法務大臣は、令和4年12月9日、名古屋刑務所に所属する多数の職員が3名の受刑者に対して、暴行等の不適正処遇に及んでいたとの事案(以下「本件事案」という。)を公表した。約20年前に受刑者に対する重大な死傷事案を引き起こした名古屋刑務所において、再び、複数の受刑者に対する暴行等の不適正処遇が繰り返し行われていたという事実は、矯正行政に対する国民の信頼を揺るがすものであった。
その上で、法務大臣は、同日、本件事案の背景事情を含めた全体像を把握し、その原因を分析するとともに適切な再発防止策の検討・提言を求めるべく、外部の専門家から構成される第三者委員会の立ち上げを指示した。そして、第三者委員会においては、令和4年12月27日から5年6月21日までの約半年間にわたり、幅広い観点から議論が重ねられ、その結果、「提言書~拘禁刑時代における新たな処遇の実現に向けて~」が取りまとめられ、同日、法務大臣に提出された。
本コラムでは、同提言書の概要等について触れることとする。
名古屋刑務所の処遇部門に勤務する若手刑務官22名(採用3年以内の20歳代中心)が、令和3年11月から4年9月までの間、知的障害等の疑いがあることなどにより、意思疎通が難しく、集団生活が困難である受刑者3名に対し、暴行等の不適正処遇を繰り返し行った。
第三者委員会による調査の結果、本件事案については、「名古屋刑務所特有の事情と組織風土の存在(人権意識の希薄さ及び規律秩序を過度に重視する環境、自由に意見を言いにくい職場環境)」、「受刑者の特性に応じた処遇方法が十分に検討・共有されていなかったこと」、「若手職員1人で、処遇上の配慮を要する者に対応する勤務体制」、「監督職員が不適正処遇を早期に発見する仕組みの不備」及び「不適正処遇を受けた受刑者を救済する仕組みの機能不全」といった原因・背景事情が存在していることが判明した。
全国の職員を対象としたアンケート調査結果から、対人関係上のリスクがないと信じることができる状態を意味する「心理的安全性」は、全国の刑事施設で低いことが判明するなど、本件事案の原因・背景事情の一つと考えられる組織風土の問題は、名古屋刑務所のみならず、全国の施設に存在することが判明した。また、全国の施設を対象として、本件事案と同様の不適正処遇が行われているかを調査した結果、14施設において46名の職員が合計122件の不適正処遇等を行っていたことが判明した。
このような調査結果を踏まえ、第三者委員会は、広く全国を対象として再発防止策を策定するべきであるとの結論に達した。
提言における主な防止策は、次のとおりである。
・刑務官、作業専門官(作業に関する指導を行う。)を始め、教育、心理及び社会福祉の専門家が関与するチーム処遇を確立する。
・集団編成については、拘禁刑の導入を契機に、受刑者の特性、処遇の必要性等の観点からきめ細やかに集団を編成して、専門的かつ真に必要な処遇を適時に提供できるようにすべく、保安上のリスクの高低に加え、矯正処遇や生活上の援助の必要性を軸にした分類を行い、これに合わせた施設機能の専門化、小規模化を実施するなどして監督機能の在り方を検討する。
・少ない職員で多数の受刑者を処遇せざるを得ないという職員体制の脆弱さが、職員が規律秩序維持を過度に重視するといったパワー論理に依拠していたことの背景にあったことに鑑み、ICT(情報通信技術)も活用した業務効率化を行った上で、昼夜間単独室棟を始めとする困難な勤務を求められる配置箇所から優先的に夜間・休日における複数職員による勤務体制を確立する。
・刑務官の身体に装着して使用するウェアラブルカメラについて、双方向通信ができる環境を整備した上で、昼夜間単独室棟で勤務する若手職員に対し、監督職員が事務室等から遠隔で、日常業務における指導・支援を行うといったサポート体制を構築する。
・矯正局や矯正管区が、本件事案のような不適正処遇を早期に発見し、その拡大・悪化・再発を防止するために、施設運営状況をリアルタイムで把握する仕組みを構築するとともに、統計データの分析結果に基づく指導・監督の徹底を図る。
・刑事施設視察委員会(第2編第4章第4節1項参照。以下「視察委員会」という。)が、原資料を含む必要な資料を閲覧・視聴できるようにするとともに、施設によっては意見を提出しにくい状況にあった昼夜間単独室に収容されている受刑者に対するアンケートや任意抽出による面接をできるようにする。
・視察委員会の会議回数を各視察委員会の実情に応じて増やすことができるようにするとともに、全国の視察委員会で相互に情報共有ができる機会を設ける。
・矯正局や矯正管区が毎年実施している実地監査において、視察委員会委員長や他の委員からヒアリングを実施することや刑事施設の対応状況を矯正管区がモニタリングし定期的に公表することなどにより、視察委員会がその機能を十分に発揮できるようにするための体制を整備する。
・外部協力者や職員等との各種面接において申出があった不服を拾い上げる仕組みや、定期的に管理職等が被収容者と面接し、処遇の状況を確認する仕組みを構築する。
・書面で行うこととされている法務大臣や矯正管区長への不服申立てについて、秘密申立権を保障しつつ、デジタル技術を用いて被収容者が口頭で発した内容を文章化し、要約したものを申立内容として受理する方法等の導入を検討する。
・職員間の人間関係やこれに起因するストレスが本件事案の一因となっていることに鑑み、職務の一環として、職種や役職にとらわれず、自由闊達な意見交換等を行うことのできる機会を複層的に設けるとともに、職員同士でしか通じない俗語・隠語や刑事施設の独特なルールについて、社会通念上相当でないものの改廃等を検討する。
・被収容者に対する蔑称の使用を禁止するとともに、動作要領については、合理性や相当性を精査した上で運用の在り方を見直し、懲罰についても受刑者の特性に応じ、運用の在り方を見直す。
・人間科学を始めとした多様な分野の知見のある者を採用・育成するため、刑務官が対人援助職の一つであることを学生等にアピールするとともに、魅力的なキャリアパスの実現を図る。
・新規採用者の研修について、全ての新規採用者について、採用後間もない時期に初等科研修(集合研修)を受講できるようにする。
・人権研修を充実させるほか、一定の勤務経験を経た後の研修等においても、刑事施設への収容経験のある当事者による講話・講演や意見交換を実施することにより、改善更生・社会復帰のために当事者の視点から何が必要とされるのかについて気づきを得られるよう検討するととともに、管理職層に対して、組織風土変革の意識を持ち続けさせ、その目標に向かって、組織マネジメントやリーダーシップの在り方等を学ぶ研修の機会を設ける。
・長期間にわたり、同一施設・部署で勤務することの弊害を避けるために、他施設・組織での勤務に触れる機会を確保するとともに、同一施設内においても部や課を超えた配置転換を推進する。
・他の行政機関と比べ膨大な書面を作成し保存してきた刑事施設における、書類作成や決裁について、必要性が乏しいものなどを大胆に削減するとともに、AIやICT、デジタル関係技術を活用して効率化等できる業務がないか、組織全体で定期的に点検する。
・刑事施設から矯正局や矯正管区への報告について、システムを活用して合理化するとともに、報告の内容・方法を見直して合理化・効率化を図る。また、矯正局や矯正管区で保有している情報を一元的に管理できるようにする。
第三者委員会による提言書提出後の令和5年6月23日、法務大臣は、オンライン会議を開催し、同提言書の趣旨を踏まえ、全国の刑事施設長を始めとする管理職等に対し、組織風土の変革等にしっかり取り組むよう直接指示をした。
これを受け、矯正当局においては、不適正処遇事案の根絶を図ることはもとより、犯罪や非行をした人の立ち直りを支えることにより、「安全・安心な社会」の実現に寄与するため、組織を挙げて、同提言書に盛り込まれた再発防止策の確実な実施に向けた取組を行っている。