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 昭和41年版 犯罪白書 第三編/第三章/八 

八 少年法改正問題について

 成人が罪を犯した場合,原則的には,刑法その他の刑罰法令によって刑罰を科せられるのであるが,少年については,多くの国において,特則を設けて,刑罰のみではなく,教育や保護を主眼とする措置を講じうることとしている。かように,少年犯罪者を成人と区別して処遇する制度は,わが国においても,かなり古くから存在した。明治一三年の旧刑法でも,少年には,刑を緩和し,一二歳以上一六歳未満の少年で,是非の分別なく罪を犯した者は,刑法上の罪を問わず,懲治場で処遇するという制度がとられていた。その後,明治三三年に感化法が制定され,大正一一年に至り,旧少年法とその付属法である矯正院法が制定公布された。
 旧少年法は,長年月の慎重な検討を経たものだけに,すぐれた制度であるといわれているが,その主な特徴は,つぎのとおりである。すなわち,
(1) 一八歳未満を少年とし,少年の刑事事件につき,少年の保護教化という観点から,刑罰および刑事手続につき,多くの特則を設けたこと
(2) 保護処分の対象は,罪を犯した少年だけではなく,罪を犯す虞れのある少年に拡げたこと
(3) 検事が刑事処分にするか保護処分にするかをまず決定し,保護処分の運用は,行政機関であるとともに準司法的機関ともいうべき少年審判所が行なうこととしたこと
(4) 少年審判所の審判官は,少年の保護教育について知識経験を有する判事,検事などから任用され,少年保護司に命じて,少年の資質,環境を調査し,審判のほかに,その執行と執行の監督もできることとしていたこと
(5) 保護処分の形態を多様化し,処遇の個別化の要求に答えるとともに,その取消変更も自由に行なうことができ,審判,執行を通じて一貫性と弾力性のある処遇が実現できる仕組みになっていたこと
などであった。
 右の旧少年法は,施行当初,その実施区域が東京府等三府二県にすぎなかったが,逐次,その区域を拡げ,昭和一七年に全国実施を完成するに至った。
 しかし,第二次世界大戦の終了に引き続いて,わが国は,憲法改正をはじめとして,各法律制度の全面的再検討,再編成を要求され,アメリカ法からの影響と占領下という特殊事情から,旧少年法は,急速に全面改正され,昭和二三年七月一五日に現行少年法が公布されるに至った。
 現行少年法制の旧少年法制に対するきわだった特徴は,つぎのとおりである。
(1) 少年の年令を,一八歳未満から二〇歳未満に引きあげたこと
(2) あらたに,家庭裁判所を設け,少年に対し,刑事処分を科するか,保護処分に付するか,保護処分に付するとしていかなる保護処分に付するかなどの決定を,家庭裁判所に行なわせることとしたこと
(3) 保護処分の決定と執行を分離したこと
(4) 保護処分の種類を,保護観察,教護院・養護施設送致,少年院送致の三種類に限定したこと
(5) 保護処分を決定するための資料を科学的見地から得るため,少年鑑別所を設け,また,少年調査官の制度を創設したこと
(6) 少年の福祉を害する成人の刑事事件を家庭裁判所の管轄としたこと
などである。そして,これらの改正は,画期的なものであったといえるのである。
 しかし,すでに述べた最近における少年非行の実態および過去十数年にわたる現行少年法運用の実情にかんがみ,現行制度に対しては,つぎのような問題点があることが指摘されている。すなわち,
(1) 少年法の適用年令を二〇歳未満にまで引き上げ,二〇歳までの者に一律に保護処分を優先させたことは,わが国における少年の心身の発育程度に即した合理的なものであるか否か疑わしく,保護偏重のきらいがないか,とくに,右のたてまえを基礎として行なわれたこれまでの運用実績においては,社会秩序の面と少年の保護福祉面との調和を失している場合が少なくないのではないか
(2) 少年事件をいかに処理すべきかは,本来行政的判断に属することがらであるのに,司法機関が行政機関の関与を待つことなく,単独で,その判断を行なうという現行法制は,果して十分に妥当といいうるものであるか
(3) 少年に対する処分の決定と執行とを分離し,別個の機関に行なわせていることは,人権保障の面ではすぐれているが,両者の有機的内面的連けいが不十分となり,処遇方針に一貫性と弾力性を欠くうらみはないか
(4) 保護処分の種類を三種類に限定したことは,非行少年に対し,個別的処遇を行なうのに不足しているのではないか
(5) 少年の資質を調査する少年鑑別所と,社会調査を担当する家庭裁判所調査官とが別個の組織に属しているため,両者の有機的関連が不十分ではないか
(6) 家庭裁判所の行なう処分のうち,保護処分の決定に対しては,少年の側からする不服申立しか認められていないが,かように,きわめて制限された抗告制度のもとでは,不開始・不処分決定に明白な法令違反や事実誤認があっても,是正する方法はなく,また,憲法の解釈が問題となる事案について,家庭裁判所が事実上終審裁判所としての機能をはたしていることは看過できないのではないか
などの諸点が指摘されている。
 法務省においては,右に述べたような現行少年法の制定当初からの種々の問題点およびその後の運用実績などにかんがみ,昭和三四年以来慎重な検討を続けた結果,現行少年法制になんらかの改正を加える必要があるとの結論に達し,昭和四一年五月二三日少年法改正試案(一)および(二)を発表した。これらの試案の内容とそれを作成するに至った構想の詳細は,すでに法務省から発表された資料に譲らざるをえないが,法務省としては,右試案を中心に国民各界各層の幅広い意見を求め,しかる後に,改正の方向を最終的に決定したいと考えているしだいである。