処遇効果を高めるうえに強く望まれるが,現段階では,人員,設備等の不足から,それができない状況である。なお,その処遇充実の方策の一つとして,精神障害対象者を専門的に収容する更生保護施設の設置も切望されているが,現在,東京に一施設あるのみである。
 このように,精神障害者に対する保護観察の機能等の面では,なお整備,充実を要する部面があるが,最近,保護観察所では,法務省保護局の指示に基づき,精神障害者らを含む処遇困難対象者に対して,処遇分類制を採用し,保護観察官による直接処遇を中心として,重点的な保護観察を実施する態勢が整えられつつある。法務省保護局の調査によれば,昭和三九年三月末の,この重点観察対象者は,二,五七三人であったが,同四一年末では,それが約六,〇〇〇人におよんでいる。

(四) 暴力組織関係対象者の保護観察

 保護観察対象者の中には,犯行当時,暴力組織に加入しており,保護観察の段階でも,なお,関係があるという者も,かなり含まれている状況である。最近その状況を調査した資料がないので,その数は,明らかでないが,これらの暴力組織関係対象者の処遇には,種々困難を伴う場合が多い。その方法等については,さらに検討を要するものがあるが,ここでは,その問題点の指摘だけにとどめる。