令和7年6月1日、拘禁刑の運用が開始された。刑事政策上大きな意義を持つこの新たな刑の導入において、刑事施設が果たす役割は極めて大きく、本章において紹介しているとおり、刑事施設においては、受刑者の改善更生・再犯防止を促進するための体制整備が行われている。受刑者の特性に応じた処遇を実現するための、アセスメント機能の強化、必要な者に必要な処遇を実施するための矯正処遇課程の創設、矯正処遇の内容・方法の充実等に加え、矯正処遇の実施に当たっては、自主的・意欲的に取り組めるよう動機付けのための働き掛けを強化することなど、従来の保安上のリスクの高い者に合わせた規律秩序の維持を過度に重視した処遇からの転換を図るものとなっている。
拘禁刑の理念の実現のためには、各種制度に加え、それを運用する組織の在り方も重要であるところ、刑事施設においては、令和4年12月に公表された名古屋刑務所における不適正処遇事案を受け、組織風土を含めた諸改革が進められている。法務大臣の指示により立ち上げられた「名古屋刑務所職員による暴行・不適正処遇事案に係る第三者委員会」は、5年6月、「提言書~拘禁刑時代における新たな処遇の実現に向けて~」(以下このコラムにおいて「提言書」という。)を法務大臣に提出した。提言書では、不適正処遇事案の原因・背景事情や職員アンケートの結果の分析を踏まえて、再発防止策として七つの施策(<1>処遇体制の充実、<2>サポート体制・マネジメント体制の充実、<3>刑事施設視察委員会制度の運用改善、<4>不服申立制度の運用改善、<5>組織風土の変革、<6>人材の確保と育成の充実、<7>業務の効率化、合理化)を提言した(令和5年版犯罪白書コラム3参照)。法務省矯正局(以下このコラムにおいて「矯正局」という。)は、同年7月、提言書に盛り込まれた再発防止策を確実に実施し、拘禁刑時代にふさわしい処遇を実践することができる組織に生まれ変わることを目指し、「矯正改革推進プロジェクト」(以下このコラムにおいて「プロジェクト」という。)を開始した。
このコラムでは、プロジェクトの内容、実施状況等を中心に、刑事施設改革の現状を紹介する。
矯正局は、プロジェクト全体の統括や進捗管理をし、プロジェクト推進に関する企画立案を行うために、同局内に「拘禁刑時代の矯正に向けた改革推進会議」を発足させ、プロジェクトの取組を着実に進展させるための体制を整備した。同会議は、国民への説明責任の確保や取組の改善を図るため、第三者委員会の元構成員に対して毎年取組の進捗状況を報告し、助言を得ている。
再発防止策の実現のため、矯正局は、プロジェクトの目的を以下の三つ(Ⅰ~Ⅲ)に定め、提言書で示された七つの施策に<8>「再発防止策の少年院・少年鑑別所への適用」を加えた八つを「テーマ」として設定し、各テーマについて具体的に行うべき取組を盛り込んだアクションプランを作成した。具体的な取組は68項目に及んでいる。テーマ<8>は、テーマ<1>~<7>の取組を少年院・少年鑑別所の実情に応じて取り組んでいくこととされている。
Ⅰ 効果的な矯正処遇(再発防止):多職種の職員が互いにその専門性を理解し合い、協働して、個々の受刑者の特性に応じた処遇を実施する。
テーマ<1>「処遇体制の充実」の取組
チーム処遇の確立、集団編成の見直し、オープンダイアローグの導入等
Ⅱ 早期発見:不適正処遇事案の再発を防止し、仮に同種事案が発生した場合でも早期に発見・対応する。
テーマ<2>「サポート体制・マネジメント体制の充実」の取組
休日・夜間の複数職員による勤務体制、ウェアラブルカメラの活用、職員アンケートの見直し・活用等
テーマ<3>「刑事施設視察委員会制度の運用改善」の取組
視察委員会による資料閲覧、矯正管区による事案調査、集団生活が難しい者へのアンケート調査・面接、委員と職員との面接等
テーマ<4>「不服申立制度の運用改善」の取組
面接時に把握した不服に対応する仕組み、外部協力者が把握した不服に対応する仕組み、制度の理解促進等
Ⅲ 組織風土の改革:人権意識の希薄さや規律秩序の維持を過度に重視するといった刑事施設特有の組織風土を変える。
テーマ<5>「組織風土の変革」の取組
意見交換の場づくり、職場内の心理的安全性の確保、俗語・隠語の廃止、職員に課された独特なルールの改廃、受刑者の呼称の改善、動作要領の改廃等
テーマ<6>「人材の確保と育成の充実」の取組
多様な職員の確保、研修時期や内容の見直し等
テーマ<7>「業務の効率化、合理化」の取組
作成すべき書類の見直し、電子決裁の促進等
矯正局は、アクションプランの実施状況及び効果検証の結果を取りまとめ、令和7年7月、68の取組のほぼ全てが実現したことを公表した。以下に、その例を紹介する。
令和5年10月から、知的能力の制約、認知機能の低下等があり、特性に配慮した処遇を行う必要性が特に高い受刑者に対して、刑務官のほかに福祉専門官等の多職種の職員によるチームを編成し、処遇を行うチーム処遇を順次実施している。
昼夜間単独室など、困難な勤務が求められる場所において、休日・夜間は複数職員で勤務するなど、若手職員等のサポート体制を構築した。
視察委員会の求めに応じた、矯正管区による矯正施設の調査や、視察委員会同士の意見交換等のための視察委員長連絡協議会の開催など、視察委員会の活動支援策を充実させた。
令和6年3月末までに、全ての被収容者に対して、呼ぶ際には姓に「さん」などを付けて呼称することとした。また、職員の呼称も、「先生」など上下関係を固定しやすいものは廃止した。
令和6年3月から、職員や被収容者が歩調を唱えないなどの方法による行進要領を試行し、7年3月末までに、職員が掛ける号令を、行進の開始時、停止時、方向転換時等、必要最小限度のものとするよう各施設において行進要領を改正した。
「ミッション・ビジョン・バリュー(以下このコラムにおいて「MVV」という。)」は、社会における組織の存在意義や使命、目指すべき方向性を、ミッション(組織の使命や果たす役割)、ビジョン(組織の実現したい未来)、バリュー(組織が大事にする価値観)として再定義するものであり、近年、民間企業や中央省庁において策定する動きが広がっている。矯正局においては、プロジェクトの目的の一つである「組織風土の改革」を検討する中で、職員の8割以上が「自分たちの仕事が社会から理解されていない」と感じている実情を把握し、令和6年6月から、職員自らの手でMVVを策定するプロジェクトを立ち上げた。
MVVを策定するに当たっては、刑事施設や少年施設など様々な組織に所属し、勤続年数や年齢も多様な職員がメンバーとなって、犯罪被害者や職場の同僚等に対し、「施設や職員との関係」、「これから期待すること」等についてインタビューを実施した。また、令和6年9月に府中刑務所で開催したワークショップでは、公募で集まった一般参加者と受刑者処遇の最前線で働く職員が、「社会と刑務所」について一緒に考えるという初めての試みを行い、さらに、同年12月には、「20年後の矯正と社会の在るべき姿」について話合いを実施した。
こうした活動を通じて集められた多くの声を基に、令和7年2月に、矯正局は「矯正行政のミッション・ビジョン・バリュー~社会の皆様への約束とお願い~」を策定し、職員及び国民に向けた今後の矯正行政の姿勢として、
ミッション(私たちの使命)
更生を信じる力で、もっと安全で豊かな社会を
ビジョン(20年後に目指す姿)
罪と向き合い、社会とつながる場所
バリュー(私たちの行動規範)
1 犯罪被害者等の声に耳を傾け、犯罪や非行をした人の過去にも目を向けて、真摯な反省と更生に向けた思いや行動が生まれるよう、対話を重ねます。
2 安全を守り、回復と更生を支援する対人援助職として、公平・公正に振る舞い、自らの責任を果たしていきます。このために常に学び、磨く姿勢を持ち、社会とつながりながら、創意工夫を重ねます。失敗を教訓と捉え、困難な課題にも挑戦していきます。
3 多様な価値観を受け入れ、それぞれの強みが発揮されるよう助け合い、共に成長し、共に幸福であろうとします。
を示した。
このように、刑事施設においては、拘禁刑時代に対応した諸改革が進められている。矯正局は、矯正行政を取り巻く動きに対応し、プロジェクトの目的を更に推し進めるため、令和7年7月、MVVで示されたミッションの実現に向けた今後5年間の取組方針を示す「運営戦略2030」を策定し、矯正行政の改革を続けている。
(写真及び資料は矯正局提供)