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 昭和42年版 犯罪白書 第一編/第六章/四 

四 精神障害者の犯罪の実情

 いうまでもないところであるが,罪を犯した者が,精神障害者であるかどうかということは,専門医の精密な診断を経なければ,判断できない事がらである。そのうえ,他の疾病と違い,本人に自覚症状があって自ら診断を求めることは少ないと思われるので,犯罪者の中に,どのくらいの比率で精神障害者が含まれているかというようなことを調査するのに,本来,はなはだ困難なことなのである。
 警察庁では,昭和三八年まで,刑法犯の検挙人員中における精神障害者数を計上しており,成人,少年ともに,全検挙人員の一%弱が精神障害者であるという結果をみているが,昭和三九年以後は,このように一般的な傾向を示す統計は存しない。しかし,少年事件については,家庭裁判所が処分を決定した一般保護事件(道路交通保護事件を除いたもの)の一五%ないし二〇%について,心身鑑別がなされており,昭和三六年から四〇年までの鑑別結果は,I-79表のとおりである。これをみると,五年間を平均して,鑑別対象者の一三・四%が精神障害者とされているが,実数,比率ともに,漸減の傾向にあること,精神障害の過半数が精神薄弱,三分の一が精神病質であることを知ることかできる。また,精神分裂病,てんかん等の精神病を主体とするその他の精神障害は,昭和三九年まで実数,比率ともに,少数ながら,逐年増加する傾向をみせていたが,四〇年には,やや減少している。

I-79表 一般少年保護事件心身鑑別結果(昭和36〜40年)

 I-80表は,矯正施設に収容されている者の精神状況を調査比較したものであるが,刑務所にあっては,昭和四一年一二月二〇日現在の受刑者の状況を示し,少年院,婦人補導院にあっては,昭和四一年中に,新たに収容された者の状況を示すものであるため,厳密な比較対照には堪ええないうらみがあるものの,各施設の,おおよその傾向を知ることができよう。これによると,受刑者の一三・八%,少年院被収容者の一七・三%が精神に障害があるという結果となっている。婦人補導院では,この数字が四六・四%となり,その大部分が精神薄弱であるという特色ある傾向を示しているが,この結果は,被収容者が成人の売春婦に限られていることによるものである。このようにみてくると,心身鑑別の対象となった少年,受刑者,少年院被収容者のいずれの場合にも,その一割ないし二割を精神障害者が占める結果となっている。心身鑑別の対象となった少年は,そのほとんど全部が少年鑑別所に身柄を収容されたものであることを考えると,検挙されれば,身体の拘束を受けるような犯罪を犯した者の一割ないし二割は,精神障害者である可能性が強いということになるのではあるまいか。

I-80表 矯正施設被収容者の精神状況比較(昭和41年)

 つぎに,精神障害の種類と罪種との関係を考察してみることとする。I-81表は,I-79表にある少年の鑑別結果に基づき,昭和三六年から四〇年までの五年分を合計して,精神障害の種類と,対象少年の犯した罪種との関係を示したものである。さきに触れたように,心身鑑別の結果,総数の一三・四%が,精神障害者とされているが,その中では,精神薄弱が総数の七・八%を占め,精神病質の四・六%,薄弱と病質を除いた比較的重症の「その他の精神障害」が一・〇%と,これに続いている。そこで,この表によって,各病種あるいは各罪種について,それぞれ,その特色をみると,たとえば,放火を犯した者の総数は,四四〇人であるが,その五六・六%にあたる二四九人までが,精神障害者と認められたものである。殺人についてみれば,一,三七三人中二九一人,二一・二%となる。総数に対する精神障害者の占める割合は,一三・四%であるので,これを大きく上回る放火や殺人は,精神障害者によって犯されることの多い犯罪であるということができよう。また,精神薄弱者は,総数の七・八%であるが,売春を犯した者の一三・八%までが薄弱者であるという結果をみており,このことは,婦人補導院被収容者の調査結果とも一致するものとなっている。一方,賍物犯についてみると,総数九一八名のうち,精神障害者の占める割合は,六二名,六・八%にすぎず,精神障害者にして,この種の犯罪を犯す者は,はなはだ少ないという結果となっている。業務上過失致死傷その他の過失致死傷については,精神障害者の占める割合は,さらに少なく,そのほとんど全部,九六・一%までが,正常者および準正常者によって犯されている。しかし,この犯罪については,その大部分が自動車運転に伴う事犯であることを考えれば,当然のことであって,むしろ,精神障害者にしてこの種の事犯を犯す者のあること自体が問題であろう。

I-81表 最近5年間の少年の罪名別精神障害者調(昭和36〜40年の累計)

 刑法は,心神喪失者の行為は罰せず,心神耗弱者の行為はその刑を滅軽することとしている(刑法第三九条)。いうまでもなく,心神喪失とか心神耗弱というのは,刑法上の用語であって,精神医学的意味での精神障害の種類や程度を示すものではないが,裁判官や検察官がこれらの認定をする場合には,精神医の精神鑑定を求めるのが通例であることを考えれば,心神喪失といわれる者の大部分は,重症の精神病者および白痴,重症痴愚段階の精神薄弱者であり,また,心神耗弱といわれる者の多くは,軽症痴愚,魯鈍段階の精神薄弱者,一部の精神病質者または比較的軽い精神障害の状態にあった者と考えてさしつかえない。I-82表は,心神喪失の理由で不起訴または第一審で無罪となった者,および第一審において刑の減軽事由としての心神耗弱を認められた者の数を示したものであるが,右の意味において,本表もまた,精神障害者の犯罪の実態の一面を示すものと理解してよいと思われる。つぎのI-83表は,昭和三六年から四〇年までの五年間に,心神喪失の理由で不起訴になった者が,起訴,不起訴を合計した終局処理人員総数の一%以上を占めている罪名を列挙したものである。この割合の最も多いのが尊属殺で,二五・五%に及んでいる。これは,この罪を犯した者の約四人に一人が,重症の精神障害者であったということを物語るものであるが,これに,放火の九・二%が続き,以下,船車往来危険,殺人,えい児殺となっている。この五つの罪種を除いた他の罪名にあっては,心神喪失の理由で不起訴となるのは,一万人に三人しかいない計算となるのである。

I-82表 心神喪失と心神耗弱の人員(昭和36〜40年)

I-83表 心神喪失の罪名別人員比較(昭和36〜40年の計)

 捜査中あるいは公判審理中に,被疑者または被告人が,精神障害者ではないかという疑いをいだかれて,精神鑑定に付された事例の傾向をみることも,精神障害者による犯罪の実情を知る手がかりの一つとなるものであろう。I-84表[1]および[2]は,昭和四一年中に,全国で刑事事件の捜査段階または公判段階で,精神鑑定に付された被疑者六一名,被告人三六六名,合計五二七名について,その罪名と,鑑定の結果を集計したものである。罪名についてみると,捜査段階においては,その大半が殺人と放火によって占められているのに対し,公判段階にあっては,各種の罪名が比較的平均化されて鑑定に付される傾向を示している。鑑定結果についてみると,捜査段階では,精神分裂病とされるものが最も多く,正常と判断されるものが少ないが,公判段階では,正常とされるものが最も多く,軽度の精神薄弱,精神病質がこれに次いでいる。このような結果は,重罪を犯した重症の精神障害者については,おおむね,捜査段階で,精神鑑定に付されているが,それ以外の者に対する鑑定は,公判段階に持ち越される例が少なくないことと,公判段階にあっては,正常者あるいは正常に近い者も精神鑑定を求める事例が多いことを物語っているものと思われる。

I-84表

 罪を犯した精神障害者は,どのような再犯の傾向を示すものであろうか。I-85表は,昭和三一年から四一年までの間に,精神衛生法に基づいて入院措置がとられ,あるいは,心神喪失の理由によって,不起訴または無罪とされた精神障害者が,右の期間内に,再度事件を起こした事例について,初犯罪名と再犯罪名との関係を示したものであるが,精神障害犯罪者の再犯事例にあっては,初犯罪名と再犯罪名との間に,顕著に同一性,類似性が認められる。合致率一〇〇%の売春,八三・一%の窃盗などについては,一般的にも,常習性の高い犯罪類型に属するが,かつて,殺人の罪を犯し,その後,再度事件を起こした一八名のうち,四四・四%にあたる八名が,再び殺人事件を起こし,残り一〇名のうち五名が,暴行・傷害事犯に及んでいる事実には,注目すべきものがあろう。放火の三〇・〇%,強かん・強制わいせつの六一・五%の合致率にも,異常なものを感ぜずにはいられない。この種の重症精神障害犯罪者に対する施策が,検討されなければならないものと考えられる。

I-85表 精神障害犯罪者の初犯罪名と再犯罪名との関係

 最後に,参考として,地方検察庁における精神診断室の活動状況を付記しておく。
 地方検察庁の中には,精神診断室を設け,被疑者について精神障害の疑いがあるとき,その精神医学的検診を行なっている。
 全国四九地方検察庁のうち,昭和四一年一二月末現在で,東京,大阪,京都,神戸,名古屋,広島,福岡,高知の入地方検察庁では,それぞれ庁内に精神診断室を設け,精神科医の協力を得て,捜査段階で精神障害の疑いがある被疑者につき,本人の同意を得て,その診断時および犯行時の精神状況の診断を求め,起訴,不起訴を決定する際の資にしている。さきに述べた八地方検察庁で,昭和四一年中に診断された者の総数と診断結果は,I-86表のとおりである。

I-86表 精神診断室設置地検の診断状況(昭和41年)

 これによると,検診総数は八一〇人で,このうち正常は,九・四%にあたる七六人であるが,三大精神病といわれている精神分裂病,繰うつ病,てんかんは,一八六人で,二三・〇%となっており,精神薄弱は,一七七人の二一・九%,精神病質は,一一一人の一三・七%を占めている。