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 昭和42年版 犯罪白書 第一編/第六章/五/2 

2 精神病質者の犯罪

 犯罪や非行の背景で,「性格の病的な異常ないし偏倚」が大きな役割を演じているという主張は,かなり古く,一七世紀中ごろから,すでにあったようである。一九世紀の初期には,「背徳狂」という概念が構成され,英国の精神医プリチャードにより,この概念が明確にされた。すなわち,感情,気分,性向,習慣,道徳的努力および衝動の病的な抑制欠如を特徴とする一群の精神障害をあげ,これを「背徳狂」と呼んだのである。右に述べた「背徳狂」という概念は,それが,いわゆる「犯罪性精神病質」の中核をなすものであるとはいえ,今日もはや用いられていない。
 精神病質者の犯罪について考察すると,傷害,暴行といった粗暴犯がその特徴的な犯罪と考える人が多い。しかしながら,ひとしく精神病質と言っても,その類型によっては,犯罪と密接な関係のあるものと,そうでないものとがあり,前者に属するものとしては,意志欠如型,発揚型,惰性欠如型,爆発型,気分易変型などである。後者に属するものとしては,自信欠乏型,無力型,抑うつ型などで,これらは,むしろ,神経症との関連がより密接であり,犯罪者の中に発見することは比較的少ない。
 従来の研究や報告によると,精神病質者の犯罪の特徴として,社会的予後が不良で,再犯への危険性が著しく高くしたがって,常習化ないし累犯化の傾向があることが明らかにされている。それゆえに,精神病質者に対する処遇対策は,その治療教育の方法か確立されていない現状では,主として,再犯防止や社会防衛的立場から,行なわれざるをえないと思われる。しかしながら,わが国における精神病質犯罪者の対策としては,教育と医療と保安とを兼ねた,近代的な保安処分の制度が確立されておらず,また,精神衛生法は,精神障害者らの医療,保護並びに予防を一義的目的としており,精神病質者らの社会防衛に関しては,実施上いろいろと問題があって,必ずしも十分な効果を収めていない。すなわち,精神病質犯罪者の問題は,わが国における刑事政策と精神衛生施策との間の未開拓の領域であるといえよう。