刑法犯の認知件数は,平成15年以降,減少の一途をたどっている。しかしながら,罪名別に見ると,詐欺の認知件数は,増減を繰り返しており,同じ財産犯でありながら認知件数が減少し続けている窃盗とは異なる動きを示している。そのようなこともあり,令和2年の刑法犯検挙人員総数に占める詐欺の検挙人員の比率及び入所受刑者総数に占める詐欺の入所受刑者人員の比率は,いずれも平成15年よりも高くなっている。このような詐欺の動向の背景には,特殊詐欺の動向が関係しているものと思われる。同年頃に急増し,それ以降長く社会問題となっている特殊詐欺については,政府としても,「オレオレ詐欺等対策プラン」(令和元年6月25日犯罪対策閣僚会議決定)の下,その対策に当たっているところであるが,近年も,認知件数は毎年1万件を超える水準で推移し,年間数百億円規模の金が犯罪者の手に渡っており,引き続き撲滅に向けた対策が必要である。他方,再犯について見ると,詐欺の出所受刑者の2年以内及び5年以内再入率は,近年,いずれも低下傾向にあり,令和元年出所受刑者の2年以内再入率及び平成28年出所受刑者の5年以内再入率について,詐欺の出所受刑者と出所受刑者総数を比較すると,いずれも詐欺の出所受刑者が,出所受刑者総数を下回っている。しかしながら,令和2年の成人検挙人員に占める前に同一罪名の前科を5犯以上有する者の比率を見ると,詐欺は,窃盗に続いて高くなっている。詐欺事犯者の再犯防止に向けた対策の必要性はいまだ減じていない。詐欺,とりわけ特殊詐欺の防止や,詐欺事犯者の再犯防止に向けた有効な対策を検討するには,その前提として,詐欺事犯の実態や詐欺事犯者の特性を十分に把握する必要がある。しかしながら,手口,動機,背景事情等が多種多様である詐欺事犯や詐欺事犯者について,その実態や特性を明らかにする統計資料等は,十分にあるとは言えない。法務総合研究所では,広く詐欺事犯の実態や詐欺事犯者の特性等を明らかにするとともに,特殊詐欺を行った者の実態,特性,処分後の成り行き等を明らかにし,特殊詐欺の撲滅に向けた対策や,効果的な再犯防止対策の在り方の検討に資する資料を提供することが必要かつ有益であると考えた。
そこで,本白書では,本編において,「詐欺事犯者の実態と処遇」と題し,詐欺事犯の動向,詐欺事犯者,特に,特殊詐欺事犯者の処遇やその再犯防止に向けた取組の現状を紹介するとともに,詐欺事犯についての再犯防止対策の前提となる実態把握に資する基礎資料を提供することとした。
本編の構成は,次のとおりである。
第2章では,我が国における詐欺に関連する法令を概観する。
第3章では,各種統計資料に基づき,詐欺事犯の動向,処遇の各段階における詐欺事犯者の人員の推移,詐欺事犯者による再犯の状況等を概観する。詐欺被害者についてもここで取り上げる。
第4章では,矯正及び更生保護の各段階において,詐欺事犯者に対して行われている再犯防止に向けた各種施策の現状を紹介する。
第5章では,詐欺事犯者に関する特別調査の内容や同調査によって明らかとなった事項について紹介する。
第6章では,詐欺事犯と詐欺事犯者をめぐる現状と課題を総括し,特殊詐欺対策や詐欺事犯者の再犯を防止するための方策について検討する。
なお,本編では,特に断らない限り,「詐欺」には,刑法246条に規定される罪のほか,同法246条の2に規定される電子計算機使用詐欺罪(本編第2章第1節1項(1)参照)及び同法248条に規定される準詐欺罪(同項(1)参照)が含まれる。また,本編では,「特殊詐欺」について,「詐欺」とは別に取り扱うことがあるが,特殊詐欺については,その定義上(同編第3章第1節1項(3)参照),各種統計では,「詐欺」ではなく,「恐喝」又は「窃盗」として計上されるものが含まれ得る。したがって,「特殊詐欺」で検挙された者の中には,検察庁新規受理・終局処理人員,入所・出所受刑者又は保護観察開始人員等の動向を紹介するに当たり,「詐欺」には計上されていない者が含まれ得ることに留意する必要がある。例えば,特殊詐欺の類型のうち,近年相当数の認知・検挙件数があるキャッシュカード詐欺盗については,各種統計では「窃盗」として計上され得るため,この類型の特殊詐欺で検挙された者については,各種統計に基づき,詐欺事犯者の処遇段階の動向(同節2項ないし5項)や再犯・再非行の概況(同章第2節)を紹介する際,その対象に含まれていない可能性がある。