在院者は,各少年院で定められている日課(食事,就寝その他の起居動作をすべき時間帯,矯正教育の時間帯及び余暇に充てられるべき時間帯を定めたものをいう。)に基づき,「寮」と呼ばれる生活空間に分かれて,集団生活を送っている場合が多い。集団生活では,とりわけ,新型コロナウイルス感染症感染拡大へのリスク回避が必要となる。そのような状況において,法務省矯正局は,令和2年4月,「矯正施設における新型コロナウイルス感染症感染防止対策ガイドライン」(第2編第4章コラム1参照)を発出したほか,在院者が新型コロナウイルスの症状や予防法等について正しい知識を習得することや,感染を拡大させ得る行為等について学ばせ,在院者自らが積極的に予防対策を実践することができるようになることを目的として,在院者に対する新型コロナウイルス感染予防指導の方針を示した。同方針に基づき,各少年院においては,法務教官,医師・看護師等医療関係職員が指導者となり,講話,講義,集団討議,VTR視聴等を実施している。また,少年院における篤志面接委員等の民間協力者による活動は,民間協力者の意向を踏まえつつ,各少年院や地域の感染状況を勘案し,感染防止対策を講じた上で,実施している。
新型コロナウイルスの感染症対策が講じられている中での矯正教育の実践について,多摩少年院の事例を紹介する。東京都をホームタウンとするプロサッカークラブであるFC東京は,平成28年度から,多摩少年院において,在院者を対象としたサッカー教室を実施しているところ,令和元年には,新たに在院者の社会復帰のサポートとして,FC東京の練習グラウンド等において職場体験の機会を提供する活動を行っている。在院者は,この職場体験を通して,FC東京の活動を支える様々な仕事を実際に体験することで,プロサッカーという一見華やかに見える世界でも,多くの方々の地道な活動に支えられていることを実感し,感謝することの必要性等を感じる機会となっている。また,プロとして活躍する選手たちに間近で触れることを通し,努力し続けることの大切さを感じ,さらに,その選手たちから,直接,激励してもらうことで,出院後の更生に向けた決意をより強くしている。令和元年度においては,3回(3人)の職場体験が実施され,「Jリーグの表舞台に立つ選手たちの活動を維持するために様々な業務があり,たくさんの人の支えがあって成り立っていることを実感した。」,「責任を持って仕事をすることの大切さを学ぶことができた。」等の感想が聞かれるなど,在院者にとって,有意義な時間となっていることがうかがえた。しかし,2年度においては,新型コロナウイルス感染症感染拡大防止の観点から実施を見合わせなければならない状況となったことから,同クラブから在院者に向けた動画メッセージが届けられた。同動画は,18年間プロサッカー選手として活躍された方が,スタジアムのピッチ上から,自らの体験を基に,苦しみの多い時こそ自分にとって何が必要なのかをしっかりと考える必要があり,そういう時には情けないと思い感じる自分の中に熱=「情熱」のエネルギーがたまるので,それを自分に向けて取り組んでほしいなどと語りかける熱い激励の言葉を主とする内容であった。在院者は,食い入るように動画メッセージを見て,今後の生活への決意を新たにしていたという。後日,多摩少年院職員がFC東京のクラブ事務所に赴き,在院者が選手への応援の言葉等を書き込んだメッセージボールを渡すことで,在院者の感謝の気持ちを伝えている。この事例は,新型コロナウイルス感染症感染拡大防止に配慮しながら,矯正教育の実践を続ける好事例の一つといえる。