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 昭和42年版 犯罪白書 第一編/第四章/二 

二 交通犯罪の受理と処理の状況

 全国検察庁の,昭和三六年以降の業務上過失(重過失)致死傷事件(大部分が交通事故によるものと思われる。)と道路交通法違反事件の新規受理人員(移送,逆送および再起を除く。)の推移を,全新規受理人員および刑法犯の新規受理人員と比較したのが,I-61表である。これによれば,いわゆる人身事故事件が全刑法犯の四割以上を占め,道路交通法違反は,全新規受理人員の八割以上を占めており,したがって,これらを合計した交通犯罪が全新規受理人員の九割近くを占め,しかも,業務上過失(重過失)致死傷については,逐年激増の一途をたどり,道路交通法違反についても,昭和四〇年までは,おおむね増加の傾向にあったことが認められる。昭和四一年において,道路交通法違反が,前年に比して約四七万人減少している(警察庁の統計によれば,その中で,最高速度違反が約二四万件,無免許運転が約九万件減少している。)が,これは,昭和四〇年七月,道路交通法施行令の改正によって,一部の自動車の法定速度が引き上げられたことや免許証取得者が増加したことなどの事情によるものと思われる。

I-61表 交通事犯新規受理人員累年比較(昭和36〜41年)

 つぎに,道路交通法以外の交通関係特別法令違反の新規受理人員は,I-62表のとおりである。自動車損害賠償保障法違反の大部分は,同法に定める自動車損害賠償責任保険(いわゆる強制保険)の契約を締結しないで,自動車を運行の用に供する等の事案であるが,自動車台数の増加にもかかわらず,昭和三八年以降減少の傾向にある。この原因は,昭和三七年の同法ならびに後に触れる道路運送車両法の改正により,保険標章と検査標章(一般に,「ステッカー」といわれているもの)の様式を定め,いわゆる車体検査を受けることを要する自動車は,検査標章を,これを要しない自動車は,保険標章を表示したければ,運行の用に供しえないこととされ,かつ,原則として,強制保険契約を締結しなければ,右の標章の交付を受けられないこととされたことにより,強制保険制度が徹底したことにあると考えられる。

I-62表 交通関係特別法違反新規受理人員累年比較(昭和36〜41年)

 「自動車の保管場所の確保等に関する法律」は,昭和三七年九月から施行されたものであって,道路上を自動車の保管場所として使用することを禁ずるなど,自動車の駐車に関する規制を強化したものであるが,同法違反事件は,逐年,激増の傾向を示している。これは,主として同法施行地域の拡大によるものと思われるので,自動車台数の増加ともあいまって,今後も,この傾向が続くものと考えられる。
 つぎに,道路運送法違反については,急激な減少が目だち,道路運送車両法違反も,昭和三八年を頂点として減少の傾向を示している。前者は,いわゆる「白タク」事犯がそのおもなものであるが,これを資金源としていた暴力団体に対する取締りが成功したことと,営業用車の充実とが,この激減の原因と考えられる。後者は,いわゆる「車検」関係の事犯を主体としており,最近の減少傾向は,さきに触れた検査標章の表示が義務づけられたことによるものと思われる。
 このようにして受理された交通犯罪のおもなものが,終局的にどのように処理されているかを示すのが,I-63表ないし65表である。各罪とも,他の犯罪のそれに比して,著しく高い起訴率を示しており,昭和四一年には,業務上過失致死傷が七四・五%,重過失致死傷が八〇・〇%,道交違反が九二・八%となっている。また,公判請求率が逐年上昇していることが注目されるが,その中でも,重過失致死傷事件において,ことに高い公判請求率を示しているのは,この種事件の大部分が無免許運転にかかる事案であることによるものである。

I-63表 業務上過失致死傷の検察庁終局処理人員と率(昭和36〜41年)

I-64表 重過失致死傷の検察庁終局処理人員と率(昭和36〜41年)

I-65表 道路交通法違反の検察庁終局処理人員と率(昭和36〜41年)

 つぎに,検察官が公判請求した業務上過失および重過失致死傷事件のうち,禁錮刑が言い渡されたものの内訳が,I-66表である(この種事件の法定刑は,三年以下の禁錮または五万円以下の罰金である。―刑法第二一一条,罰金等臨時措置法第三条。)。言渡総数が逐年激増しているのは,主として,人身事故事件激増の反映であり,執行猶予率は,ほぼ一定した数字を示しているが,この表で注目されるのは,言い渡される刑期が長くなる傾向にあるということである。たとえば,昭和三六年には,一年以上の刑を言い渡された者が,全体の一〇・〇%であるのに対し,三九年には一七・七%,四〇年には二四・四%となっている。また,法定刑の上限である三年,あるいは三年をこえる刑に処せられる(酒酔い運転など重い道交違反を伴って,刑を加重されたものと思われる。)者が漸増し,昭和三九年から四〇年にかけて倍増していることが認められる。最近の悪質重大な事犯に対する量刑の実情は,すでに三年の法定刑ではまかないにくくなっていることがうかがわれるのである。交通犯罪を防止する対策として,犯罪者の処罰のみを重視することはできないが,たとえば,道路などの整備,交通安全教育の徹底等諸種の対策を講ずる一方で,悪質重大な事犯に対する取締りと刑罰を厳正にするため,関係犯罪についての法定刑を重くすることも,一つの有効な対策となりうるものである。政府は,最近における自動車運転に伴う業務上過失致死傷事件の実情にかんがみ,所要の立法措置を内容とする「刑法の一部を改正する法律案」を国会に提出した。この改正案は,さきに述べた刑法第二一一条(業務上過失致死傷および重過失致死傷罪)の罪の法定刑に,五年以下の懲役刑を加えるとともに,禁錮刑の長期を三年から五年に引き上げることを主たる内容とするものである。このような改正が実現して,他の諸種の対策と平行して取締りと処罰が強化されることにより,悪質重大な交通犯罪の抑制にかなりの効果をあげることが期待される。

I-66表 業務上(重)過失致死傷通常第一審科刑表(禁錮刑のみ)(昭和36〜40年)

 交通犯罪の激増にかんがみて,つぎに考慮されなければならないことは,道路交通法違反事件処理のあり方である。検察統計によれば,同法違反事件の受理人員数は,最近数年間引き続き,四〇〇万人をこえており,警察から直接家庭裁判所に送致される分を含めれば,五〇〇万件をこす年もあったことは,すでにみてきたところである。このような大量の事件に対処し,検挙から裁判に至るまでの処理能力を高めるため,昭和三八年一月一日から,東京など一〇都市三二簡易裁判所管轄区域内の成人事件について,「道路交通法違反事件処理のための共用書式」(いわゆる交通切符制度)を採用し,逐次,適用の範囲を拡大して,昭和四一年一〇月一日からは,成人,少年の別なく,全国的に実施して,今日に至っているところである。
 交通切符制度の実績を振り返ってみると,事件処理の能率化,迅速化に寄与し,違反者にも便宜をもたらした点において,高く評価されるべきものがあると考えられるが,それにもかかわらず,道路交通法違反事件の激増によって,裁判,検察,捜査機関のかなりの部分が,同法違反事件の処理に忙殺され,一方では,全国民の四ないし五%にも達するきわめて数多くの違反者が,裁判を受けるため,あるいは,受けるかどうかをきめるための手続に,相当の時間と労力を費やす結果となっている。そのうえ,同法違反事件により,簡易な,多分に形式的たらざるをえない裁判によって刑を科せられる者が,年間四〇〇万人にも及んで,一部には,一億総前科論さえも論議されるようになっては,刑罰,ことに財産刑の感銘力を乏しくし,道路交通法に違反する悪質犯罪に対し,ひいては,一般の犯罪に対しても,刑罰の効果を減殺することとなりかねない。このことは,刑事政策的見地からみても,はなはだ好ましくないことである。
 昭和四二年七月二〇日に第五五回特別国会において成立した「道路交通法の一部を改正する法律」は,右のような事態に対して根本的な改善を図ったものであり,自動車等の運転者がした運転に関する違反行為であって,危険性の高い違反行為等を除いたものを反則行為とし,これを犯した者に対して,警視総監または警察本部長が法令に定める一定額の金銭の納付を通告し,その通告を受けた者が,一定の期日までにこれを納付したときは,その違反行為の事件について,公訴が提起されなくなり,納付がなかったときは,刑事手続が進行することを骨子とするものである。なお,右改正法の施行は,昭和四三年七月一日とされているが,この制度の対象となる事件は,道路交通法違反事件総数の約七割を占めるものと推定されており,道路交通法違反事件の処理方法に大きな改善が加えられることが期待される。