前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和41年版 犯罪白書 第三編/第二章/二/3 

3 生物学的考察

 生物学的考察は,大別して体質生物学的方法と遺伝生物学的方法の二つとなる。

(一) 体質生物学的方法(身体的特徴と犯罪)

 体質生物学は,因果科学的基礎のうえに,個々の人間の人格類型をその身体的および精神的表徴と表現様式において研究し,犯罪者の理解に応用しようとするものである。ここでは,この流れに属すると考えられるクレッチマー学派およびシェルドン学派の説くところを簡単に紹介する。
 ドイツの精神医クレッチマーは,人間の体型を肥満型,細長型および闘士型の三つと発育不全型の一例外型にわけ,右の三つの体型と気質(および精神病)の間の親和性として,肥満型は循環気質(および躁うつ病),細長型は分裂気質(および精神分裂病),そして,闘士型は,粘着気質(およびてんかん)にそれぞれ親和性を有するとした。クレッチマーの考え方を基礎として,多くの研究者により,体型と犯罪との間の親和性に関する研究が重ねられたが,今日までのところ,つぎのようなことが述べられている(III-36表)。すなわち,肥満型は,犯罪者中に比較的少なく,すべての種類の犯罪者において平均以下であるが,相対的に多いのは,詐欺などである。細長型は,窃盗,詐欺などに多く,暴力犯や風俗犯には比較的に少ない。そして,闘士型は,各種の暴力犯罪者にとくに顕著にみられるが,詐欺などには,まれにしかみられない。犯罪経歴と体型との関係についてはIII-37表に示したごとくである。

III-36表 クレッチマーによる犯罪者の体型

III-37表 犯罪経歴と体型との関係(シュワーブおよび吉益)

 なお,発育不全型とは,体質学的には発育遅滞体型のことであり,種々の精神および身体的発達障害の集群についての総称であって,単一の類型ではない。この類型に属する人は,たとえば年令的には成人であっても部分的に小児と同様の体型を示し,全体として調和を欠いている。そして,事がらは,体型に限らず,知能その他の精神機能も未熟のままであることが多い。したがって,他人にせん動されて窃盗などを犯したり,短絡行為的に放火などの大罪を犯すことがある。ただし,この類型に属する一部の者は,医療の対象となりうるとされている。
 クレッチマーは,また体型の形式に関連して,成熟度と成熟速度の問題をとりあげ,とくに,思春期の徴候が同時的に現われず,かつ,遅滞しているときには,当然精神的にも失調がもたらされ,犯罪に陥りやすいこと,また,累犯者となるものが多いことを指摘している。このことは,いわゆる思春期危機としての逸脱行動を理解するうえに重要な知見であろう。
 つぎに,体型の研究には,米国のシェルドンによる学説(内胚葉型―主として消化や同化作用と結びついた構造組織の優勢な型,中胚葉型―主として骨,筋肉,関節などの中胚葉組織の優勢な型および外胚葉型―神経系をふくむ皮膚およびその付属器官の優勢な型に分類)があるが,この分類では,非行少年に,中胚葉型すなわちクレッチマーのいう闘士型にあたるものの多いことが明らかにされている(III-38表)。この点は,わが国の非行少年や犯罪者においても闘士型の多い事実と一致する。

III-38表 シエルドンによる体型

 クレッチマーの体質類型学説は,臨床経験のうえからも,たしかにうなずける点が少なくない。しかし,遺伝生物学的疾病(内因性精神病)と健康人との気質や性格を直接結びつける考え方には反対も多く,「魅惑的ではあるが作為的に過ぎる。」との批判がある。また,分裂気質ないし病質やてんかん気質ないし病質については,その診断基準も明確さを欠いており,鑑別上の混乱を招くことが多い。そこで,今日では,これら三種の内因性精神病(精神分裂病,躁うつ病およびてんかん)の遺伝圏内にみられる異常性格に対して,分裂病質,てんかん病質などの名称が適用されている程度と考えられる。
 しかしクレッチマーの学説を契機として,その後の性格等に多面的研究,ことに心理学とともに内分泌,自律神経系あるいは新陳代謝などの面から,積極的な検討が加えられるようになったのであって,その功績は高く評価すべきものである。
 体型の問題を述べたことに関連し,脳波と犯罪の関係の点を一言しておく。III-39表 (1)は非行少年,III-39表 (2)は犯罪者について報告された脳波異常の発現率を比較したものであるが,かなり高率の異常波の出現が注目される。しかし,異常波の出現率は,対象の質的な差,年令の差,あるいは調査者側の誘発方法や判定方法の差によって,大きな開きのある点を注意しなければならない。また,犯罪者や非行少年にみられる脳波の異常は,てんかん性の異常波の一種として検討されることが多く,てんかん者の示す攻撃的および爆発的ならびに粘着的性格と関係づけられるとされているが,他方,大脳皮質の成熟過程における遅滞と結びつけて考察する学派もあり,いまだ定説はない。

III-39表

(二) 遺伝生物学的方法

 これは,遺伝学の知識を犯罪者の理解に応用しようとするものである。
 まず,犯罪をいわゆる遺伝負因の一つとみて行なわれた研究結果によれば,III-40表の示すとおり,父の場合をみても,グリュックの六六%からシュトンブルの四%まで,大きな差異がみられる(なお,ここに直接負因とは父母になんらかの遺伝負因の存する場合をいう。)。しかしながら,これまでに多くの研究者のおおむね一致するところによれば,累犯者とか慣習犯人とかよばれる犯罪者においては,犯罪直接負因が初犯者に比較してかなり高い。この場合,親が犯罪者であるという不良な環境がその子をさらに悪質な犯罪者としたのではないかというようなことは,しばらく別論としなければならない。遺伝生物学的立場は,とくに累犯者のような犯罪者には,犯罪的素質ともいうべき素質が親から受けつがれているのではないかという点を探究しようとする。ただし,犯罪的素質といっても,窃盗素質とか放火素質とかいうように,法律的にも明確に区別されるような生物学的素質がありえないことは明らかであり,結局,それは,非社会的傾向の基礎となる精神的体質的特性(体質圏と呼ぶ学者もある。)に帰着するというのが従来の定説となっている(ただし,最近ソンディ,エルレンベルガーなどの家族研究の成果として,ある家系には放火犯のみとか,または殺人犯のみがひん出し,しかも他の種類の犯罪者の発生が見られないという特異な家系の存在することが主張され,かれらの見解によれば,家族的無意識―これを遺伝と呼んでもよい―がこのような特有な犯罪行為を選択させる主要契機であるという。すなわち,運命分析学派が犯罪の遺伝生物学研究に対して,新しい問題を提起していることをここに紹介しておく。)。遺伝生物学的立場は,このような特性を発見する一手段としてきわめて重要である。たとえば,精神病質が犯罪にかなりの親和性を持つことはすでに述べたが,このことは,精神病質を遺伝負因とみて行なわれた研究結果によっても,かなり顕著に裏づけられたとされている。III-41表は,その状況を示したものであるが,ここでも,累犯者において直接負因の比率がかなり高い。このほか,特殊な犯罪者の事例研究において,精神病の遺伝的負因を認めることもまれではない。たとえば,少年や児童の殺人者においては四〇%ないし七〇%のひん度で,家系内に精神病を認めるといわれている。

III-40表 各種犯罪者の犯罪直接負因

III-41表 精神病質直接負因

 しかしながら,遺伝生物学的立場は,いわば犯罪と関係があると考えられる病的素質発見の一手段であるにとどまり,当該素質そのものの実態の究明には,別途犯罪者を対象とした各種の科学的研究が行なわれなければならない。
 ここで,遺伝素質の点のみに関するものではないが,いわゆる双生児研究について一言しよう。これは,等質と考えられる一卵性双生児と異質と考えられる二卵性双生児のうち,双生児の一方または双方が犯罪に陥ったものを選んで行なわれた研究であって,ドイツのランゲおよびわが国の吉益脩夫などによって,すぐれた業績が重ねられたものである。III-42表は,その研究結果を示したものであるが,これによると,一卵性双生児は,二卵性双生児に比して,等しく犯罪に陥る比率が大きいということができる。すなわち,ここに,遺伝素質の大きい影響が明らかに認められる。しかしながら,なお検討すると,吉益報告のごとく,一卵性双生児二八組中片方犯罪が一四組(五〇%)存在することは,素質以外に環境の影響力の支配を推定せしめるものである。この意味で,双生児研究は,前述したように,単に遺伝素質のみに関するものでないことに留意しなければならない。その後の学者の研究でも,詳細な観察によると,非行不一致例については,幼時期における身体発育の差異が注目されるという。すなわち,このような生物学的環境要因が知能や性格の発達に関連し,他方,家庭における養育態度にも差異が現われ,これらがからみあって非行発現の不一致がみられるという。

III-42表 世界における双生児犯罪者の研究結果

 さて,遺伝に関するものを最後として,素質に関する学説の紹介をおわるにあたり,留意すべき点を一言しておきたい。
 生物学的であれ,心理学的であれ,犯罪の遺伝的原因に関する詳細かつ広範囲な研究は,犯罪をになっている主体,すなわち犯罪する人を問題にし,特別な関心をそれに対して持つものである。後天的・獲得的特性に比べて,先天的・遺伝的特性を重視することについては,疑義をさしはさむ人もないわけではないが,ここで,これについての論争を検討する暇はない。あらゆる個人が,身体的ならびに精神的な特徴や可能性を遺伝的にうけつぎ,そして,ある者が顕著な不十分さや欠損を伴って生れてくることは,明らかな事実である。それと同じように,あらゆる人間はまた,ある種の特性や傾向を生後に獲得する。それゆえに,先天的遺伝素質かそれとも後天的獲得特性かという形式の二者択一的な問題提起そのものが不適当であり,意味のない問いであるといわねばならない。というのは,この両者は,相互にからみ合い,影響し合っているからである。かかるものとしての犯罪は,遺伝的に受けつがれるものではないし,また,犯罪への指向性における遺伝の影響を確かめることは困難である。犯罪をする人は,器質的な構造,知能,気質およびその他の遺伝質によって規定された性質のために犯罪的となるのではなくて,自然に備わっているものの弱さや欠点が,とくに,もし,それが社会的な関係や集団の活動において,著しく人間を不利にさせるならば,そのことがかれを社会的逸脱行動へと導くものと考えられる。
 遺伝によって演ぜられる部分は,一般に,環境的な影響および圧力と関連している。環境は,個人がある行動を行なおうとするときになんらかの影響をおよぼすのであるが,これに反して,遺伝は,かれがなしうることを規定するだけではなくて,かれがしようとはしないこと,できないことをも条件づけるのである。遺伝は,個人の活動性と能力とに対して,ある程度の限定をする。遺伝は,その範囲内で環境的影響が作用するわく組を樹立するだけである。人間の行動は,常に「生物学的・心理学的・社会文化的なもの」である。すなわち,個人の遺伝素質とかれがそのなかで生活する世界は,行動の過程において,相互に,連帯的に作用する。したがって,全体的状況の中での環境的影響を事実上除外して,生物学的特性か心理学的特性のいずれかを強調する理論は,一面的であり,かつ,しばしば過誤へと導くのである。