次の項目        目次 図表目次 年版選択

令和2年版 犯罪白書 はしがき

はしがき

我が国の犯罪情勢は,刑法犯の認知件数が令和元年も戦後最少を更新するなど,全体としては改善傾向が続いている。しかしながら,個別に見ると,特殊詐欺,児童虐待,サイバー犯罪等のように検挙件数が増加傾向又は高止まり状態にある犯罪もある。また,出所受刑者全体の2年以内再入率は低下傾向にあるが,満期釈放等による出所受刑者の再入率は仮釈放による出所受刑者よりも相当に高い状態で推移しており,再犯防止対策の更なる充実強化が求められている。

近年の犯罪動向や再犯防止対策に関し,注目すべき犯罪類型の一つに,薬物犯罪がある。近年,覚醒剤取締法違反の検挙人員が減少する一方,若年者を中心に,大麻取締法違反の検挙人員が急増している。また,令和元年において,入所受刑者に占める覚醒剤取締法違反の入所受刑者の割合は,総数では約4分の1,女性では約3分の1を占めている。同法違反の出所受刑者の5年以内再入率は,窃盗と共に,他の罪名と比較して高い。

平成28年に刑の一部執行猶予制度の運用が開始されたほか,刑事施設や保護観察所では,薬物事犯者に対する処遇の充実が図られている。また,薬物事犯者の再犯防止や社会復帰に向けた取組は,「再犯防止推進計画」(29年12月閣議決定),「第五次薬物乱用防止五か年戦略」(30年8月薬物乱用対策推進会議策定)等にも盛り込まれている。

法務総合研究所では,平成期以降,平成7年版犯罪白書で「薬物犯罪の現状と対策」を特集し,その後も,薬物犯罪の動向や薬物事犯者の処遇・再犯防止対策を紹介してきたが,前記のような状況を踏まえ,薬物犯罪や薬物事犯者の実情,薬物事犯者処遇の現状等を明らかにし,更なる対策を検討するための素材を提供することが必要かつ有意義であると考えた。そこで,本白書では,「薬物犯罪」と題して特集を組むこととし(第7編),薬物の概要,薬物関係法令の変遷,薬物犯罪の動向や刑事司法の各段階における薬物事犯者の処遇の現状,薬物事犯者の再犯の状況等を概観・分析するとともに,薬物事犯者に関する特別調査を行い,その特徴を明らかにした。また,これらを踏まえ,薬物犯罪対策や薬物事犯者の処遇・再犯防止対策の在り方について検討を行い,今後の議論の参考に供することとした。

令和元年を中心とする最近の犯罪動向と犯罪者処遇の実情を扱った本白書のルーティン部分が犯罪情勢の定点観測を行うための素材として,効果的な刑事政策の立案の基盤となるとともに,特集部分が,薬物犯罪や薬物事犯者に対する各種施策の現状を知り,薬物犯罪の抑止や薬物事犯者の再犯防止対策等に関する様々な問題に引き続き取り組む上での基礎資料として広く活用されれば幸いである。

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により,令和2年4月に開催が予定されていた第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス),同年7~9月に開催が予定されていた東京オリンピック・パラリンピック競技大会がいずれも3年に延期された。新型コロナウイルス感染症により,我が国の社会,経済,国民生活の在り方は変化を余儀なくされているが,その変化が犯罪動向や犯罪者処遇にどのような影響を与えるのかについては予測し難い。法務総合研究所では,今後も,時代に即した刑事政策の立案・実施に有用なデータを収集・提供していく役割を果たしていきたいと考えている。

終わりに,本白書の作成に当たり,最高裁判所事務総局,内閣府,警察庁,総務省,外務省,財務省,文部科学省,厚生労働省,国土交通省その他の関係各機関から多大な御協力を頂いたことに対し,改めて謝意を表する次第である。


令和2年11月


法務総合研究所長 上冨敏伸