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令和3年版 犯罪白書 第2編/第4章/第4節/コラム1

コラム1 刑事施設における新型コロナウイルス感染症への対策

我が国においては,令和2年1月15日に国内で初めて新型コロナウイルス感染症患者の発生が確認された。同年3月下旬から,国内における新規感染者数が急増し,政府は,同年4月7日,7都府県を対象とした新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言(以下「緊急事態宣言」という。)を発出した(同月16日には緊急事態宣言の対象を全都道府県に拡大した。)。その後,新型コロナウイルスの陽性者数は増減を繰り返し,政府は,3年1月7日に2回目の,同年4月23日に3回目の緊急事態宣言を発出した。

法務省矯正局及び全国の刑事施設においては,1回目の緊急事態宣言の発出の前から,新型コロナウイルスの感染防止に向けた取組を進めてきたが,令和2年4月5日,刑事施設の職員として初めて,大阪拘置所の刑務官の新型コロナウイルス感染が確認され,同月11日には,被収容者で初めての感染が東京拘置所で確認された。それ以降,3年3月末までに確認された刑事施設における新型コロナウイルス感染者数は,職員127人及び被収容者289人に上った。

法務省は,令和2年4月6日,「法務省危機管理専門家会議」を開催し,職員に感染が確認された大阪拘置所の状況及び感染拡大防止策並びに矯正施設全体における新型コロナウイルス感染症対策について議論した。同月13日には,同専門家会議の下に「矯正施設感染防止タスクフォース」を開催し,逃走防止の観点から窓や扉を開放することが困難であること,いわゆる三つの密(密閉・密集・密接)が重なりやすいこと,これらのことから施設内で感染症が発生した場合の感染拡大のリスクが大きいことなどの矯正施設の特性を踏まえて対応策を検討し,同月27日,「矯正施設における新型コロナウイルス感染症感染防止対策ガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)を策定した。ガイドラインは,3年8月末までに,2回(2年6月及び11月)改訂された。このコラムでは,ガイドラインを始め,刑事施設における新型コロナウイルス感染症対策を紹介する。

感染症対策を適切に講じるためには,新型コロナウイルス及び感染症に関する基本的な知識が必要であることから,ガイドラインは,感染のメカニズム,防護に関する基本的な事項等を説明している。これを受けて刑事施設では,各施設におけるマニュアルの作成,職員研修の実施等により,新型コロナウイルス感染症対策に関する理解の促進を図った。

刑事施設は,ガイドラインに基づき,マスクの着用,手洗い,手指消毒,食事等の場面における対面での会話の回避等の対策を講じた。また,事務室等のほか,受刑者が刑務作業を行う工場等においても,毎時2回以上換気を行い,共有の場所・備品の消毒を徹底した。さらに,在宅勤務・テレワークの活用により,出勤職員数を抑制する措置をとった。

以上のような対策に加えて,被収容者の処遇についても様々な措置を講じた。令和2年4月16日から,特定警戒都道府県(特に重点的に感染拡大の防止に向けた取組を進めていく必要があるとして政府に位置付けられた都道府県)に所在する刑事施設では,刑務作業(炊事等の施設運営上最低限必要な作業及び医療衛生資材を生産する作業を除く。),矯正指導等の実施も,当面の間,見合わせることとされた。しかし,刑務作業,矯正指導等の重要性に鑑み,少人数化,十分な換気,人と人との距離の確保等の感染症対策を講じることで,刑務作業,矯正指導等を再開・継続する取組も行われた。また,外来者からの感染を防止するため,外来者の健康状態の確認,マスク着用,手指消毒の協力要請等も行われた。

職員・被収容者が感染し,又は感染の疑いが生じた場合に行うべき対応は多岐にわたり,感染拡大を防ぐためには,様々な対応を迅速に行う必要がある。一般社会においては,保健所により濃厚接触者と判断された場合,感染者と接触した後14日間は,健康状態に注意を払い,不要不急の外出を控えることが要請されているが,刑事施設においては,感染拡大のリスクが大きいことなどの矯正施設の特殊性を踏まえて,保健所が判断した濃厚接触者だけではなく,濃厚接触者の定義には該当しなくとも感染者と一定程度の接触があった者や感染者が汚染した可能性がある部屋や備品を利用した者についても,健康観察の対象とし,職員の場合には自宅待機を,被収容者の場合には他の被収容者からの分離を行った。感染の疑いがある者が発生した場合には,新型コロナウイルス感染が確定する前の段階から,その者との接触者の調査を開始し,感染の疑いがある者に実施するウイルス検査で陰性が確定するまでの間は,健康観察及び自宅待機又は分離の対象とした。

以上,刑事施設における新型コロナウイルス感染症対策について概観したが,刑事施設が一般社会における感染症対策に貢献する取組を行ったことも紹介する。一部の刑事施設では,令和2年1月に民間企業からの依頼を受けたことをきっかけに,布マスクの製作を開始した。また,関係省庁からの要請に応じ,全国42庁(刑務支所を含む。)において,同年5月から10月末までの間に,医療現場で不足していた医療用ガウン(アイソレーションガウン)約120万着を製作した。当時の医療現場での深刻な物資不足に早急に対応するため,医療用ガウンの製作作業は,同年4月16日から当面の間,刑務作業の実施を原則として見合わせていた状況下においても,例外的に実施された。製作された医療用ガウンは,地方公共団体や民間企業に納品され,医療現場等において活用された。法務省矯正局の担当者は,新型コロナウイルス感染症の感染が拡大する中で,家族や社会に何もできないもどかしさを感じていた受刑者が,医療用ガウンの製作作業を通じて社会に貢献できることにやりがいを感じ,懸命に作業に取り組んでくれたと振り返っている。

刑務所における医療用ガウン製作の様子【写真提供:法務省矯正局】
刑務所における医療用ガウン製作の様子
【写真提供:法務省矯正局】